03.西区 名古屋を歩こう

城下の盛り場は今...

記事公開日:2004年4月10日

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かつては名古屋の三大繁華街だった-円頓寺商店街

 堀川に架かる五条橋から西に伸びるのが円頓寺商店街です。円頓寺商店街、円頓寺本町商店街、西円頓寺商店街の3つからなり、ここも名古屋城が築城された際に、城下町の商店街として整備されました。名古屋で最も古い商店街で、大須と同じく圓頓寺の門前町として親しまれています。最盛期は1890年代(明治中頃)以降で、この付近に工場が建設され、笹島に鉄道駅が開業すると名古屋の盛り場として発展、商店街は江川を越え西へ西へと延長されました。江川は昭和に入ると埋め立てられ、その江川線には当時市電が走り、界隈には夜店が並び、劇場や寄席も設けられていました。今も劇場の面影があることはあります。名古屋三大繁華街、栄、大須そして円頓寺という時代が昭和初期まで続きました。しかし戦後は人の流れが少なってしまい、かつての隆盛を見ることはできません。

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▲ここは円頓寺本町商店街の入口。やはり大須に比べると...。

 そんな円頓寺も、毎年7月末から8月初めにかけて行われる「円頓寺七夕まつり」では、アーケードに数多くの七夕飾りが吊るされ、出店も数多く出店し、賑わった当時の様相を取り戻します。毎年催し物は異なりますが、阿波踊りやよさこいパレード、県警音楽隊による演奏など様々なイベントが行われ、身動きが取れないほどの盛況ぶりです。

 七夕まつりでは七夕飾りの他、様々なキャラクターが飾られます。それらは全てではありませんが常設されていますので、アーケードにはキャラクターのハリボテが通年飾られています。なかでも、やはり城下町の商店街ということで、金鯱はいくつもあり、それぞれ大きさや雰囲気の違う鯱が商店街を見下ろします。他にも昨年の七夕まつりでは、NOVAうさぎ、ハム太郎、くぅーちゃん、テツandトモなど、時代を反映したキャラクターが飾られました。

 私が歩いたこの日も、いくつかキャラクターを見かけることができました。そして、いました。やはりアイツが。今、愛知県で旬なキャラクターと言えばこのふたり。愛・地球博のモリゾーとキッコロです。聞くと、これらは2002(H14)年の七夕まつりで作られたとのこと。やはり万博まではいて欲しいから長い期間展示されているのでしょうか。相変わらずの無愛想な視線を今日もモリゾーは投げかけます。ちなみにこれらのキャラクター、各商店の方や子ども会による手作りとのこと。見ていて結構楽しいものです。さて、今年の七夕まつりには何が飾られるのか楽しみです。ただひとつ言えることは、モリゾーとキッコロは今年も来年も必ずいるでしょう。

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▲もちろんキャラクターのハリボテに混ざって金鯱もたくさんいます。 画像 ▲モリゾー・キッコロ。この2人はしばらく安泰。でも2年後撤収確実。

巨大な絵馬が目印-慶栄寺・金刀比羅神社

 さて、円頓寺商店街は門前町です。史跡を見て回りましょう。五条橋から西へ歩いていくと、最初に右側に見えてくるのが慶栄寺です。太子堂は1804(文化元)年に奈良元興寺五重塔の古材を使い、住職善諦が建立したと言われています。この日は残念ながら見ることはできませんでした。そして少し歩くと大きな絵馬が吊るされている右側に、金刀比羅神社があります。この神社は大国主命(おおくにぬしのみこと)を主祭神としています。名古屋城築城当時から、三の丸にあった重臣大道寺邸に祀られていましたが、1859(安政6)年にこの地に移されています。毎年10月10日には大祭が行われ賑わいます。

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▲慶栄寺です。阿原山と号し、真宗大谷派の寺院です。 画像 ▲金刀比羅神社。円頓寺商店街を見守ります。

子どもの守護神鬼子母神像-圓頓寺

 そしてそのすぐ近くに圓頓寺があります。このお寺は中村公園にあった妙行寺と同じく、本堂は名古屋城築城の際の余材を拝領して建てたれたと言われています。1654(承応3)年の創建で、当初は普敬院と称していましたがのちに圓頓寺と改められています。本堂脇の堂には、子どもの守護神にと藩祖義直の側室により寄進された鬼子母神像が安置されています。こちらも名古屋城天守閣の余材で刻まれたとされており、毎月18日に公開されます。

