浦島太郎の物語の主題を探るべく、浦島太郎が玉手箱を開けた場所とされている、長野県上松町の寝覚の床へとやってきました。そもそも、浦島太郎という物語はあるひとつの決まったストーリーが伝承されているわけではなく、日本書紀や万葉集そして御伽草子などに記述があり、物語は微妙に異なっています。
・浦島太郎は魚釣りをしていて亀をつったけれども逃がしてやった
・乙姫さまは実は助けた亀だった
・玉手箱の煙を浴びた浦島太郎は鶴になって飛んでいった
御伽草子ではそのような話になっていますが、私たちは、絵本などで知られている浦島太郎のストーリーに則って浦島太郎の物語の主題を探ってみることにします。
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前回は浦島堂を望む木曽川のほとりまでやってきたところまでお話をしました。ではいよいよ、岩場を渡り、浦島堂へと足を進めます。平日ということもあってか、寝覚の床一帯に人影は見当たりません。何かあっても助けは無いということを頭に入れ慎重に、なるべく平坦な岩を見つけて歩を進めていきます。
絵本などで描かれている浦島太郎は、子どもたちがいじめている亀を助けます。浦島太郎は漁師で、両親と暮らしている20代前半独身の青年といったところでしょうか。すると亀は、「助けていただいたお礼をしたいので、竜宮城へとご招待します。」といって、背中に浦島太郎を乗せて海中へともぐっていきます。海底の竜宮城には美しい乙姫さまがいて、豪華な食事が振舞われ、タイやヒラメの舞い踊りまで見ることができ、浦島太郎は大変楽しい時間を過ごすこととなります。
ここまでのお話であれば、不条理にいじめられているものを助ければ、良いことがあるという話ということで、素直に納得ができます。腑に落ちないのはこの後です。
しばらく竜宮城で楽しい時間を過ごした浦島太郎は、両親のことが心配になり、元の村に戻りたいと乙姫に申し出ます。乙姫は引き止めるのですが、浦島はやはり両親が心配であると言い、帰ることを決意します。
親が心配だから村に戻りたい。これは当たり前の気持ちです。それに対して乙姫は…。
「決して開けてはいけません」と言って、おみやげに玉手箱を手渡します。浦島太郎はそれを受け取り、再び亀に乗って浜辺の村へと戻ります。すると両親も含めて、浦島太郎が知っている人は誰一人としていなくなっていて、浦島太郎はどうしようもなくなり、玉手箱を開けてしまいます。
すると箱から白い煙が出てきて、浦島太郎はおじいさんになってしまうのです。実は浦島太郎が竜宮城にいた間に、地上では数百年の時が経っていたのでした。と、ここまででお話は終わることが多いものです。
いじめられている亀を助け、両親のことを心配した浦島太郎の何がいけなかったのでしょうか。私の解釈としては、鶴の恩返しと似通っていて、冒頭は「情けは人の為ならず」で、後半は「約束は破ってはいけない」という、ふたつの教訓が込められた物語ということである程度納得していたのですが、相方は、どうしても乙姫の行動が納得できないと言うのです。
なぜ開けてはいけない玉手箱を、わざわざ浦島太郎に渡したのか、その理由があるはずだと。玉手箱を開けたら、浦島太郎はおじいさんになってしまうことを、乙姫は知っていたはず。そんなものをなぜわざわざ「開けてはいけない」と言いつつも、浦島太郎に手渡す必要があったのか。その理由がどうしてもわからないと言うのです。
確かにそうです。私はそのことを深く考えたことはありませんでした。乙姫の行動にこの物語の主題が隠されているような気がしてきました。
岩場を歩くこと数十分。ようやく浦島堂に到着しました。この浦島堂は、浦島太郎が持っていたという、弁財天像を祀ったもので、現在は「浦島大明神」として浦島太郎そのものを祀っています。昼間でも堂宇のなかはほの暗く、ただでさえ異様な雰囲気を放っているのですが、なかを覗いてびっくり。なんと壁一面に落書きだらけ。
うわぁ。こんなところに落書きなんかして…と言った瞬間、私も相方も、その落書きと思っていたものが、普通の落書きでは無いことに気づき、身が凍りつきました。そこに書かれていたのは、現在ではあまり見かけない旧字体の文字、チョークで書かれているにもかかわらず、鮮明に残っている「1965」の文字、そして落書きとは思えないほど、しっかりと書かれた文章、その文章の最後には「S40」というマジックの文字…。
そう。それは落書きではなく、記名帳代わりに書かれた日付や名前で、しかもそれらは、昭和初期から昭和40年代に書かれたものでした。しかしただの落書きに見えてしまったのには理由があります。それは、あまりにも綺麗過ぎるのです。数十年という年月が経過しているとはとても思えない、鮮明に残された文字たち…。
まさにこの浦島堂自体が玉手箱のようで、時間軸がずれてしまっている様な錯覚に囚われました。浦島堂から出て振り返ると、そこは昭和40年代の世界になってしまっているのではないかと思えるほど、昭和時代の文字が鮮明に残されていました。
