14.天白区 名古屋を歩こう

急カーブの先にある有名交差点

記事公開日:2006年3月7日 更新日:

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 今回は地下鉄鶴舞線の八事駅から塩釜口駅を経由して、植田方向へと歩いてみます。八事には中京大学、塩釜口には名城大学があり界隈は学生の街であり、アパートやビルが林立しているのですが、御幸山の北側あたりは、やはり急勾配の山間に街が形成されている不思議な景観です。太い国道が山を縫うようにカーブします。

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 八事駅から塩釜口駅方向は南東になるのですが、八事交差点から南東へはなぜか2本の道路が並行するように走っています。一本は片側2車線の国道153号線、もう一本は地下鉄鶴舞線の上を走る八事旧道です。地図で見ると、それまでの国道153号線から真っ直ぐ伸びているのが八事旧道で、国道153号線は何かを迂回するように大きくカーブしています。実はこれ、山をよけているのです。

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▲5つに分岐する八事交差点。東方向に道路が2本。

 まずは八事交差点から八事旧道を歩いてみます。細いといっても片側1車線は確保されていて、かつてはこちらが国道だったのではないかとも思えます。その昔、八事が観光地になっていた戦前は、多くの人で賑わったそうです。その急勾配ぶりはものすごい勢いで、先が一体どうなっているのかわからないほどです。車で走ったらまるでジェットコースター状態です。その道路の北側、石垣の上にあるのが常楽寺です。常楽寺を越えると坂を下る格好になり、再び八事裏山交差点でこの八事旧道は国道153号線に合流します。つまり八事旧道は、国道153号線が極端にカーブしている部分を直線に結んでいるだけの道路というわけです。

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▲石垣の向こうには常楽寺があります。
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▲八事旧道はアップダウンがかなり激しい。

 では続いて国道153号線を八事駅から歩いてみます。やはりわざわざ迂回した甲斐があったというもの。八事旧道に比べると起伏は少ないのですが、しかしです。片側2車線ある道路とは思えないカーブの仕方をしていて、「凍結時降雨時スリップ注意」の標識が立っています。旧道とは違う意味で先が見えない状態です。そのカーブしている部分から先ほどの常楽寺へ行ってみようと急坂を登ってみたのですが、なんとその道路は袋小路になっていてその先には断崖絶壁があり、常楽寺には行けません。その迫力に思わず絶句です。

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▲国道153号もそれなりに坂ですが、ここまではまっすぐ。
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▲しかしいきなり急カーブ。スリップ注意の標識も登場。
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▲国道から旧道に行くことはできません。絶壁がシャットアウト。

 そしてその反対側、国道の北側にはかなり急な角度の階段があり、その上にお寺があります。浄久寺です。このお寺は1568(永禄11)年に清須に創建され、清須から名古屋にお城が移された清須越しで、1610(慶長15)年に南寺町(現在の大須)に移り、1923(T12)年に現在地へと移築されています。1945(S20)年5月の空襲でお寺の大半を焼失してしまったのですが、山門だけは焼失を免れました。この山門、なんと清須にあった頃に作られたものなのです。本尊は木造大通智勝仏坐像で、そのほかに恵心僧都(源信)の作といわれる千手観音菩薩立像が安置されていて、そのお腹の部分には、平家の悪七兵衛景清が矢尻で彫ったという胎内仏が納められています。国道から山門は見えるのですが、はるか遠く高い位置に見えます。山門まで登ると息が切れるほどの急坂、および段数です。

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▲浄久寺の石段。山門がはるか遠くに...。
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▲こちらが450年近く前から唯一残る清須時代に作られた山門。

 国道153号線は八事裏山交差点で旧道と合流すると、再び穏やかになります。すると左手に聖徳寺があり、右手は御幸山へと続く八幡山となり、名城大学の校舎群が見えてきます。気づくと辺りはすっかり学生街。リーズナブルな居酒屋や携帯電話ショップを多く見かけ、学生アパートを斡旋するかのように不動産屋さんがずらりと並びます。不動産店のうち、ミニミニには「大学指定店」という張り紙がしてありました。これでミニミニマンは、将来名城大学入学決定ということでしょうか。

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▲近代的な建物の聖徳寺。
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▲模試会場や受験で何回か行ったなぁ...名城大学。

 名城大学の正門を越えると、地下鉄塩釜口駅です。塩釜口駅前には不二家レストランがありますが、昔は地中海というファミリーレストランだった記憶があります。塩釜口駅の駅名表示板には「名城大学前」とあり、塩釜口イコール名城大学というイメージが形成されています。私が受験生だったころは、「名城大学受ける?」と友人聞く際に、「塩釜受ける?」といった隠語のような使い方をしていました。ちなみに中京大学は「八事」と呼んでいました。今でもそういうのはあるのでしょうかねぇ。私は両方とも受験しましたがご縁が無く、結局は「山奥」と言われた大学に進学しました。

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▲かつて地中海があった塩釜口駅前。学生のための飲み屋さんなど多数。

 塩釜口駅を越え、さらに植田川を越えると、一部の名古屋っ子の間では有名な交差点が登場します。交差点名は「植田西」なのですが、「YAMAHA・わんわん」という大きな看板があることから、わんわんの交差点とも呼ばれています。ひょっとしたら、私たちの間で勝手に呼んでいるだけで、それほどポピュラーではないかもしれません。でもたぶん、名古屋っ子に「ほら、あそこ、わんわんの交差点を右に曲がって...」と言えば大抵通じると思います。

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▲西側から見ると「わんわん」の第一楽器。
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▲東側にはわんわんの文字はありません。

 ちなみに「わんわん」さんはヤマハの特約店で、正式には「株式会社第一楽器わんわん植田店」といいます。バンド向けの楽器販売やライブスペースのレンタル、ミュージックスクールなどを運営しています。この「わんわん」の語源ですが、ヤマハのオートバイなどを売っていた第一自動車と、第一楽器のふたつの「一」を「わん」にして繋げて新会社を設立したことによるものだそうです。犬の泣き声だとばかりずっと勝手に思っていました。

 YAMAHAの文字が無かったら、ペットショップと間違える人もいたかも。


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