魅惑の三重テレビ…本社・スタジオに潜入して「Mieライブ」で愛を叫ぶ!

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  • 三重テレビの「私の推し」コーナーで三重テレビを推す!?
  • 子どもの頃から憧れた局舎にとうとう?潜入許可が!
  • 個性的すぎる番組の数々は革新的な設備から生み出されていた

10月のある日、いつものように三重テレビを見ていると「三重テレビでご自身の特技や自慢・紹介したいことを『私の推し』コーナーでPRしてみませんか?」というCMが流れてきたのです。

推し先で推しを語るのはメタ発言なのでは?という危惧

私は小学生の頃から三重テレビを「箱推し」してきまして、「放送マニア」として過ごしてきましたが、今は構成作家の端くれでもあります。

その立場に立ってこのコーナーの狙いを想像すると、何かを推している人を客観的に取り上げることで、その対象物の周知や、出演者の熱量にスポットを当てることだろうなと思い、「三重テレビが推し」である自分が出演することはいわゆる「メタ発言」に近く、狙いからは外れているのでは?と思ったのですが…。

まさかの採用で三重テレビ潜入できることに!

そのCMでは「三重テレビに出たい人集まれー!」とも言っていたので、思い切って「本来のコーナーの狙いとは違うかもしれませんが」と前置きをしたうえで、三重テレビへの熱い思いを書き記して応募したところ…、なんと採用のメールが届いたのです。

推しへの思いを推しの箱で語る!?しかも生放送!?その前提はわかっていたはずなのですが、いざとなると頭が真っ白になりつつも、子どもの頃からの憧れの三重テレビに行くことになりました。

今回の「私の推し」のコーナーは、三重テレビで月曜から金曜の夕方に放送されている「ニュース情報番組・Mieライブ」という1時間15分の生ワイドのなかで5人の視聴者が登場し、それぞれ1人30秒で「推し」についてアピールするというものです。

推しうちわを作り…20年前のTシャツを引っ張り出し…!

PRしたいことにまつわる「モノ」を持っていくと視覚的にとてもわかりやすいのですが、私の推しは「三重テレビ」ですから特に持参するものがありません。

そこで……推しと言えばうちわ!妻と娘に協力してもらい作りました。さらに、かつて三重テレビから番組ノベルティとしていただいたTシャツも着ていくことにしました。

そのTシャツには「エムテレ」の文字。そう、現在の「Mieライブ」の前の「とってもワクドキ!」の前の「ワクドキ!元気」のさらに前の番組タイトルです。放送されていたのは2002年から2004年ですからl20年以上前のものです。

さらにうちわには三重テレビのキャラクター全員と、開局以来のロゴをすべて配置して、「聖地に来た」という文字も入れて、ガチ勢をアピールです。

やってきました渋見町!実は外観は何度も見たことがありました

名古屋駅で近鉄に乗り、津で三重交通バスに乗り換え、少し離れたバス停で降ります。三重テレビの隣にあるレディオキューブFM三重の局舎を横目に見ながら歩いて渋見町に到着です。

三重テレビの外観は、高校生の頃に親の車で局舎を見に来たりなど、これまで何度もあるのですが、局舎のなかに入るのは初めてです。

数十年の時を経て、初めての潜入です。「生放送!三重ちゃった」「いきいきスタジオ33」「POP IN POP」「ちょっと拝見!リレークッキング」「ステラナイト」「週刊シネボックス」などなど。

小中学生だった頃に見ていた数々の番組が走馬灯のように脳内を駆け巡るなか、いよいよ受付へ。

一方的に知ってる場所!一方的に知っている方々!

応対してくださったのは編成局長と広報宣伝部長と編成のご担当の方です。編成局長はかつて「おもいっきり○ミエTV」にも出演されていましたし、著書「ローカル局のこころ 三重テレビ取材帳」も読んでおりましたので「本を持ってきてサインしてもらえばよかった」と思いつつ、控室で打ち合わせです。

段取りとしてはまず「動きのリハーサル」、その後「話す内容のリハーサル」そして「生放送の本番」という流れでして、話す内容のリハは出演者のいないところで行い、出演者の皆さんには「初見」になるようにという形になっていました。

興奮の社内見学!アナブース・Bスタジオ・中継車

その合間に、三重テレビの社内見学もさせていただけました。まずはナレーションなど声を収録する「アナブース」です。今とは違う場所だったと思いますが、かつて三重テレビではアナブースにカメラを入れてスタジオのようにして「金曜リポート」といった番組も制作されていました。

