尾張(西愛知) 東海あまのじゃくツアー

桜並木と人工的な川には千年の由緒-大江川緑道

記事公開日:2012年4月14日

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★西尾張の雄・一宮の桜を見に行きます
★さすが伝統ある街は地元が一体
★川が人工的過ぎるのも、千年の歴史

 愛知県の西側に広がる旧尾張国の範囲である「尾張」。この尾張という区分には名古屋市を含まないことも多く、さらに、西尾張と東尾張に分けることができます。

 その、西尾張のなかで最大の都市と言える、人口38万人を誇る一宮市へと桜を見に行ってきました。歴史ある街で見た風景は、一見人工的で風情を感じられない...かと思いきや、その人工は千年のときを経たものでした。

 かつての繁栄と今、西尾張の雄・一宮でお花見です。

一宮桜まつりのメイン会場...ですかね?

 地方の都市の存在感を量るには、いつから「市」であるかが一つの指針となります。愛知県の場合、最初から市だったのは「名古屋市」のみで、その後「豊橋市」「岡崎市」「一宮市」「瀬戸市」「半田市」という順に市が誕生しています。

 これだけを指針とした場合、豊橋市が東三河の雄、岡崎市が西三河の雄、一宮市が西尾張の雄、瀬戸市が東尾張の雄、半田市が知多の雄となるわけですが、それももう80年前の話。現状の市の格とは必ずしも一致しません。

 尾張を見ますと、西は繊維の一宮市と東は陶磁器の瀬戸市ということになりますが、少し前まで、この2市が、愛知県内の10万人以上の都市のなかで財政力の弱い自治体のトップ2であり、どちらも、過去の繁栄の一方で現状は苦しい、でも歴史とプライドの高さだけはどこよりも上、という性格を持っています。

 瀬戸市育ちの自分から見ると、なんかちょっと親近感の沸いてしまう一宮市です。

 さて、そんな一宮市では「一宮桜まつり」が今年(※2012年)は3月25日から4月16日まで開催されています。

 大江川緑道、青木川、稲荷公園、浅井山公園、真清田神社、木曽川堤、尾西緑道の7ヶ所で開催されているのですが、その筆頭である大江川緑道へと行ってきました。

 あいにく、雨がパラつく曇天の平日でしたが、人出も多く、屋台もたくさん出ていて賑わっていました。

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一宮らしさが出てますね

 訪れた9日、まだ全ての桜が満開という状態にまではなっていない感じでしたが、8分咲きという状況で、木によっては満開の桜もあり、まだ全然散る様子はありませんでした。雨露に濡れた花びらも風情がありますが、たまに、雲が切れて日が照ると、また違った表情を見ることができ、しっとりとしたお花見を楽しむことができました。

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 そんな桜並木を見ながら緑道を歩いていますと、七夕をモチーフとした時計が。やっぱり、一宮といえば「一宮七夕まつり」ですものね。日本三大七夕であり「おりもの感謝祭」というキャッチフレーズがつけられています。

 そもそも一宮市の名前の由来でもある尾張一の宮「真清田神社」の祭神の母神である、織物の神様によって、一宮は繊維の街として栄えたということ、そして、織物といえば七夕ということで、1956(S31)年に始まったものだそうです。意外と...浅いのですね。

 ただ、この「日本三大七夕」というのも、一番と二番は「仙台」「平塚」であることには誰も異論がないと思うのですが、三番目というのは各地で自称三大七夕があるようで、愛知県内でも、その三番目を巡ってこの「一宮七夕まつり」と「安城七夕まつり」が自称合戦を繰り広げています。

 しかしまあ、同じ愛知県内で、しかも東海道線で一本でつながっている一宮と安城が...ですからね。ただこのふたつの七夕まつり、合戦といっても互いに攻撃することはほとんどなく、お互いが「日本三大七夕」を自称しているというだけですから、ここはまあ、力を合わせて、仙台か平塚のどちらかを三大から引きずりおろしてみることにチャレンジ...は無理ですね。

