★「ひつまぶし」の首都圏での市民権は早かった
★やっぱりあった!「ひつまぶしは登録商標です」
★名古屋っ子でもめったに食べれーせんよ
土用の丑の日といえば「うなぎ」ですよね。そして名古屋でうなぎといえば「ひつまぶし」となるわけですが、実はこの「ひつまぶし」を登録商標としているお店がありまして、少し前までは「ひつまぶし」という名を、苦肉の策で他のお店は避けることが多かったという経緯があります。
名古屋っ子としてはやっぱり、その登録商標のお店で食べたことが無いというのはマズいですよね…。ということで、今後さらにうなぎは貴重品になるでしょうから、なんとか手が届かないんだけど、無理して頑張れば何とか届く今のうちに食べておこうということで、行ってきました、あつた蓬莱軒。
やっぱり本店に行ってみたいよね
あつた蓬莱軒には3つの店舗があります。1つは、以前行ったことがあるのですが、栄のデパート松坂屋名古屋店のなかにある「松坂屋店」。そしてあと2店は熱田神宮周辺にあります。「神宮店」は以前、熱田神宮の敷地内にあったそうなのですが、現在は熱田神宮のすぐ南側に。そして「本店」は旧東海道の宮の宿赤本陣があった場所のすぐ近くにあります。
本陣とは、高級武士だけが泊まることのできた宿泊施設で、宮の宿には「赤本陣」「白本陣」「脇本陣」の3つがあり、うち赤本陣は236坪を誇る規模で、熱田奉行所のすぐ北側に位置するところにあったそうです。しかし、先の戦争の熱田空襲によって跡形も無く焼けてしまいました。
その近くにあるのが「あつた蓬莱軒本店」またの名を蓬莱陣屋と呼びます。
昼の部が午前11時半から午後2時、夜の部が午後4時半から8時半と、営業時間は短め。私たちは午後の部一番に行ったのですが、何も特にうなぎ関連の行事が無い平日でも、午後4時頃には行列ができはじめます。駐車場もありますが、席数180に対して40台ですので、計画的な来店をオススメします。予約は可能ですが、電話受付のみで、さらに会席料理コースのみの受付ですので、ひつまぶしを食べたいだけの方の予約はできません。
では立派な松の入口から、入ってみましょう。かつては名古屋ことばが実に耳に心地よい4代目名物女将がいらっしゃったのですが、今から3年前の2010(H22)年1月にお亡くなりになられています。
入口では様々なものが目にとまるのですが、中日ドラゴンズ山本昌投手の200勝達成記念グラブがあったり、ボストン・レッドソックス時代の松坂大輔投手のサイン入りバットが展示してあったりと、野球関連のものが多く、4代目女将がナゴヤドームにて80歳で始球式をしたときの写真も。
登録商標です
そしてやっぱりありました。額に入れて飾られています「商標登録通知書」。「ひつまぶし」はあつた蓬莱軒の登録商標なんですよね。大手レストランチェーンが「ひつまむし」としたり、ギフト商品会社が「ひまつぶし」にしたりと、やはり登録商標に気を使って、ひつまぶしという表現を避ける企業が多かったのですが、ここ最近は逆に「○○ひつまぶし」という店名を商標登録する名古屋郊外のうなぎチェーン店も現れ、その店は名古屋や東京、大阪、福岡に店舗を拡大するなど、ひつまぶしが名古屋グルメとして一般化するとともに、その登録商標による他店使用の抑止力も薄れているように感じます。
このひつまぶしは、明治時代の末期にこのあつた蓬莱軒2代目が考案したとされ、4代目女将が1987(S62)年に商標登録しています。いわゆる「名古屋めしブーム」と呼ばれる、2005(H17)年に開催された愛・地球博前後の名古屋グルメブームよりもはるか前から、「ひつまぶし」だけは首都圏の富裕層に受け入れられており、名古屋めしブームが到来する前は「名古屋名物のなかでひつまぶしだけは首都圏でも市民権を得ている」と解説されることもありました。
庭園を見ながら落ち着いて…
そんな考察をしている間に、ようやく行列の順番がまわってきました。庭園の見える和室に案内されます。季節によってのおすすめメニューがありまして、「活伊勢海老刺身」「とら河豚」「鱈白子ぽん酢」なんてメニューがありますが、それも価格は4ケタです。そして気になったのは「のれそれ」酢味噌かぽん酢でいただく…とあります。実はこれ、アナゴの稚魚なんですね。思い切って注文してみようと思ったら、この日は品切れでした。ちょっと胸をなでおろしたりして。
そしてメニューには「ひつまぶしとは何か」が書かれているのですが、そこにもやっぱり「登録商標」の文字。よっぽど…なんですね。名古屋っ子は、家でもスーパーでうなぎを買ってきてひつまぶしをすることがありますが、こういう説明を見ますとやっぱり、名古屋以外の方にはなじみの薄い食べ方ですよね。
以前「ひつまぶしなんて食べ方はうなぎのこうばしさを台無しにする食べ方だ!」と豪語していた関東の方が、「一度だまされたと思って…」と、このあつた蓬莱軒でひつまぶしを食べたら…それ以来、うなぎをひつまぶしでしか食べなくなったというエピソードを聞いたことがあります。
実は自分もそうで、ひつまぶしに出会うまでは、子どもということもあって、そんなにうなぎって好きじゃなかったんですけれども、高校生の頃だったか、この店ではないのですけれども、ひつまぶしという食べ方に出会って以来、うなぎは大好物になってしまいました。うなぎが高騰している今となっては、知らないままだったら良かったかな…なんて思うことも。だって、たまに無性に食べたくなってしまうのです。
なぜ土用の丑の日に食べるのか?
