12.南区 名古屋を歩こう

クジラの海に映画の撮影所

記事公開日:2005年6月21日

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 続けて国道247号線を歩きます。東海道新幹線と未完成の国鉄南方貨物線の高架をくぐると、東海通と交差する氷室交差点があります。その交差点北西角には、氷室長冬開墾地の碑がある若宮八幡社があります。氷室長冬は中区にあった若宮八幡宮の神主だったことから、ここに若宮八幡社が祀られ記念碑が建てられています。氷室長冬が1856(安政3)年に開墾した氷室新田は、ここから約1キロ東に走る国道1号横を流れる山崎川から、西は三条あたりまでの東西1.5キロ、幅は約100メートルという細長い新田でした。それには理由があります。かつてはここに山崎川が流れており、川の流れを変え、川底だったところに作られたのが氷室新田なのです。そのため瀬違新田という別名もあります。川底での耕作には相当の苦労を要し、通常より長い40年間の免税期間が与えられました。

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▲交差点の角にひっそりある若宮八幡社。
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▲本殿もちょっと窮屈そう。
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▲氷室長冬開墾地の碑。川底を耕すのは容易ではなかったでしょう。

 氷室交差点を越えると、国道の左右には商店が並ぶようになります。道徳銀座です。その道徳銀座左側入口にはコニースタービルという、キャバクラやフィリピンパブが入居する雑居ビルがあるのですが、壁面に「パラオ共和国アルモノグイ州日本事務所」という大きな看板が掲げてあります。「アルモノグイ」という名前は日本語的には不気味ですが、もちろん実在する州です。しかし、その日本事務所がなぜ名古屋に、なぜ道徳に、なぜキャバクラやパブと同じようなビルに入居しているのか謎です。パラオはフィリピンの南東にある200~300の島々によって構成されている国で、総面積は金沢市と同程度。県内で例えるなら岡崎市ふたつ分程度です。独立国家となったのは1994(H6)年と比較的最近のことです。人口は2万人で日本人は300人程度しか住んでいませんが、ダイビングなどに訪れる日本人観光客は多く、TOKYO FMの番組を流すラジオ局も存在します。アルモノグイ州は漁業が盛んで、釣りに訪れる観光客も多いところ。日本からの観光客を伸ばしたいのでしょうけど、この道徳に事務所がある理由がさっぱりわかりません。ちなみにパラオ政府の日本事務所は東京にあります。

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▲若宮八幡社前から見た氷室交差点。
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▲大きなビルがあるぞ。何か大きな看板があるぞ。
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▲あるもの食い?

 道徳銀座を歩きます。電気屋さんに写真屋さんに金物屋さんと並び、歴史を感じさせる色あせた看板が並びます。フジカラープリントという看板は「カラー」の部分が青、黄、緑に色分けされていて、カラーであることが強調されていた時代のもののようです。ただ、その文字が色あせてしまっていているのが気がかりです。写真屋さんだけに色あせは...ねぇ。

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▲この街路灯が道徳銀座入口の目印。
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▲写真は色あせない...はず!

 金物屋さんを越えると左に道徳稲荷社があります。お稲荷さんは商売の神さまですから、商店街に似合います。ここのお稲荷さんは尻尾が大きく、耳もピンと立ってとがっています。さらに表情も強面で、こちらが思わず身構えてしまいそうになるほどです。稲荷社の前には道徳駅前交差点があり歩道橋もあります。道徳駅のある右側へ渡ります。周囲には郵便局や蒲郡信金があり、人の姿もあって一つ前の豊田本町駅よりは駅前に活気があります。

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▲道徳稲荷社。道徳の繁栄を願って。
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▲願いを叶えてくれそうな強さを感じます。
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▲新内田橋でいったん細くなりましたが、4車線に復活。

