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11「森孝」
市域も入り組み地名も入り組む
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 守山区は矢田川で分断された、名古屋市街地から見て川のむこう側というイメージを持つ方が多いのですが、それはまるで触手のように、矢田川の南側にはみ出ている部分があります。いびつな形で名東区や尾張旭市に食い込むようになっていて、一部はまるで飛び地のように存在しています。今回はそんな森孝から四軒家、本地へと歩きます。
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 大森駅から南へ700メートルほど歩くと矢田川が東西に流れています。川の南側のここから東側が、矢田川の南側も守山区の区域となっている場所です。区域の南端には東西に国道363号線、通称瀬港線が走っています。瀬港線に沿って森孝、四軒家、森孝東、白山、そして飛び地の本地が丘と守山区は東へ続いているのですが、かつては一帯が大字森孝新田という地名でした。現在は区画整理も済み地名は変わり、江戸時代に開かれた時に名付けられた森孝新田から新田の名が取り払われました。実際にこのあたりで田畑を見かけることは今はありません。川を越えているせいか守山区という雰囲気はあまり無く、名東区と尾張旭市が融合したような空気感があります。歩いていてもこのあたりが守山区という実感はあまりありません。
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▲瀬港線こと国道363号線。交通量が激しくお店やマンションがずらり。

 瀬港線はいつも交通量が激しく、道路の両側には変わった看板を掲げて注目を集める飲食店や、売切れ次第閉店してしまう評判のラーメン店、腕の良い接骨院など多くの店が立ち並んでいます。しかし一歩路地に入ると静かな住宅地が広がっています。変則的な幅の広い交差点の北側には真宗大谷派の泰永寺や、入口に森孝西コミュニティセンターがある八剣神社があります。狛犬の口の鮮やかな赤色と、その躍動的な表情が印象的です。周囲には戸建住宅や中小のアパートがずらりと並んでいます。
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▲一本中に入ると静かな住宅街。画像 ▲近代的な建物になっている泰永寺。画像 ▲狛犬の表情が印象的な八剣神社。

 さて、瀬港線をさらに東へと歩き、東名高速道路のガードをくぐると、サガミ四軒家店があります。このサガミ、今はそう名乗ってはいませんが、1986(S61)年に本店として移転出店したものです。サガミは関東から関西まで179店舗を出店している和食チェーン店ですが、一応ここが本店という扱いです。本社もここからわずか600メートルほど西にあります。サガミチェーンは1970(S45)年3月にユニー社員食堂の委託営業からスタートしたという変り種の会社で、現在のスタイルであるロードサイド店の初出店は1974(S49)年のことです。
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▲本店として移転してきたサガミ四軒家店。

 昨今、サガミは看板をこれまでの「信州そば」から「和食めん処」に変えつつありますが、この本店扱いの四軒家店は「信州そば」のままで、サガミ側はこの店を特別扱いしているようです。また、特別扱いしているのはサガミ側だけではなく、消費者側にもそう思っている人がいます。地元の人の間には、この四軒家店はいつ行っても他の店に比べて接客も味も良いという評判があります。私も実際にそう感じます。本社が近いせいもあるのでしょうね。私も最近は、サガミに行きたくなると必ずこの四軒家店に訪れてしまうようになってしまいました。四軒家店にとってはそういう評判は良いでしょうけど、店によって味や接客にバラつきがあると消費者側に感じられているというのは、チェーン店として会社的にはどうなのでしょう…。
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 四軒家をさらに東へと歩きます。かつてはロッテリアがあった場所はサークルKになり、ホーエー家電はハードオフになるなど少しずつ風景は変わりつつあります。「酒様」という文字をさかさまに掲げた居酒屋の看板が目に留まります。なんとかして注目を集めたいのでしょうね。交通利便性の良さからマンションも多く見受けられます。そして昔からあるスーパーヤマナカを越えると白山です。守山区の区域は南北にわずか300メートルほどに細くなり、北は尾張旭市、南は長久手町に挟まれ存在感が薄れていきます。この1キロ先で守山区は終わりです。その白山には、かつて和食レストランさととエイデン四軒家店があった森孝新田白山という交差点があるのですが、その交差点の北側には、一見名古屋市の飛び地のような場所があります。本地が丘です。
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▲かつてはロッテリアがあった森孝新田交差点。画像 ▲昔からヤマナカがある四軒家交差点。画像 ▲さととエイデンがあった頃の森孝新田白山交差点。

 市営本地荘がある本地が丘は周囲を尾張旭市に囲まれた飛び地のようになっていますが、実は飛び地ではなくほんの、本当にほんの少しの細さでこの白山の交差点から繋がっています。しかし道路はこの交差点からは繋がっておらず、本地が丘へ行くにはこの先の本地が丘という交差点を左に曲がって遠回りする必要があります。飛び地に見えてもそこは名古屋市です。しかも市営住宅です。ということで市バスが走っています。バスは一部尾張旭市内を走っている区間もありますが、住宅近くの道路は名古屋市の区域となっています。といっても名古屋市なのはわずかその市バスが走る道路のみ。道路の両側は尾張旭市で、道路の部分だけが名古屋市という状態です。大きな地図で見ると線一本で繋がっているように見えます。そのため、本地住宅という交差点は尾張旭市の設置となっています。
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▲交差点の向こうは尾張旭市、しかしさらに奥の住宅街は名古屋市。画像 ▲道路だけが名古屋市、道路の両サイドは尾張旭市。

 ちなみに、白山という地名は本地丘小学校の北側にあった「白山林」を由来としていて、そこは1584(天正12)年の小牧長久手の戦いの際に、白山林の戦いの舞台となったところです。かつては本地が丘一帯が白山林だったのですが、今はわずかにその面影を一部が残しているのみです。このあたりは江戸時代に新田として開かれた後、昭和30年代から徐々に住宅地として開発され、今は住宅地として成熟の時を迎えています。
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 さて、その本地という地名は名古屋市の部分だけではなく、尾張旭市側でも使われているので、本地荘と本地丘小学校は名古屋市守山区、本地ヶ原住宅と本地原小学校は尾張旭市というとてもわかりにくい状態となっていて、しかもその境目ごと全てには市境の看板が立てられているわけではないことから、どこまでが守山区でどこからが尾張旭市なのか地元民でも全てを把握しきれてはいないとのことですが、地価はきっちりと市境が分かれ目となっているようです。もちろん、市バスはこの本地が丘が終点となりますから、市バスの基地が設置されています。まさに名古屋市の果てというイメージが漂います。
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 これで守山区の南側は大体歩いたことになります。では、イメージだけでなく実際に名古屋市の最果ての地である守山区の北側へと足を進めます。
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▲市バスの終点、本地住宅バス停。

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