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5「熱田神宮」
神話の森
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s 2004.7-8月 取材

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画像なぜ神話の森と呼ばれるのか 熱田神宮
画像知恵と名前を授けてくれます上知我麻神社・別宮
画像平安時代の石橋二十五丁橋
画像宮といったらきしめん 清め茶屋・宮きしめん・宝物館
画像尾張造りから神明造りへリフォーム本宮
画像中からは行けない境内社で旅行安全を下知我麻神社

画像なぜ神話の森と呼ばれるのか −熱田神宮
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 熱田神宮の南にある正門から境内に入ります。さすが神話の森と呼ばれるだけあり深い緑に覆われ、最高気温36℃快晴のこの日でもスーっと暑さが引いていきます。計ってはいませんが、それは気のせいだけでなく周囲のコンクリートジャングルに比べて実際に温度が低いと思います。森なのはわかりましたが、なぜ熱田神宮は神話の森と呼ばれるのでしょうか。
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▲第一鳥居。熱田神宮南端にある正門です。

 熱田神宮の歴史は、三種の神器のひとつである「草薙の神剣」を祀ったことに始まります。草薙の剣は素戔嗚尊(すさのおのみこと)が八岐大蛇(やまたのおろち)を退治したときにその尾から出たといわれる剣で、最初は臭蛇(くさなぎ)の剣だったものが、第12代景行天皇の子、日本武尊(やまとたけるのみこと)が焼津の野で草を薙ぎ払ったことから草薙の剣となったとされています。
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 日本武尊は東国の神々を平定すると、結婚の約束をしていた尾張国造の娘である宮簀媛命(みやすひめのみこと)を尾張氏の里・火上山(緑区大高町)で妃としました。その後日本武尊は伊吹山の神を鎮めに向かうのですが、草薙の剣は宮簀媛命のもとに置いて行きます。日本武尊は伊吹山の神に負け負傷し伊勢の国で命を落とします。それを知った宮簀媛命は、悲しみのなか草薙の剣をここ熱田に祀ったのでした。それが景行天皇の末年頃といわれていますので西暦130年頃のことです。
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 以来約1900年にわたり、熱田神宮は伊勢神宮に次ぐ尊いお宮として厚い信仰を集め、「熱田さま」「熱田さん」「宮の熱田」と呼ばれ親しまれてきました。毎年6月5日に行われる例祭は熱田まつりとも称され、日中は奉納剣道・弓道大会、子ども獅子、献茶、献花、そしてまきわらみこしなど「神にぎわい」の行事が催され、日が暮れると献灯まきわらに火が入り、奉納花火大会がはじまります。毎年300軒以上の出店が境内に並び、この日だけで約25万人が参拝にやってくる名古屋の初夏の風物詩となっています。
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 では、熱田神宮を見ていきましょう。
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画像知恵と名前を授けてくれます −上知我麻神社・別宮
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 南門の第一鳥居のすぐ左側にあるのが、上知我麻神社と別宮(八剣宮)です。上知我麻神社は宮簀媛命の父・尾張国造、乎止與命(おとよのみこと)を祀っており、知恵授け、命名、商売繁盛の神様として信仰を集めています。古くから知恵の神様として「知恵の文殊さま」とも呼ばれ受験生が毎年たくさんお参りに訪れます。また、神様から文字を1文字いただいて新生児に名付ける命名祈祷が毎日行われます。別宮は708(和銅元)年に元明天皇の命令によって作られた神剣を祀っており、本宮と同様に扱われています。そのため本宮が1893(M26)年に立て替えられた際にここも立て替えられており、かつての別宮は境外社殿のひとつである氷上姉子神社(緑区大高町)の本殿となっています。本宮とは離れているためかあまり人影はありませんでした。
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▲上知我麻神社では神様から名前の一字をいただきます。画像 ▲別宮の神剣も草薙の剣より新しいとはいえ1300年前のもの。