 現在はこの国道247号から西側に道徳北町、道徳新町、道徳通という地名が付けられていますが、先に「道徳」と名付けられたのは国道247号の東側にある現在の「豊田」で、そこに道徳新田がありました。道徳新田は1728(享保13)年に完成しています。さらにその前、海側に1817(文化14)年に完成した新田に、道徳の前ということで「道徳前新田」という名前が付けられ、今はそこに道徳という地名が残っています。道徳前新田は現在の道徳北町から南の山崎までと範囲が広く、南区内で一番大きな新田でした。道徳新田については後ほど歩くことにして、道徳駅のある旧道徳前新田を見ていきます。

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▲道徳銀座は道徳駅を中心にして東西に広がっています。

 高架の道徳駅を越えても道徳銀座は続きます。CDレンタルや新聞店、婦人服、バッグの店などが並びます。すると大きな池のある公園があります。道徳公園です。かつてはボート池だった池には鯉の姿も見受けられます。そして池の北側には大きな記念碑が建っています。鷲尾善吉翁領徳碑です。道徳前新田を開墾した鷲尾善吉は海西郡塩田村(現・海部郡)の豪農で、のちに新田は尾張藩御小納戸所有になり、1925(T14)年に開放されています。この碑には新田が完全に完成した1821(文政4)年から開放される1925(T14)年までの歴史が刻まれています。

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▲道徳駅前が栄えているのは昔の名残。
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▲かつては「道徳銀座」という大きなアーチがありました。
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▲道徳前新田の完成を記念した鷲尾善吉翁領徳碑。

 道徳前新田は開放されてどうなったのか。農家には土地が払い下げられ、区画整理された土地にはさまざまな娯楽施設が集中し、名古屋南部有数の繁華街になったのです。道徳公園は1931(S6)年頃から開放され、ボート池と鯨池が整備され1941(S16)年に完成しました。公園内にはニヤっとした表情をしたコンクリート製のクジラがいます。デザイン都市名古屋お得意のオブジェの類かなと思ったら、なんと1927(S2)年に作られた物だというのですから驚きです。鯨池にコンクリートのクジラ。なぜ鯨にこだわっているのかと言いますと、海だった頃ここには鯨がいたらしいのです。

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▲道徳公園。噴水のあるボート池。
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▲まさかこのクジラが昭和2年生まれとは。
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▲いい表情してるなぁ。

 道徳公園の南には道徳小学校と大江中学校があり、その間を通る道路は文政のみちとして整備されています。今では全く面影はありませんが、道徳公園の南からこの小学校と中学校のあたりには、1928(S3)年にマキノプロダクション名古屋撮影所が完成し映画が撮影されていました。そしてその周囲にボクシングジム、乗馬練習場、ビリヤード場、カフェーなどが建ち並びました。これらは、港区稲永にあった名港火力発電所を作った電力王・松永安左エ門、福沢桃介などが設立した桟橋倉庫株式会社によって開発されたものです。さらに南には観音様が山の上に立つ観音公園や、プール、スケート場なども登場し、道徳は一大繁華街となったのです。

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▲道徳公園は広いので、オブジェやら遊具やらが豊富。
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▲かつて映画の撮影所があった文政のみち。
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▲忠臣蔵、旋風児、燃ゆる花片といった作品が撮影されました。

 現在は小学校と中学校の南側にある道徳通商店街に賑わいが残るのみで、周囲は住宅街に姿を変えています。その道徳通には変わったお店があり結構面白いです。本とビデオとグッズがセットで1000円の「1000円ショップ」はカフェーの名残でしょうか。フレッシュダイキンというスーパーの店内には「CHECK OUT」という横文字が踊ります。そして国道を渡ったところには、無数の鍵とドアノブがディスプレイされた「鍵と錠」のお店があります。鍵と錠ってどう違うのかな...。ドアノブってたくさん並んでるとちょっと怖いですね。鍵穴が複数あるドアはあっても、ドアノブが複数あるドアってあり得ませんからね。

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▲1000円ショップ。ねえグッズって何?グッズって。
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▲CHECK OUT!フレッシュダイキン!
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▲おまかせ、鍵と錠。

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