そして「Bスタジオ」。夜の「ニュースウィズ」などが制作されているスタジオです。コンパクトですがグリーンバックのスペースもあり、ここでもクロマキー対応ができるようになっていました。

さらに中継車も。大型中継車は少し離れた車庫にあるということで、今回は中型中継車を見せていただきました。大型中継車は高校野球や駅伝を見に行った時に見たことがありましたので、むしろこちらを初めて見ることができて良かったです。

実は日本初の画期的なシステムを導入している三重テレビ

マスター(主調整室)や、サブ(副調整室)も見ることができました。そこで技術の方と「オールIP化」についてのお話もできました。

三重テレビは2つのスタジオを1つのサブシステムで制御することができる「オールIP化システム」を日本で初めて採用したテレビ局でして、2つのスタジオを同時に制御し、なおかつバーチャルなど多様な演出ができるように設計されているのです。

さらに中継受けのスポーツサブもあり、そちらも一体で運用でき、少人数であっても効率的に多様な番組制作ができる仕組みになっているということがよくわかりました。

夢にまで見た「Aスタジオ」で生放送に出演!

いよいよ「Aスタジオ」です。Aスタジオは三重テレビが開局10周年を迎えた際に「第1スタジオ」として作られたもので、これまで「カラオケONステージ」「スタジオAmie」「クイズふるさと便」「○ミエTVおしえて三重奏(トリオ)」「欽ちゃんのニッポン元気化計画」などが制作されていたところ。

現在は「ニュース情報番組Mieライブ」が生放送されているスタジオです。夢にまで見たスタジオに入ることができました。

「私の推し」のコーナーで、私は子どもの頃から抱き続けていた三重テレビへの思いや、三重テレビについて思うことを30秒にまとめてお話しました。推しについて聖地で語るというのはとてつもない緊張感でしたが、その思いの丈を話すことができました。

私は5番目、ラストでしたので「大オチ」くらいのつもりでいたのですが、思いも寄らない展開を迎えることになるのです。このコーナーは私を含め5人全員の「推しへの思い」がYouTubeで配信されていますので、ぜひこちらからご覧になってください。

初対面のはずなのに盛り上がる思い出話

本番終了後は、コメンテーターの三重中京大学名誉教授の浜谷英博さん、気象予報士の多森成子さん、そしてキャスターの奥村莉子アナウンサーともお話することができました。

多森さんとは夕方ワイドが「エムテレ」になるよりもさらに前の「イブニングワイドあなたにピッ!」についてや、他局の「ミックスパイください」に出演されていた頃の思い出話に花が咲きました。初対面なのに思い出話です。

思い出したのは「ワクドキ」での松原さんの言葉

かつて三重テレビの夕方ワイドが「ワクドキ!元気」だった頃、司会を担当されていた東海ラジオの元アナウンサー故・松原敬生さんがこんなことを番組内で仰っていました。「好きなものを好きと言い続ければ、手を挙げ続ければ、いつかは必ず届くのです」と。

実は、私が構成作家として初めて手掛ることになったラジオ番組が、東海ラジオの松原敬生さんの特別番組でした。あれから12年。私は子どもの頃から好きなものを、ずっと好きだと言い続けてきました。松原さんの言葉どおりですね。ようやく三重テレビに届きました。

三重テレビは昔も今も「夢ステーション33」

いまから35年ほど前。子どもの頃に見ていた三重テレビのキャッチフレーズは「夢ステーション33・三重テレビ」でした。少年だった頃に見たその「夢ステーション」に自分の思いが届いた、そんな一日でした。

三重テレビの魅力。それはつねに全力の地元愛であふれているということ。民間放送はビジネスであり、独立局という制約もあり、時代の流れもあるなかで、地域メディアのあるべき姿を追求し続ける様は昔も今も憧れです。

これからも地元に密着し、地元愛に満ち、地元を全国に発信しつつ、設備はスマートになっても、コンテンツはスマートになりきらない、なりきれない、隠しきれない個性が端々にあふれ続ける「魅惑の」存在である三重テレビを、箱推し続けたいと思います。

ローカル局のこころ: 三重テレビ取材帳

ローカル局のこころ: 三重テレビ取材帳

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三重テレビ放送
三重テレビ放送は、三重県の地域に密着したニュース・情報・エンタメ番組をお届け。三重の今を伝える放送局です。

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