なかには、浦島太郎にすがる思いで書かれている切ない文章や、後に浦島太郎を題材にした物語を書いた、有名な作家の名前も記されていて、私も相方も言葉を失ってしまいました。一目惚れをした女性に二度と会えない切なさを吐露している、昭和40年8月28日にT.O.さんという方が書いた文章からは、その切なさが嫌というほど伝わってきました。
乙姫に二度と会うことができなかった浦島太郎にだからこそ、その気持ちが素直に言い表せたのであり、何より同士である浦島太郎にその思いを聞いて欲しかったのでしょう。
乙姫はなぜ玉手箱を浦島太郎に渡したのか。浦島堂で考えてみました。相方は「確実に悪意がある」と言い切ります。亀を助けてくれた浦島太郎に、開けるなと言いつつもそんなものを渡すこと自体に悪意があるはず。そういうので、私はその線で考察してみました。乙姫が浦島太郎を嫌うとしたら…それは、「竜宮城から帰る」と言い出したことしか考えられません。
だってそうでしょう。乙姫の手下、もしくは乙姫本人である亀を助けてくれたにもかかわらず、乙姫が浦島太郎に悪意を抱くとしたら、「竜宮城の姫である、この乙姫が自らこれだけ接待をしたにもかかわらず、帰るとはどういうことだ」という思いを乙姫が抱いたという可能性しか考えられません。他に浦島太郎が粗相をしたような形跡はありません。
それを言うと、相方はピンと来たようで、こう言いました。
つまり、乙姫は、竜宮城の姫である自分にはある程度の自信を持っていて、その乙姫自らが接待しているにもかかわらず、浦島太郎は自分に惚れて嫁になってくれと言うかと思いきや、「帰る」という、予想もしなかった一言を言い放ったと。だから、地上に戻ったら他の女と結婚できないように、おじいさんの姿に変える玉手箱を手渡したと。
乙姫である自分に結婚を申し込まないような男が、他の人間の女と結婚することが許せないと。もしそうなれば、私は乙姫なのに、浦島太郎のなかでは人間の女よりも格下の扱いになってしまうと。
この相方の説は納得できますが、「決して開けてはいけません」がひっかかります。でも、必ず本人に開けさせるために、あえて言ったと考えればそれも納得できます。人間、開けるなと言われれば、開けたくなるのが心情です。浦島太郎は乙姫の罠にまんまとはまってしまったというわけです。
さて、結論です。私たちが導き出した浦島太郎の物語の主題は、
「据え膳食わぬは男の恥」
ではなくて…
浦島太郎の物語が伝えたかったことは、
1.男は女に誘われたら 受け入れるか断るか明確にする あやふやにしない
2.女心は傷つきやすい
3.そして女の復讐・嫉妬は怖い
どうでしょう。
コメント
浦島太郎のお話について現地(?)を訪ねた上でここまで深く探求する熱意と文学的情熱には脱帽です
私も浦島太郎の本を読んでもらったとき後に、おじいさんになってしまった浦島太郎に対して「悪い事もしていないのに・・・・」と不憫に思った事をおぼろげながら思い出しました
ところで
木曽川には犬山市の桃太郎神社に木曽の浦島堂と「川沿い」なのに本来なら海を感じさせるような伝説が伝わる場所がいくつかある(しかも上・中流域)のが不思議ですね。
木曽川は水深が深く川底が見えないので、それが海を知らなかったであろう木曽川流域のいにしえびとに海を思わせるような言い伝えが根付いた??? などと勝手に考えてみましたが、、、
実際はどうなんでしょうか?
(2007/04/02 9:37 PM)
>noriさま こんばんは
確かに木曽川には海を思わせるような伝承が残っていますね。今回は、考察の内容と矛盾点が生まれるために触れなかったのですが、実はこの寝覚の床の下流には乙姫岩という場所があり、そこが竜宮城だったという伝説も残されていたりします。
犬山市の桃太郎神社周辺は桃太郎公園として整備されていて、あのあたりには鬼岩だとか桃太郎にちなんだ地名も多く残っていますね。
そのあたりが実際にどうしてなのかは、想像の域を出ることは無いでしょうけれども、一度桃太郎神社などにも行ってみると何か見えてくるかもしれませんね。
(2007/04/06 1:39 AM)
そんな深くないでしょ。
俺はただ、
玉手箱を渡すのは、竜宮城の決まりで、人間から竜宮城を守るために竜宮城を出ていく者に対して、竜宮城のことが口外されないように、玉手箱を渡しているだけであると思います。
乙姫は、浦島太郎に恋をした。
浦島太郎にもう一度会いたいから、他の人にはそんなん言わないけど、玉手箱は開けてはいけない。と言った。
本当に開けてほしくなかったから。浦島太郎ともう一度会いたかったから。
でも浦島太郎は開けてしまった。
やはり約束は破ってはいけない。ってことじゃないんかな。
(2008/11/16 11:34 AM)
>たかしさま こんばんは
いやいや…深く考えないと面白くないでしょ。
誰でも考え付くような考察に落ち着いていては、
物書きなんてやってられないですから…。
(2008/11/17 9:55 PM)