 あと、マンホールにも、その七夕のイメージっぽい星をまとった「いちまるくん」というキャラクターが描かれていますが、これは1993(H3)年の市制70周年のキャラクターだそうで、現在はお役御免になっているとのことで、今は「いちみん」というキャラがいます。

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さすが地元の一体感

 川沿いの桜並木には、地元企業の看板がずらりと並んでいます。今や全国区となった「カレーハウスCoCo壱番屋」や、やはり繊維ですよね「モリリン」。私たちの街一宮のテレビ局というキャッチフレーズのついたケーブルテレビ局「アイ・シー・シー」に、「一宮銀行協会」。地元企業がこういうイベント協賛をしっかりサポートするあたりに、さすが歴史と伝統の街という印象を受けますね。

 しかも、一宮銀行協会ですからね。実態はよく知りませんけど、市に銀行協会という業界団体があるのは、面白いですね。かつては手形交換所とかも名古屋とは別だった名残だったりするのかな。

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桜を見ましょう...すると...

 話が脱線しすぎですね。じっくり桜を見ましょう。この大江川には、川に枝を張り出すかのように約330本の桜の木があり、その横に緑道が整備されています。残念ながら活気はあまり感じられませんが、駅からも程近く、市役所もそばにあり、かつては市の中心部だったのだろうな...という雰囲気が漂います。

 ただ、現在も飲み屋さんや大人向けのお店、風俗店がいくつか営業しているあたりを見ると、そのかつての繁栄ぶりに思いを寄せることができるかもしれません。

 大江川に架かる橋も、それぞれ違うデザインになっていて、散策するにも良い緑道となっています。ただ、やはり駅に近いという利便性からか、大きなマンションがいくつも建っているのが象徴的です。かつては、産業都市として栄えた歴史がありそれを復興させたいと思いつつも、今はベッドタウン化しないと空洞になってしまう、そんなジレンマを垣間見ることができます。

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人工的な風景は千年の歴史

 今回、相方はこの大江川に到着した途端に「うわあ」という声を出したのですが、それは、この桜並木が枝を張り出している川のめちゃくちゃ人工的なこと。ガチガチにコンクリートで固められ、護岸工事100%という感じ。風情も何もありません。

 でも、ちょっと待ってください。

 違うのです。この大江川は、その人工的な面こそがアイデンティティなのです。

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 どういうことかといいますと、この大江川、もともと人工的なものなのです。しかも歴史は、今から遡ること1011年前のことです。

 都の貴族だった大江匡衝が、尾張国司として着任した際、この地は度重なる凶作や大洪水に悩まされていて、しかもそれまでの悪政もあり、酷い状態だったのです。そこで大江匡衝はこの川を開削、灌漑と排水機能も兼ね備えた川としたことで治水を行ったのです。それが1001(長保3)年のこと。平安時代です。

 その川は「大江川」と名づけられ、それが今でも大江用水としてその役目を果たしているというわけなのです。

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 ですからこの川は、景観よりもまず先に治水、それが千年を越える昔からの役割なのです。

 川の流れを見ていますと、これから一宮市はどの方向へと流れていくのだろう...と思います。2002(H14)年には特例市となり、2006(H18)年には「一宮ナンバー」を創設、格下ぽっと出の「小牧」ナンバーはイヤだと、ごり押しで小牧ナンバーの頭に「尾張」をつけさせておて、尾張小牧から一抜け。平成の大合併で中核市を目指すも、その後音沙汰無し...。

 春日井市や小牧市の台頭により「東尾張の雄」の看板を事実上降ろさせられたような瀬戸市に比べると、まだまだプライドをかけた自己主張の激しい一宮市。でも、そんなところを、若干うらやましくも思います。

 ただひとつ、瀬戸市が一宮市に勝っているところといえば、FMラジオ局があることですね。

 一宮市にも開局の動きはあるそうですが...意外ですね。こういう歴史と伝統だけはあるプライドの高い街は、地元政財界がそういうものに真っ先に触手を伸ばしそうなものなのですけど...。来春は、FMいちのみやを聞きながらこの花見会場に向かう、なんてことができるようになるといいですね。

関連情報

大江川緑道(愛知・一宮市)MAP

大江川緑道

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