13.大阪の今 あまのじゃくツアースペシャル

僕はただ、その現実を受け止めることしかできなかった-あいりん地区

記事公開日:2008年7月9日

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 前回まで2回に渡ってご紹介した、阪堺電車で今池駅へとやってきました。大阪唯一の路面電車として運行している阪堺電車ですが、この区間では地上よりも一段高いところを走っており、今池駅は高架の上にある格好になっていて、周囲にはビルしか見えません。電車には多くの人が乗っていたのですが、この駅で降りたのは私たちだけ。

 今池駅にやってきたのには理由があります。この駅があるのは、西成区萩之茶屋。その住所でピンと来る方もいらっしゃるでしょう。日本最大のドヤ街「あいりん地区」です。

 これまで何度か、訪れてみたいと思ったことがあったのですが、なかなか決断ができず、今回、取材コーディネーターをしてくれた友人が「まかせておけ」と言ってくれたので、やってくることができました。全国から労働者が集まるドヤ街とは一体...。

駅を出た瞬間に感じる空気

 高架の今池駅を出ると、地上へと下りる階段があるのですが、ホームから一歩外に出た瞬間、それまで全く窺い知ることのできなかった、あいりん地区の空気を吸うことになりました。

「あいりん地区」とは、萩之茶屋1丁目から3丁目とその周辺を指す行政が付けた名称で、あいりんには「愛隣」という字を当てていますが、行政や報道では、平仮名で使われることが多いです。かつては釜ヶ崎という地名だったため、多くの人が今もそう呼んでいます。

 私がこの地区のことを知ったのは、テレビのニュース番組でした。ここには「ドヤ」と呼ばれる簡易宿泊施設があり、全国から日雇い労働を希望する人々が集まっているのです。これまで、小説やエッセイなどでその様子を感じ取ってきたつもりだったのですが、やはり自分の目で見て空気を感じてみたいということで、やってきたのです。

 大阪が抱えている現実のひとつを見ていきます。

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本や写真では伝わらない匂いと空気

 大阪に住んだことのある友人たちに話を聞いても、あいりん地区に足を踏み入れた人はおらず、「あんなところでカメラを構えたら、ボコボコにされるぞ」と言われていたので、かなり私は萎縮してしまっていました。

 訪れたのは平日の昼間だったのですが、今池駅から下る階段には、座り込む男性の姿が。そして下ったところにあるアーケード街では、多くの男性が行き交い、店ではホルモン焼きやおでんなどが売られていて、男たちは酒を片手に語らっていました。

 感じたことをそのまま書きます。

 そのアーケード全体に漂うのは、まさしく男の汗の匂い。まるで街全体が、その匂いで覆われているかのようでした。汗は男の勲章です。ここはそんな男たちの街なのです。

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本や写真で見たとおりの現実

 道路にはあふれんばかりの放置自転車と、路上駐車。その合間を、犬を連れリアカーをひく初老の男性の姿。歩道には仰向けで寝ている人もいて、巡回する警察官の姿が常に視界に複数入ってきます。

 目から入ってくる街の姿は、まさに本や写真で見たとおりなのですが、やはり実際に肌で感じる空気は全然違います。

 私は名古屋を延べ500キロ、徒歩で散策し尽したのですが、名古屋にもホームレスが集まっている公園などはあるものの、街全体が日雇い労働者によって成り立っているという場所はありませんし、そもそも、カメラを向けるのをためらった街というのはありません。

 ふと見ると、お弁当・お食事処・立ち呑み・居酒屋というオールマイティな案内が書かれたお店がありました。その店名はなんと「笑笑(わらわら)」。あのモンテローザの笑笑と同じフォントなのですが、関係はあるのでしょうか。ここ最近できた感じではなく、暖簾にはかなりの年季が入っていました。

※現在は「喜楽」に店名が変わっています。

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激安なのはいいことか

 先ほどのアーケードでも、お弁当は350円、靴は100円、ライターは10円と、商売相手が日雇い労働者なだけに、その値段設定はかなり抑えられていたのですが、それは商店だけではありませんでした。

 街なかにある自動販売機のジュースは50円、ペットボトルは100円です。もちろん、ちゃんとしたメーカーのジュースです。なぜ、このような価格設定が可能なのでしょうか。しかし場所によっては、50円と70円、そして正規の120円の自販機が並んでいたりと、価格はバラバラ。

 同じジュースが複数の価格で売られている...。買う自販機によって、その人のステータスを区別しているということでしょうか...。

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これがドヤ

 となると、ドヤと呼ばれる簡易宿泊施設の価格も気になります。多くのところが、1泊850円から1,000円といった価格設定で、なかには無線LANのフリースポット完備のところもあります。

