阿漕浦(三重・津市)
津市の中心部から程近く、岩田川の河口の南側に「阿漕浦」という場所があります。海水浴場やヨットハーバーがあり、特に夏場は多くの人で賑わいます。「あこぎ」という地名を聞くと、何やら悪いイメージを抱いてしまいます。実はこの阿漕浦、その「あこぎ」という言葉が生まれた場所なのです。だからといってとんでもない「あこぎな奴」が住んでいたわけではありません。
そこには悲しい伝説が残されているのです。その伝説は今も語り継がれ、今はおいしい煎餅に姿を変えています。そして津の人々にとっては、「あこぎな奴」というのは褒め言葉になっているようなのです。
あこぎな奴の悲しい伝説とは、そしてあこぎな煎餅とは一体…?
語り継がれるあこぎな悲しい伝説
時代は今から約1,200年前に遡ります。この阿漕浦には「平治」という親孝行の男が住んでいました。ある日、平治の母親が病になってしまうのですが、平治には母親を医者に診せるほどのお金がありませんでした。そこで病に効くという「ヤガラ」という魚を毎夜この阿漕浦で獲っては、母親に食べさせていました。しかし当時、この阿漕浦は伊勢神宮に供える魚を獲るための場所で、禁漁区となっていました。
次第に、阿漕浦の禁漁区で密漁している奴がいるという噂が流れるようになり、取締りが行われるようになりました。そんなある日、平治はとうとう見つかってしまい逃げるのですが、「平治」と、自分の名前が入った笠を海岸に忘れていってしまったのでした。そして平治はそれを証拠に捕まってしまうのです。
そんな阿漕の平治の笠をかたどって大正時代初期に生まれたのが「平治せんべい」です。
平治の笠をかたどったおせんべい
平治煎餅の本店は大門にあります。津の銘菓である平治せんべいを中心に、もなかからワッフルまで和洋問わずいろいろなスイーツを製造販売されています。ショーケースのなかにあるフルーツが入ったワッフルに思わず目が行きますが、ここはやっぱり平治せんべいを買うことにします。平治せんべいには小笠、中笠、大笠の3種類があります。
小笠は直径5センチほどで一口サイズ。小麦粉と卵、そして砂糖のみしか使われておらず、添加物は入っていないとのこと。昔ながらの懐かしい味がする甘いお煎餅です。小笠は御三時にピッタリの24枚入りから、大好物な方のための240枚入りまであります。
でも大好物な方も思わず迷ってしまうはず。何を迷うのかというと、たくさんの枚数を買うか、大笠を買うかということです。
大笠はもうリアルサイズでは?
大笠はなんと直径19センチ。ざっと計算すると、小笠の14倍の大きさということになります。小笠を14枚分で計算すると306円、しかし、大笠は1枚241円ですから大変おトクということになります。
そんな細かい計算よりも、大笠を買いたくなる理由があります。それは包み紙です。小笠は平治と書かれた笠の絵が描かれているのみなのですが、大笠の包み紙には「あこぎの平治」が描かれているのです。これは、密漁が見つかってしまって、笠を忘れて逃げようとしている場面でしょうか。厳しい表情の平治には緊迫感とスピード感を感じます。
直径19センチのお煎餅はやっぱりデカい。確かにおトクで食べ応えもありますが、お客として訪れた家で、これがお茶請けに出てきたら「ど、どうしよう…」となること請け合いです。サプライズなおみやげとしては面白いですね。それにこの大笠には、ちゃんと内側に「平治」という文字が焼き入れされているのも特徴です。
早速食べてみました。食べかけのおせんべいをどうやって保存しようかな…なんて考えながら食べていたら、あっという間に1枚全部食べてしまいました。食べごたえはありますが、味が優しいので思わずパクパク食べてしまいました。
捕まった平治はどうなった?
ところで、捕まった平治はその後どうなったのでしょうか。平治はかつて武士だったことがあったため、潔く全てを自供しました。平治はそのまま簀巻きにされて、海へと放り込まれ、阿漕の海に沈められてしまったのでした。この物語は江戸時代には浄瑠璃などで演じられ、涙を誘う親孝行の物語として、後に映画化もされました。現在も平治を偲んだ「阿漕塚」が阿漕浦近くにあるとのことです。
ちょ、ちょっと待ってください。この平治のどこが「あこぎな奴」なのでしょうか。あこぎとは「無慈悲に金品をむさぼる人」という意味のはず…。そしてこの海岸の名である阿漕が、「あこぎ」という言葉の語源のはずです。
実は、この物語は江戸時代にお涙頂戴芝居として美化されたという説があるのです。
平安時代の「古今和歌六帖」に「あこぎ」という言葉が出てくるのですが、その頃の話では、平治というのはただの密漁者で、母親が病気だとかそういう事情は無かったというのです。
確かに、夜な夜な禁漁区で密漁をして、名前の入った笠を忘れて見つかったというだけの話なら、平治はただの欲張りものです。そこから、無慈悲に金品をむさぼる人のことを「あこぎな奴」と言うようになった、であれば納得がいきます。
さてさて、どちらが本当の話なのでしょうか。
ただ、この津の人々の間では、平治せんべいのことを「孝行せんべい」と呼んでいて、やはり平治は親孝行息子だったという説をみんな信じています。
ですから津では「おぬしもあこぎな奴よのう。」は、
「お前は自分の身を危険に晒してまで親孝行する立派な奴だなぁ。」
という意味になり、褒め言葉として使うことが津市の条例で決まっています。
もちろん嘘です。(つづく)
コメント
今愛知県に住んでいますが、生まれは津です。阿漕浦はよく知っています。しかし、レポートのような言葉の結びつきと平時せんべいとのつながりまでは全く無知でした。良い勉強になりました。
(2007/05/09 9:28 AM)
>かず君さま はじめまして こんばんは
津のお生まれなんですね。津にはたまに行くのですが、市街地と海の距離が近くてとても環境のいいところですよね。夏は海水浴客で賑わいそうですね。今後ともよろしくお願いします。
(2007/05/13 10:07 PM)