画像平安時代の石橋 −二十五丁橋
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 第一鳥居から参道を北に歩きます。しばらくすると小さな川が流れ左側に南神池があります。それにしても本当に涼しい。小川を流れる水面を見ているとさらに汗が引いていきます。人工熱の外界とは別世界です。参道と池との間でその小川に架かっているのが二十五丁橋です。この橋は名古屋最古の石橋で、25枚の板石が並んでいることからこう呼ばれています。江戸時代、この地方の名のある場所を紹介した「尾張名所図会」にも紹介されており当時から有名だったようです。また、江戸から明治にかけて歌われた名古屋甚句でも歌われたことでも知られています。
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▲南神池には季節になると蛍の姿も。画像 ▲名古屋最古の石橋、二十五丁橋。本当に25枚。

 現在、この橋を渡ることはできません。本当に25枚なのかどうか数えたかったんですけれども…。橋のたもとには名古屋甚句の碑があり、この橋が歌われた部分が彫ってあります。
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「♪アー宮の熱田の二十五丁橋でエー、アー西行法師が腰をかけ、東西南北見渡して、これ程涼しい此の宮を、だれが熱田とヨーホホ、アーァァ名を付けたェー、ドコドッコイ、ドッコイショ。」
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 この石橋がいつ作られたのかは実はよくわかっていませんが、平安時代末期から鎌倉時代にかけての歌人として知られる西行法師が座ったというのですからかなりのものでしょう。それにしても「これ程涼しいこの宮を、誰が熱田と名付けたんだ。」という西行法師の歌は見事としか言いようがありません。周囲が猛暑でも本当に涼しいですし、うまくオチてる。ちなみに名古屋甚句のこの部分は本唄の最初の部分で、この後こう続きます。
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「♪アー花の名古屋の碁盤割りはエー、都に負けない京町や…。」
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 と、いきなり京の都と張り合います。都に敵対心を持つという名古屋の性質は、江戸時代には既にあった模様です。これは筋金入りだ。
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▲名古屋甚句の二十五丁橋の部分が掘られた碑。画像 ▲眼鏡店組合が建てた眼鏡之碑。なぜ土偶?

画像宮といったらきしめん −清め茶屋・宮きしめん・宝物館
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 南神池のほとりには休憩所があり、2000(H12)年に改築された「お休み処清め茶屋」と「宮きしめん」があります。熱田神宮と言えばやはり宮きしめん。後ほど食べることにします。参道に戻って北に歩くと、東参道と交差するところに佐久間燈篭があります。この灯篭は佐久間大膳亮勝之が1630(寛永7)年に寄進したものです。彼は海難に遭ったのですが、熱田神宮に祈ったことで事なきを得たことを感謝してこの灯篭を贈りました。江戸時代から日本三大燈篭のひとつとして知られており、その高さは8メートルもあります。燈篭を越えると右手には皇室、将軍、藩主などから熱田神宮に寄進された資料4000点強を収蔵する宝物館文化殿があります。古神宝・刀剣・和鏡・能楽面など貴重なものが数多くあり順次公開されています。いよいよ第二鳥居です。近くにはなぜか鶏がたくさんいて日陰でウトウトしていました。
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▲きよめ茶屋でちょっと休憩。食べるのはもちろんきよめ餅。画像 ▲宝物館文化殿ではかわるがわる収蔵品が展示されます。画像 ▲境内は心地よく、思わず鶏もウトウト。

 第二鳥居をくぐると左側に大きな楠があります。熱田神宮の境内には楠がたくさんあり、特に大きな7本は「七本楠」と呼ばれ古くから有名です。この楠は樹齢千年以上と伝えられていますが、7本のなかで3番目の大きさです。しかしこの楠は弘法大師の手植えといわれていることから「大楠」と呼ばれ熱田神宮のなかでは最も有名な大木となっています。太さにも驚きですが、それ以上に枝の広がりの大きさに驚かされました。一本の木とは思えないほどです。
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▲燈篭を越えるといよいよ第二鳥居。画像 ▲大楠。樹齢千年。それでも神宮の歴史に比べれば半分。画像 ▲第三鳥居。この先に本宮があります。

