05.東区 名古屋を歩こう

え!昼間っから?女性も大歓迎?

記事公開日:2004年5月28日 更新日:

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名古屋の少年誰もが憧れる-名古屋銀映

 では徳川園の南を走る出来町通から南の桜通車道界隈まで歩きましょう。徳川園から出来町通の徳川美術館南の交差点に戻り、そのもうひとつ東にある新出来町の交差点には、名古屋の学生にとって憧れの建物があります。と言ってもなかなか大人になっても実際に行ったことがある人は私の周りでも少ないです。本当は行ってるけど隠しているのでしょうか。その建物とは名古屋っ子男性なら名前は誰もが知っている、ストリップ劇場名古屋銀映です。

 昼間だからまだやっていないかなと思いきや、曜日を問わず正午から営業しているそうです。通常は午後10時半までで土曜日は11時半までの営業です。意外と夜の終わりは早いのですね、さすが名古屋。ショーは1日4回の入れ替えなしです。料金は午後1時までに入ると3000円で通常は4500円だそうです。昔はこういうところはダークなイメージがあったのですが、結構見た目にも入りやすく「女性客大歓迎」の文字がある程でした。しかもなんと女性客は1000円で入場可能とのこと。え?私は入らなかったのかって?私は一度、友人たちと温泉街でこういったところに入ってとんでもないものを見せられたトラウマがあるのでちょっと遠慮しました。どういうものだったかは想像におまかせします。あ、銀映は行ったことがある人に聞いても面白かったと言いますし、もちろん大丈夫だと思いますよ。

※銀映は、2010(H22)年10月31日を持って閉館しました。

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▲ストリップ劇場名古屋銀映。一度行ってみようかな...。

妙心寺派の七大修行場のひとつ-覚音寺・徳源寺

 その新出来町の交差点から西へ戻ると南側に覚音寺や徳源寺があります。蓬莱山徳源寺は昔、織田信雄が創建し熱田で宝泉寺と名乗っていたのですが、1741(元文6)年に火災にあい、1744(享保4)年にこの地に移っています。その後1862(文久2)年に尾張14代藩主慶勝が臨済禅の江湖道場として諸道を整えています。現在も妙心寺派の七大修行道場の一つとなっているそうです。この日は近くのお年寄りが集まっていて、憩いの場となっていました。

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▲徳源寺の釈迦堂です。
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▲徳源寺ではお年よりが談笑していました。

本当にふんどしなんですか?-東海高校

 そしてすぐ南には東海高校・東海中学校があります。公立志向が高い愛知県のなかでも名門の私立学校です。私が小学生の時もみんながそのまま地元の中学校に進学するなかで、お受験をして東海中学に行くと言えばちょっとした憧れでした。中学生のバス通学ってなんか都会的な気がして。ただ、東海中学に行くと1年生の間は「ふんどし」をしなければならないという噂がありましたが、実際のところはどうなんでしょうかね。実際に赤いふんどしをして遠泳をするといったことはあるらしいですけれども。ふんどしには憧れませんでしたけどね。

※現在、ふんどしは強制では無いそうですのでご安心を。

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▲東海高校・中学校です。本当にふんどしなの?

徳川家菩提寺なので家紋をお入れしています-建中寺

 東海学園の南には門に大きな葵の紋が描かれている建中寺があります。ここは1651(慶安4)年に尾張二代藩主光友が藩祖の義直を弔うために創建したお寺で、以降尾張徳川家の菩提寺として続いています。総門・山門はなんと創建当時のものが残っていて、城下いや名古屋市内細大の本堂は1787(天明7)年に再建されたものです。その敷地も広く歴代藩主の霊廟があります。ところでこのあたりは道が入り組んでいて迷いやすくなっていますのでお気をつけください。十字路は斜めに交差していたり、突き当たりが急に人が通るのもやっとな細い道になったりします。実はこれ意図的なものなのです。建中寺のある筒井や百人町、黒門町といったところは同心の組屋敷が集中していて、防御上の理由からわざと迷路のように道路を作ったのです。区役所の裏手ですが車でついでに寄ってみよう細い道に曲がると迷路から出られなくなりますよ。

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▲広大な敷地を誇る建中寺。
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▲門には葵の紋が当時のまま残っています。
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▲道路が急にこんな細さになったりとまるで迷路。

昭和初期の賑わいは...-筒井町・代官町

 あたりは当時の面影を残す建物の他、個人商店が多く立ち並んでいます。大松通商店街や筒井町商店街、代官町商店街などがあります。筒井町は建中寺が建立されて以来町人の街として発展し、明治時代末期に織布工場ができたことから商店が開業しはじめ代官町、筒井町の両商店街が発展しました。昭和初期には広小路、大須に次ぐ盛り場と言われるほど活況でした。しかも戦災を免れ戦後も多くの人で賑わったそうです。しかし「今は中心部に近すぎることと、戦災を免れたために再開発されず裏目に出て衰退の一途をたどっている」と商店街自らがコメントをしていて寂しい限りです。しかし、毎年6月最初の金・土・日には名古屋市指定文化財の神皇車が曳き回される「筒井町天王祭」が行われ、夜店もたくさんでて昔の賑わいが戻るそうです。

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▲大松通商店街は古い建物のお店が多くあります。
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▲筒井町商店街。天王祭は多くの人で賑わいます。
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▲代官町商店街。残念ながら人はまばらです。

愛知県は額縁生産も日本一-物部神社・桜通・大塚屋

 筒井町から南に歩き、新築された愛知大学が見えてくると桜通です。桜通を東へ400メートルほど行った赤萩交差点の東にあるのが物部神社です。尾張は昔から物部氏に縁があります。この物部神社は物部氏の祖・宇摩志麻遅命が祭神で、右が御神体の式内社で俗に石神神社、山神または石神堂と言われています。俗説で、神武天皇が当地を平定したときに見つけた大石を、国の鎮めとしたと伝えられています。その後、1868(明治元)年に式内社の物部神社と認められています。ここまでくると車通りも多く、都会のなかに佇んでいるという感じがします。

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▲車道に聳え立つ愛知大学。かつて古い校舎で模試か何かを受けました。
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▲物部神社は車の多い桜通沿いにあります。
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▲境内は木々に囲まれて昼間でも薄暗いです。

 そんな車通りの多い車道なのですが、駅は赤萩交差点のすぐ西にあるものの、地名としての車道町は実際には建中寺の西側にある町なのですが、この界隈は広く車道と呼ばれています。桜通沿いにはユニークなお店があります。まず「ガクブチの高山」。金魚印のガクブチとあるのですがその横に「何でも額装できる店?」と書いてあります。まあ、大抵のものはできるのでしょうけど、中には液体とか無茶なことを言う人がいるから「?」がつけられているのでしょうか。その向かいには布や手芸用品で有名な大塚屋があります。駐車場はいつも入るために渋滞ができるほどの盛況振りです。

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▲何でも額装する?ガグブチの高山。
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▲手芸用品から布地まで何でも揃う大塚屋。

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