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▲長久山圓頓寺です。日蓮宗のお寺で普敬院日言上人により創建されました。 画像 ▲圓頓寺の鬼子母神像は毎月18日に公開されます。

重くなるか軽くなるか運命の分かれ道-多賀宮

 さて、この圓頓寺の正面の奥にはかつての劇場があるのでますが、そちらは後で見ることにして西へ歩きます。江川線を越えしばらく歩くと、理髪店の横に多賀宮があります。伊邪那岐命と伊邪那美命を祀り、延命と縁結びの神様です。かつて豊臣秀吉が母、大政所の病平癒を祈願したという記録が残っています。滋賀県の多賀大社の分社にあたりますが、いつ分社として創建されたのかは不明です。さて、ここにも中村公園の常泉寺同様、願い事が叶うかどうかすぐにわかる画期的なシステムが導入されています。それが「おもかる石」です。

 ここでは、お願い事をする前におもかる石を持ち上げ、その重さを感じ記憶します。そして二つの方法があります。まずは「願いを叶えていただけるなら軽くなってください」とお願いした場合、もし叶うのであればその後持ち上げると軽く感じます。また、「願いが叶うのであれば重くなってください」とお願いした場合は、持ち上げられないほど重くなれば願いが叶うということです。前者は気のせいもあるかもしれませんが、後者の場合は持ち上がらない状態にまでなるわけですから、はっきりと答えが出ます。もちろん、持ち上げてしまった場合は叶わないということになります。それも怖いですけど。

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▲多賀宮。理髪店とスーパーに挟まれ間口は細いですが、奥行きあります。 画像 ▲いろいろと興味深い説明が書かれています。おもかる石については熟読要。 画像 ▲さぁ、石が重くなるか、軽くなるか運命の瞬間。

世界のシャチハタはここから-シャチハタ旧本社

 パチンコ店を過ぎると、どこかの町工場かと勘違いしてしまうようなシャチハタの事務所があります。実はここ、1999(H11)年までシャチハタの本社でした。現在は本社分室となっていますが、とても全国規模の会社の本社には見えません。「シャチハタ」今ではスタンプの代名詞になっているほど知名度は高く、国内に止まらずカナダ・L.A.・ニュージャージー・メキシコ・オーストラリア・香港・台湾・インド・マレーシア・ドイツ・デンマークと世界にはばたく名古屋企業とひとつとなっています。

 そのシャチハタの名の由来はもちろん、名古屋城のシンボル金鯱です。万年スタンプで特許を取得し商標登録しようとした際、それまでの日の丸スタンプという名前から、日の丸に名古屋のシンボル鯱をあしらい、鯱が旗に収まった印のスタンプ台「シャチハタスタンプ」が生まれたのです。創業者はそこに、名古屋発のスタンプ台が日本一になるようにとの思いを込めたのです。

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▲これがシャチハタの本社でした。名前が一緒で別会社じゃないの?いえいえ。 画像 ▲このロゴのシャチハタです。全国でお馴染みですよね。

由緒ある?レンタルビデオ店-円頓寺劇場

 では最後に、気になる円頓寺劇場を見に行きましょう。ここは商店街側からではなく、四間道界隈にあった子守地蔵尊の裏から行くことにします。確か、名古屋市内では大須演芸場が唯一の寄席であったはず。この円頓寺劇場は今どうなっているのか。それでも地図には記されているので、営業しているはずです。到着するや否や、私は愕然としました。

 どうやら映画館になっているのですが、現在上映中の作品は「けものの昼下がり」...。ここも中村映劇と同じようにポルノ専門映画館でした。それでもここに、かつての寄席・芝居の面影が...と思ったのですが、円頓寺界隈が盛り場として賑わっていた頃にあった寄席や劇場は、全て無くなってしまったとのこと。この円頓寺劇場は戦後建てられた新しい映画館なのだそうです。

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▲円頓寺劇場。由緒あるビデオレンタル店?

 この円頓寺劇場には「名古屋ビデオ図書館」が併設されています。もちろんポルノ専門ですが、最近出来始めた街のピンクビデオ店と一緒にしてはいけません。実はこのビデオ図書館、その筋では有名なレンタルビデオ店で、どこを探しても無かった過去のお宝作品や、かなりのマニアックな作品もあるとのこと。

 ある意味、今も円頓寺は男達の「盛り場」で間違いないようです。

円頓寺劇場・名古屋ビデオ図書館は2005(H17)年10月に閉館しました。


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