★AMラジオの番組がFMでも聞ける「ワイドFM」の背景にあるエリア問題
★大阪府だけがエリアの既存FM局 VS 近畿2府4県エリアのワイドFM
★V-Lowマルチメディア放送も加わって大阪のFM電波は混沌状態
AMラジオ局の放送内容がそのままFMラジオでも聞ける「ワイドFM(FM補完中継局)」、東日本大震災においてラジオの重要性が再認識されたものの、増え続ける都市雑音によるAMラジオが聞きづらい問題、災害時のAM送信所の脆弱性などを解決するために、AMラジオ局がFMでも放送をするという仕組み、それがワイドFMです。
ワイドFM一番乗りは2014(H26)年12月1日、富山の北日本放送と愛媛の南海放送でした。昨年10月1日には名古屋の2局、12月7日には東京の3局も開始し、いよいよ大阪の3局もこの春に開始の予定となっており、1月12日よりフルパワーでの試験電波が発射されています。
AMラジオがFMでも聞けるようになる。一見、単純に見えますが、その背景には、AMラジオ局とFMラジオ局の「放送エリア格差問題」があります。特に大阪は、この「格差」をどうクリアするのかに注目していました。実際に送信アンテナを見てみますと、格差の調整の痕が見て取れました。大阪のFM電波が発射されている生駒山と飯盛山に行き、実際に見てきました。
ワイドFMのアンテナを見てみます
大阪のAMラジオ局3社によるワイドFMの電波は、大阪府と奈良県にまたがる生駒山の山頂から発射されます。標高642メートルの生駒山には、かなりの数の送信塔が建っており、テレビ放送を始めざまざまな電波が発射されています。また、山頂には遊園地があるため、遊具と送信タワーが混在した状態です。
ワイドFMの電波が出るのは2ヶ所から。まず、93.3MHzの朝日放送(ABC)は、自社の送信塔から単独での発射となります。
そして、90.6MHzの毎日放送(MBS)と91.9MHzのラジオ大阪(OBC)は、毎日放送がかつてアナログテレビ放送の電波を出していた送信塔から共用アンテナでの発射となります。
毎日放送は、送信局舎を建て直しており、局舎外観には大きく「MBS」のロゴと、表札には「ラジオ大阪生駒送信所」の文字もあります。
MBSのテレビはV-Lowと同じタワーに
ちなみに、毎日放送はテレビの電波はこの送信塔からは出しておらず、読売テレビの送信塔を共用しています。つまり、毎日放送はワイドFMは自社鉄塔、テレビの電波は読売テレビの送信塔を間借りする形となっており、読売テレビの送信塔のふもとには毎日放送の表札もあります。
さらに、その読売テレビの送信塔には「V-Lowマルチメディア放送」と思われるアンテナも設置されています。V-Lowマルチメディア放送とは、地方ブロック単位の新放送サービスで「i-dio」という愛称が名づけられ、こちらもこの3月より東京・大阪・福岡での放送を開始する予定となっています。
i-dioが使用する周波数は、ワイドFMの上にあたる99MHz~108MHzとなっており、ここからは105.428571MHzでの放送となります。
ちなみに。このV-Lowが地方ブロック単位での放送なのに対して、全国単一放送がV-Highでして、「NOTTV」というサービス名で放送が行われています。生駒山では関西テレビの送信塔から電波を発射していますが、NOTTVは6月末に放送を終了することが発表されています。
AMとFMの「放送エリア格差」とは何か
このように、生駒山の山頂からはテレビ、ワイドFM、V-Low(i-dio)、V-High(NOTTV)と、様々な電波が発射されているのですが、ここには、NHK-FM、FM OSAKA、FM802の送信アンテナはありません。
かつては、NHK-FMのアンテナがあったのですが、現在は生駒山の半分以下の高さしかない山に移転させられているのです。FM電波は、標高が高ければ高いほど有利に遠くまで飛びます。遠距離受信を好む人のなかでは、出力よりもまず標高という声も多いほどです。なぜ、NHK-FM、FM OSAKA、FM802の送信アンテナがここにないのか。それが、AMとFMのエリア格差です。
全てのAMラジオ放送局がそうというわけではなく、東京、名古屋、大阪など一部のAMラジオ局が、複数の県にまたがる「広域放送」を認められています。
東京のTBSラジオ・文化放送・ニッポン放送は関東1都6県、名古屋の東海ラジオ・CBCラジオは東海3県、大阪の毎日放送・朝日放送・ラジオ大阪は近畿2府4県を放送エリアとして免許が与えられています。
一方でFMラジオ局は、例外もありますが、原則的に、ひとつの県しかカバーできない「県域局」という扱いになっているのです。なので、東京のTOKYO FMとJ-WAVEは東京都だけ、名古屋の@FMとZIP-FMは愛知県だけ、大阪のFM OSAKAとFM802は大阪府だけ、なのです。
NHK-FM、FM OSAKA、FM802の送信アンテナは、標高315メートルの飯盛山に設置されており、アンテナは北東、北西、南西の3方向にしか設置されておらず、大阪府の外にはあまり飛ばないように設定されています。
ワイドFMの条件
