
名古屋に新しいチャンネルだ! の 第23回です
たくさんお便りをいただきましたので一部をご紹介します
さて、テレビ東京の歴史からテレビ愛知の開局、そして現在まで。私の思い出とともに振り返ってきたこの「新しいチャンネルだ!」ですが、大変ありがたいことに、たくさんのメールをいただいておりますので、今回と次回の2回にわたって、一部をご紹介していくことにします。

放送コラムを拝見しました。私も現在サイト上にテレビ東京の変遷についてのページを作成中ですが、ここまで本格的なものを描かれる辺りが、流石トッピーさんといった感じですね。私もここまでは及ばないにしても、それなりのものを作成しておりますので…。(ヨスカーさん)

ヨスカーさんは「テレビ東京完全応援サイトChannel12!」を運営されていらっしゃいます。東京12チャンネルをリアルに経験されていらっしゃるヨスカーさんの、テレビ東京の変遷をたどるページ、とても楽しみにしています。系列局受信の私よりも、テレビ東京に対しての思い入れは絶対強いと思いますから。期待しています。

テレビ東京系列局の第一号「テレビ大阪」が開局する前のテレビ東京(当時は東京12チャンネル)は毎日放送、サンテレビ、近畿放送(現・京都放送=KBS京都)、中京テレビと友好関係を結んでいたことを「コラム」で知りました。
サンテレビによるテレビ東京の番組ネットは、1982年3月1日にテレビ大阪が開局して廃止されましたが、KBS京都では、現在も「WBS」が時差ネットで放送されている他、「ポケモンAG」と「ハム太郎」のアニメ2本が放送されているだけです。
(1989年1月7~8日の昭和天皇崩御の時の特番は、サンテレビではテレビ東京のものを放送しました)
また、1978年頃までだったと思いますが、NHKの連続テレビ小説の再放送が東京12で放送されていたことを、1977年の新聞のテレビ欄で知りました。これは、今では驚きです。(メンチカツ定食さん)

東京12チャンネルが各局に助けられていた頃は、NHKの連続テレビ小説も放送していたのですね。古い番組が見られる放送局というのも、結構重宝されたのではないでしょうか。
今のCSフジテレビやTBSチャンネルの原点と言えるかもしれませんね。狙ってやったわけではないけれど、テレビ東京は再放送のビジネスモデルを確立した。というのはちょっと的外れですかね。

放送見聞録拝見しました。ぼくは昭和56年まで京都に住み、滋賀県に引越しました。これは幸運でした。
テレビ東京が見れない事は人生の中でなかったので。あのまま京都に住んでいたらと思うと。当時KBSはテレビ東京系といっても過言じゃないほどテレビ東京の番組放送していました。また、阪神戦競馬中継などもあり、かなり強力な番組編成でした。
ところで滋賀県に引越し、びわ湖放送も見れましたが、テレビ東京の番組はあまりネットせず朝日放送の吉本の番組や藤山寛美さんの番組を放送していました。実はある本に書いてあったのですが、昭和50年開局3年目にして会社更生法を提出しようとしたそうです。
ところが滋賀県が手を差し伸べました。ですので更生法は提出されませんでしたが、おそらくこの出来事がテレビ大阪の府域限定になった最大の要因です。テレビ大阪が滋賀県映っていたらまず間違えなく倒産した可能性が高いからです。
実は当時「フリータイム」という番組の常連でびわ湖放送出入りしてまして、その当時の局の人にそのように聞きました。びわ湖放送も、夕方18時から20時までディスクジョッキー放送して、かなり人気ありました。しゃべりのうまい方出せば制作費かけずに人気が出るといういい見本のような気がします。
これは、滋賀県がKBSのエリアにもなっていて同じ番組放送しても視聴率がとれないとの考えのもとでした。(ヤンヤン歌うスタジオとかどちらの局も同じ内容を同時ネットで放送していました。)
状況はテレビ大阪開局により一変し、KBSがテレビ東京の番組あまり流さなくなり、逆にびわ湖放送は19時半までのDJ番組以降はテレビ東京の番組が同時ネットで流れるようになり、関西の局のびわ湖放送再建の為の番組提供はなくなりました。
テレビ東京の番組が滋賀県で独占的に同時ネットで流せるメリットは大きく、いまやびわ湖放送はテレビ東京を流す独立局の中でもトップクラスの同時ネット率を誇る局になりました。ただ、自社製作が減っているので昔のようにDJ番組復活願っています。(ぴかひらりんさん)