諸説ありますが、「土用の丑の日に『う』のつく食べ物を食べると良い」ということで、うなぎを食べる風習が生まれたわけですが、これは日本初の広告キャッチコピーとも言われています。江戸時代、夏場にうなぎが売れないことに困ったうなぎ屋さんが、平賀源内に相談したところ「本日丑の日」という貼紙をしなさいといわれ、うなぎが飛ぶように売るようになったというのです。
ですからこの風習は、ご利益があるわけでもなく、古からの伝承でもなく、バレンタインデーや節分の太巻きまるかぶりのように、商業的に売り手の都合によって発生した行事なのです。まさか平賀源内も、自分が考えた広告によって、遠い未来でうなぎが食べつくされそうになるほどまでになるとは思っていなかったでしょうね。
日本一の生産地VS消費地
愛知県の一色町はかつて、自治体としては日本一のうなぎ生産量を誇っていましたが、今は西尾市となっています。一方、おとなり静岡県の浜名湖も、うなぎの生産地として有名です。一方、うなぎの消費量が日本一だったことがあると自称しているのが三重県の津市。
三重県では、その責任を感じてか、うなぎの完全養殖に取り組んでいます。今では報道によって多くの人の知ることとなりましたが、うなぎは完全な養殖ができず、稚魚であるシラスウナギを漁ってきて養殖しています。しかし、そのシラスウナギの不漁が続き、うなぎの価格は高騰する一方です。
ところが、あつた蓬莱軒には「鰻の高騰と、価格の据え置きにつきまして」という貼紙があり、そこには「値上げはお客様の御理解を得るには困難かと考え、価格を据え置くことに致しました」と書いてあるのです。
据え置きですか!それは心強い!と言いたいところですが、そもそも、ひつまぶし一人前3,100円ですからね…。名古屋っ子にとっても、ひつまぶしはそんなにしょっちゅう食べれーせんのです。
それではいただきまーす!
注文から出てくるまでには、時間がかかりますので、時間に余裕をもって来店してください。さらにメニューには「一半ひつまぶし」という、4,300円の1.5倍のひつまぶしがあります。お櫃が1.5倍の大きさになりますので、価格的にはそちらがおトクですが、それを2人でわけあうとかシェアするとかそういうお店ではありませんので念のため。
それでは、いただきましょう!ひつまぶしの食べ方もすっかり有名になりましたよね。今では、その食べ方を真似した「豚まぶし」「牛まぶし」なんて店もあったり。
まずはお櫃のなかをしゃもじで十字に切って、4等分します。そしてその1区画ずつを茶碗によそっていただきます!
1杯目
1杯目はそのまま。そうなんです。いきなりお茶漬けにするわけではないのです。ですから、こうばしいうなぎが食べたい人の欲求も、この1杯目で満たされるというわけなのです。ストレートにうなぎとタレの味が口いっぱいに広がります。
2杯目
2杯目は茶碗によそったら、その上に薬味をのせて。ねぎ、わさび、のりをパラパラとかけていただきます。ねぎのシャキシャキ感とわさび、そしてのりの風味がうなぎとたれとあいまって。特に夏場にはさわやか、鼻にスーッと抜けていきます。ねぎの香りでうなぎの香りがより生きるのが面白いです。
3杯目
そしていよいよお茶漬けです。3杯目を茶碗によそったら、先ほどの薬味、ねぎ、わさび、のりをかけて、さらにそこにダシ汁をかけます。お茶漬けといっても上品なおだしです。うなぎがしんなりするように思えるのですが、そのまま食べるよりもプリップリに感じられるのが不思議なところ。また、おだしとうなぎのタレが合うんですよこれが。
最後の4杯目は、あなたの「ベストオブひつまぶし」をどうぞ。そうです、ここまで食べた3種類の方法のうち、もう一度食べたい方法をアンコールです。ですから、こうばしいのが好きな人はそのままの1杯目を、さっぱりいきたいひとは薬味の2杯目、総仕上げといきたい方はもう一度お茶漬けの3杯目と、好みに応じた対応ができるのも、ひつまぶしならではです。
私はこの「ひつまぶし」と出会って、うなぎの本当の魅力に出会えた気がするんです。そのまま、さっぱり、じっくり、様々なうなぎの表情に触れられるのです。
少し前までは「ひつまぶしはなかなかお店では食べられないよね~」と、スーパーで一色産のうなぎを買ってきて、家でダシ汁と薬味を用意して「マイホームひつまぶし」を楽しんだものですが、今では、スーパーのうなぎを中国産ランクまで妥協したとしても、その少し前の一色産よりも高いという、恐ろしい時代になってしまいました。
もはや、ひつまぶしは高級料理です。名古屋っ子とは言えども、頻繁に食べられるものではなくなりました。ひょっとすると、私も今回は思い切って記事にするという大義名分で、清水の舞台から飛び降りる感じでいただきましたけど、これが、あつた蓬莱軒本店での最初で最後のひつまぶしチャンスなのではないか、そんな気さえしています。その覚悟を本当にしなければならないかもしれません。
ひょっとするとこれからの時代「ひつまぶしを知らない名古屋っ子たち」も増えていくかもしれませんね…。
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