 かつては、日雇い労働者専用だったこういった施設も、インターネットが浸透した近年では、安い宿を求めてやってくる外国人観光客が宿泊することも多いとのこと。確かに、他のホテルと比べたら破格ですから、外国人にとっては嬉しい存在なのでしょう。

 そんな観光客とは違い、日雇い労働者は事実上住居として使用しているわけで、1泊850円=1ヶ月の家賃25,500円程度ということになります。

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やっぱりものものしい

 内風呂のあるホテルも多いのですが、なかにはそうでもないところがあるのか、ホテル周辺には銭湯があったり、コインランドリーも見受けられます。

 そして、あいりん地区には西成警察署があるのですが、警察署周辺でも路上駐車は放置状態で、取締りは行われていないような感じです。しかしそんななかにも、時間貸しの有料駐車場がありました。ふと覗くとそこには、有料駐車場に放置された自動車に対して、料金を催告する手書きの張り紙が...。ものものしいです。

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物は言い様

 ドヤに宿泊して、弁当を買って、ジュースを買っても、1日1,250円あればこの街では暮らしていくことができます。全国から労働者の集まる活気ある街、といえば聞こえが良いのですが、地方の役所のなかには、ホームレスが相談しにきた際に、大阪・あいりん地区までの電車代を渡して、移住を勧めるケースもあるとのこと。

 それは現代の駆け込み寺なのか、姥捨山なのか...。

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道路一本を挟んで

 あいりん地区は、あいりん労働公共職業安定所、大阪社会医療センター付属病院が北端となっていて、道路一本挟んだ向こう側には、新今宮駅があり、周辺にはスパワールドや新世界、通天閣に動物園のある天王寺公園が広がります。

 道路一本を渡っただけで、日本最大のドヤ街から、大阪有数のアミューズメントエリアに一転です。その落差にあ然とするとともに、かつて観光で訪れたことのある、新世界のすぐ近くがドヤ街であったことに、驚きを隠すことはできませんでした。

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 道路一本によって仕切られているわけですから、その道路の両端で全く風景が違います。あいりん地区側には「よい環境ひとりひとりの心から」「みんなの心がけできれいで明るい街に」といった啓発看板や、「この場所に小便をしないでください」といった立て看板に、「大きさは普通の2.5倍・ジャンボおにぎり」といった広告がある一方で、新世界側は「美と健康の24時間快適空間・スパワールド世界の大温泉」「新・世界の中心で愛を叫ぶ!ジャンジャン横丁」と、いかにも観光地な大阪なのです。

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本当にひとつの街なのですね

 これまで、テレビのドキュメンタリーや本、写真、そしてじゃりン子チエでしか知ることのできなかった旧釜ヶ崎、あいりん地区。

 子どもの頃は、じゃりン子チエの設定がイマイチ理解できなかったものですが、この歳になって、自分の目で見てようやく、その設定を理解することができました。

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 あいりん地区にも今、高齢化の波が訪れているといいます。昨今、日本の全国各地にはネットカフェ難民という人々が増えており、名古屋も含め数万人いるとされています。

 大阪には昔から、日雇い労働者たちが住むこの街があり、簡易宿泊施設があることで、わずかな収入でもその日の宿を確保することができたわけです。この街の存在が正しいことなのか、是正しなければいけないことなのかは、簡単に言えることではありません。是正するのであれば、この街に蓋をしてしまうのではなく、日本の雇用が抱える根本的な問題を是正する必要があるでしょう。

 観光地と道路一本を隔てたところにあるということは、それだけ利便性も高く、繁華街のなかにあるということです。今、あいりん地区にも少しずつ再開発の波が迫っていると聞きます。確かに、この街の存在は大阪府・市にとって負の部分であり、財政に負担がかかっているという側面があります。だからといって、再開発の名の下に排除するだけでは、何の解決にもならないどころか、さらなる不幸を生むことになります。

 私も、フリーで仕事をしている以上、「安定」という文字とは無縁の生活をしています。決して他人事だとは思っていません。人生...頑張るしかないですね。

 犬を連れリアカーをひくオヤジさん。オヤジさんを乗せた車椅子を押すオヤジさん。道端に寝転ぶオヤジさん...。

 駅を降りた瞬間は、萎縮してしまった私ですが、あいりん地区から去る際には、ちょっと涙ぐんでしまいました。その涙の意味は自分でもわかりません。

 ただ、今そこにある現実を目の前にして、当たり前のことなのですけど、それを現実として受け止めることしかできない自分の、無力さ、非力さに、とてつもない虚脱感を感じたこと...、一生忘れません。

取材協力

KAZ Communications

関連情報

あいりん地区(大阪・西成区)MAP

阪堺電気軌道今池駅

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