今ではすっかり、テレビ東京系列かと実間違えてしまうびわ湖放送も、KBS京都がテレビ東京の番組をやっていた頃は、他の大阪局に助けられていたのですね。ある意味「西のテレビ東京」とも言えますね。
KBS京都でテレビ東京の番組が放送されなくなり、結果的にびわ湖放送は、テレビ東京に救済された形になるんですね。今ではU局のなかでも結構いい位置にいるんじゃないですかね。しかし会社更生法まで検討していたとは驚きです。

「新しいチャンネルだ」読みました。関東地方在住ということもあってのことですが、「東京12チャンネル」から「テレビ東京」に変わったことは今でも鮮明に覚えています。
当時は社名変更告知のCMも大量に流していました。「緑さわやか」のキャッチコピー、さらに当時放送されていた番組も、今読み返してみると懐かしいものばかりでした。
当時は子供時代ということもあって、テレビ東京で見ていたのは「マチコ先生」などのマンガがほとんどでした。今思うとほんとに懐かしい思いです。(吉田直幸さん)

テレビ東京の誕生というのは、それはそれは力が入っていたのでしょうね。しかし、それまであまりに「12チャンネル」というのを全面に押し出しすぎたせいか、今でも関東だけでなく、名古屋でもテレビ東京のことを「12チャンネル」という人はいます。
しかし、デジタル化でテレビ東京は7に、テレビ愛知は10になります。それでも、「12チャンネル」という響きが、テレビ東京にはピッタリな気がします。もちろん我が家のプリセットは、12がテレビ愛知です。

一方的な絶縁だったんですね。サンとテレ東は。なんか山形テレビを思い起こします。
さて、その経験を生かしてTVAは地元と仲良くして比較的恵まれた状況が生まれたわけなんですね。TVOとTVAだけじゃなくのこる三局の経緯もやってほしいです。
それにしても良く略称が普及していたからと言ってテレビ北海道という社名を認めたなあ。(あかさたなさん)

テレビ北海道やTVQ九州放送、テレビせとうちの開局経緯については、私も興味津々なのですが、これらの局からは、社史が発刊されていないんですよね。ですので、はっきりしたことがわからないんです。
特に、岡山第3局でありながら、テレビ東京系列という、テレビせとうちの事情については、ぜひともそのテレビせとうちの方から、お話を聞いてみたいものです。
開局20周年を迎える2005(H17)年あたり、社史を発行しないかな、と期待しましょう。

新しいチャンネルだ!シリーズ、見ました。テレビ東京がどのようにしてできたのか、また大阪や名古屋にテレ東系が開局した経緯などについて見ました。
ぼくのいる石川県は系列局がなく、BSデジタル放送でしか見れないのです、、(ちなみに、ぼくの場合東京に行ったときに、テレビ東京の番組を実際に見たことはあります。そこで思ったのが、全国の天気を見ると、他系列では「広島」が載っているのに、テレビ東京系の場合は「広島」が載ってなくて「岡山」が載っていました。)
もし、よろしければテレビ愛知開局後のテレビ東京系はどのようになったのか、シリーズの続きを取り上げてもよろしいのでしょうか?(ノエルの故郷さん)

確かに、テレビ東京系列の無い地域では、親しみがないでしょうね。当初は、サイマル放送を中心に、テレビ東京系列のひとつとして放送をしようとしていた、BSデジタル局、BSJAPANに対して、日本音楽事業者協会から待ったがかかり、1年という長期間の遅れ放送になってしまったのは、残念ですよね。
テレビ東京系列の歴史についても、書けるといいのですが、資料が集まりましたら、検討したいと思います。



コメント