ワイドFMがスタートするにあたって、当初は「広域局」であることを理由に、東名阪のAMラジオ局は、既存の県域FM局の電波を上回る、強力な出力による放送を望んだのですが、それをやられては既存FM局はたまったものではありません。
これまでは、「広域だけれども音が悪いAM」と「県域だけれども音がいいFM」でバランスが取れる格好になっていたものが、「広域で音も良くてFMでも聞けるAM」と「同じ条件で県域でしか聞けないFM」では、あまりにもFM局の歩が悪くなってしまいます。
そこでワイドFMは、いくら広域局であっても、既存の県域FM局の条件を上回る電波の発射はできないということになりました。
東京では、東京タワーからTOKYO FMが10kW、東京スカイツリーからJ-WAVEが7kWでの放送となっており、ワイドFMはスカイツリーからの発射となったために、同条件の出力7Kwでの放送となりました。
一方の名古屋は、東山タワーから@FMとZIP-FMが10kWでの放送を行っていたのに対し、ワイドFMは三国山からの放送とし、出力は東京の事例を適用し、東京タワーの10kWに対しての、スカイツリーの7kWと同じ位置づけで、出力7kWに落ち着いたのでした。
FM COCOLOという存在
ところが、大阪にはもうひとつ、違う電波の出し方をするFM局があるのです。FM COCLOです。FM COCOLOは、一般のFMラジオ局とは違い「外国語放送」という免許になっているため、県域の原則から外れており、放送免許エリアは「大阪市・堺市・東大阪市・関西国際空港・神戸市・尼崎市・京都市・奈良市」と、2府2県にまたがっているため、大阪府外にも電波を届けなければならず、この生駒山に送信所が設けられています。
しかし、山頂にあるわけではなく、70メートルほど下ったところから、全方向に向けて10kWで電波を発射する格好となっており、名古屋でも容易に受信をすることができるほど良く飛んでいます。県域のFM局とは電波の飛びは比べ物になりません。
さらにややこしいのは、FM COCOLOは企業としては清算されており、現在は県域であるFM802の「第2チャンネル」扱いとなっていることです。FM802は、県域の802と外国語で準広域のCOCOLOの2つを持っているのです。
結果として4種類のFM電波が発射されることに
この春から、大阪では4種類のVHF帯放送電波が発射されることとなります。
・大阪府県域放送(NHK-FM、FM OSAKA、FM802)
...標高約310m、出力10kW、ERP25kW
・ワイドFM(MBS、ABC、OBC)
...標高約635m、出力7kW、ERP11kW
・外国語放送(FM COCOLO)
...標高約565m、出力10kW、ERP20kW
・V-Lowマルチメディア放送(i-dio)
...標高約635m、出力10kW、ERP26kW
※ERP...実効輻射電力(一番強く出ている方向の電波の強さ)
※この図の角度は目測です。標高はタワーを含みません。
まず、何のしがらみもなく、近畿ブロックの広域放送である「V-Lowマルチメディア放送は、生駒山の山頂から、4方向すべてに出力10kW、ERP26kWの高出力で電波が出されます。
注目すべきは県域FM局とワイドFMのアンテナ方向です。どちらも3方向への電波発射なのですが、大阪の県域FM局は、南東方向への電波が一切出ていないのに対し、ワイドFMは南西方向向けのアンテナを南南東に曲げることで、3面でありながらもほぼ全方向に電波が出せるように調整されています。
なぜ4面ではなく、3面で調整なのか、きっとこの面数も、ワイドFMは既存の県域FM局を超えてはならないという部分が影響しているのかもしれません。もしくは、神戸と京都をしっかり押さえたいという、局側の意識の現われかもしれませんが、真相はわかりません。
ただ、明らかに言えることは、同じ3面アンテナであっても、標高635m・7kWのワイドFMと、標高310m・10kWでは、電波の飛びは比べ物になりません。
それを象徴するのが、生駒山での電波の受信状況です。生駒山で名古屋のFMラジオを、特殊ではない普通のラジオで受信してみますと、タワーの高さも込みで、標高約225m・10kWのZIP-FMはまったく受信できない一方で、標高約705m・7kWの東海ラジオは、驚くべきことに、ロッドアンテナを伸ばさなくても完璧に入ります。信号強度5です。もはや地元局並です。
この春スタートする、大阪のMBS、ABC、OBCのワイドFMはきっと、広範囲で受信できるであろう一方で、FM OSAKA、FM802が、現状のまま黙っているのかどうかが注目されます。
「送信アンテナを見ると、政治が見える、利権が見える」と言われますが、大阪のFMほど、象徴的に視覚的に「何らかの力のアンテナへの反映」を見ることができるところは、他に無いかもしれません。
今後はワイドFMが全国に拡大し、中継局が設置されていくとともに、アンテナによる利権制御とは別のもう一つの方法、「意図的に混信させてエリアを狭める」という制御も出てくる可能性もありますので、今は受信できても...ぬか喜びになることも想定しておく必要があります。