画像尾張造りから神明造りへリフォーム −本宮
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 第三鳥居を越えるといよいよ本宮です。本宮は1893(M26)年まで尾張造りの社殿だったのですが、三種の神器を祀っているということで、社殿の配置、規模を伊勢神宮と同様の神明造りに改造されました。その後2度戦災に遭い1955(S30)年に現在のものに造り替えられています。お参りは本宮の外玉垣御門で手を合わせることになります。中に見える一番奥の社殿が本殿で、そこに熱田大神が鎮座します。そして手前の外玉垣と次の内玉垣の間の広場は中重(なかのえ)といい、例祭などの祭典がそこで開かれます。
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▲本宮です。

 本宮の手前左側には祈祷殿、右側には授与所があります。祈祷殿では車のお祓いをしていただくことができるのですが、車はもちろん境内に入れないので、伏見通から直接祈祷殿へと専用道路で入ります。外側の入口では、新車と思われるピカピカの車が何台か入って行くのを見ました。周囲の運転の荒い名古屋だけに御祓いを受けたい気持ちわかります。
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▲祈祷殿。反対側で車のお祓いを行っています。画像 ▲授与所でおみくじをひきます。

 授与所でおみくじをひくと吉でホッとしたのですが、旅行が「控えよ」になっていたのが気がかりです。街を散策するのは旅行じゃないから大丈夫かな…。ちょっと不安になりつつも散策を続けます。授与所から西へ歩くとかつて草薙の神剣を奉安していた土用殿、ならずの梅があります。この梅は花が咲くのに実がつかない奇木として知られています。ここをずっと西に歩いて行くと熱田神宮会館、駐車場を経て西門に出ます。熱田神宮会館では結婚式を挙げることができます。もちろん神前式になりますが、披露宴料理はフランス料理も選ぶことができるという柔軟性があります。
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▲かつて草薙の神剣が納められていた土用殿。画像 ▲絶対に実がつかない、ならずの梅。画像 ▲熱田神宮会館での挙式は、そのまま本宮参拝もできます。

 では、南神池のところにあった宮きしめんできしめんを食べます。それが熱田神宮へやってきた目的の半分と言ったら怒られそうですので、目的の一割ということにしておきます。時刻はちょうど2時過ぎ、この日は予想気温が36℃ということで冷たいきしめんを食べることになるかなと思っていたのですが、先述のとおり熱田の森は涼しい。そこで大好物の卵とじきしめんを食べることにしました。卵とじは白醤油ベースの出し汁に卵を落とし、うっすら色が変わってきたところできしめんと合わせる物です。刻み海苔をかけていただきます。やはり絶品。ネギともよく合います。
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▲南神池のほとりに、きよめ茶屋と並ぶ宮きしめん。画像 ▲大好物の卵とじきしめん。やっぱり宮といったら宮きしめん。

画像中からは行けない境内社で旅行安全を −下知我麻神社
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 お腹も満足したところで熱田神宮を後にします。熱田の森から伏見通に一歩出ただけでそこはもう灼熱の世界。汗が一気に噴きだします。西門には観光バス用の駐車場があり何台も止まっています。そして伏見通を北に歩くと、自動車祈祷用の入口があり、その北側にもうひとつ境内社があります。下知我麻神社です。ちなみに熱田神宮は本宮・別宮ほか43社が祀られています。高蔵にあった高座結御子神社と、緑区大高の氷上姉子神社、そして区内伝馬町にある鈴之御前社の3社が境外社で、あとは全てこの境内にあります。なかでもこの下知我麻神社は旅行安全の神様。さきほどのおみくじの結果も気になっていたのでしっかりお参りします。
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▲バスでやってきた人はこの西門から入場です。画像 ▲観光バスはこの西門駐車場に。もちろん正月はすごい台数。画像 ▲車のお祓いはこの専用ゲートから入場。6000円からです。

  ひょっとしてあのおみくじは、ここにお参りしなさいというメッセージだったのかも。
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▲下知我麻神社。旅行の際にはぜひ祈願を。画像 ▲左側の森が熱田神宮、神話の森。

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