
- 春日井西武の成功によって名古屋進出を決めた西友
- 中部1号店は建築にも照明にもこだわった
- 姉妹店として開店した西友御器所店は…そして西友は…
名東区は「外資」が初出店した地域だった
先日、名古屋市の名東生涯学習センターで「新しいなごやの現在~名東区の誕生からベッドタウンへ~」という講座の講師を担当しまして、そのなかで名東区のスーパー・コンビニの変遷についてお話しました。
名東区はかつてダイエーの進出もあったほか、ローソン・西友が中部地区初進出となった店舗を出店した場所です。ベッドタウン化に伴い地元資本のユニーやジャスコではなく、地元ではないという意味で「外資」が参入してきたのです。住人が外からやってきたようにスーパーやコンビニも外からやってきたのです。
その中部地区初進出となった西友が、現在も当時のままの佇まいを残す「西友高針店」です。まるで海に浮かんでいるような外観です。

春日井西武の成功を受けての出店だった
西友高針店ができるきっかけになったのが春日井市の「春日井西武」でした。現在「イーアス春日井」になっている場所にはかつて「春日井西武」という百貨店に近い業態がありました。これは西武百貨店自体ではなく、西武百貨店の指導のもと、西友ストアー(当時)が出店したものでした。
1977年(昭和52年)に出店した「春日井西武」は大成功。わざわざ名古屋市の南部から春日井まで客がやってくるほどの成功をおさめ、その成功を受けて西友ストアーは中部地区への出店構想を明らかにします。その第一号が西友高針店だったのです。

「仲間になりたい」とアピール
西友高針店は1982年(昭和57年)10月29日に開店しました。当時「悲願の名古屋進出」と言われ、オープンを予告するポスターには……
明るく、気持のよい仲間になれたらと思います」
と、素直な気持ちが表現されていました。この2年前には、同じ名東区内にローソンの中部1号店となった「ローソン香流店」がオープンし、この翌年にはダイエーメイトピア店がオープン、さらにその次の年には東海3県じゅうからセレブが訪れたという高級スーパー「ハロードゥインターナショナル」がオープンするなど、まさに名東区に新たな商業施設が続々と誕生していた時期の最中のことでした。

今も当時の最先端が光る
西友高針店を西側から見ますと、まるで海に浮かんでいるような曲線が特徴的な建物になっていて、昭和の最先端という印象を受けます。階段の途中にトイレがあるのもまさにあの時代のショッピングセンターです。
店内も昭和の雰囲気を残しているのですが、そんなフードコートにマクドナルドが入っているのも良いですね。西友の食料品売場を眺めながらのマックでランチは最高です。

近隣の「妹」御器所店は閉店
この西友高針店に続いて、姉妹店として1983年(昭和58年)に西友御器所店が開店しています。ポスターには……。
と書かれていました。その「妹」である西友御器所店は2022年(令和4年)に閉店しています。御器所店も特徴的な建物でした。ただ、西友は撤退するわけではなく、老朽化による建て替えなので、「姉」の高針店もいつまでこの昭和の佇まいを残してくれるかどうか。そして西友そのものも先月(2025年7月)から福岡のスーパー「トライアル」の完全子会社になり今後どうなるのか……。

周囲の風景は変わったけれど
閉店となった西友御器所店も、この西友高針店も、フランスに渡りル・コルビュジエのアトリエに学んだ最後の日本人建築家といわれる進来廉さんの設計で、さらに東京タワーやレインボーブリッジのライトアップを手掛けた照明デザイナーの石井幹子さんがライトアップを手掛けています。

西友高針店の駐車場に車を停めると、ふと自分がまだ小学生だった頃の情景がよみがえります。同じように車をそこに停めて買い物をしたあの日。当時はまだ高速道路どころか国道も走っておらず、周囲の風景が長閑だったことをおぼえています。令和の都市化された名東区の風景に残る昭和の最先端を体感しに、西友高針店に出掛けてみてはいかがでしょうか。




コメント