おいでよ!名古屋みゃーみゃー通信 第3章 名古屋の企業

ところがあなたと関係してる

記事公開日:2004年7月10日

おいでよ!名古屋みゃーみゃー通信 第31回

イラスト

 愛知県は工業製品の出荷高が日本一です。しかも24年連続です。トヨタ自動車がこれに大きく寄与しているのは当然ですがそれだけではありません。日本のものづくりを支える名古屋では一体何が製造されているのでしょうか。

モノ作り日本一の名古屋・自動車以外に何が作られているのか

 愛知県で作られている乗り物は自動車だけではありません。手動式車いすやヘリコプターも日本一の出荷高を誇ります。

 他にも日本車両では新幹線や電車、さらに三菱重工名古屋航空宇宙システム製作所ではロケットが作られています。アメリカのアポロ11号が月面着陸に成功した1969(S44)年、日本は大型ロケットの開発に取り組み始めます。当時はアメリカから技術導入を行い、1975(S50)年にはN-1ロケットの打ち上げに成功しました。その後、N-2、H-1と次第に国産化率を上げていき、1994(H6)年にはとうとう100%国産、つまり100%名古屋で作られたH-2ロケットが誕生します。

 現在は、一部輸入の部品が使われているH-2Aロケットが製造されています。H-2ロケットは国産100%だったのにもかかわらず、なぜまた輸入部品に逆戻りしているのかと言いますと、不景気と為替変動からとにかくコストダウンを求められたからです。何よりもまずコスト優先。どんなに良いものでも安くなければダメ。ロケットにまでも名古屋ならではの「お値打ち」精神が組み入れられるようになったのです。

 今後はH-2Aロケットが人工衛星の打ち上げ、宇宙ステーションへの物資の輸送、惑星探査機の打ち上げなどに利用されることでしょう。世界中でトヨタの自動車が人や物を運び、宇宙へは三菱名古屋のロケットが物資を輸送する。もはや名古屋抜きでは世界は動かないと言っても過言ではありません。

三菱名古屋
▲三菱電機名古屋製作所。工場は縮小していますがそれでも広大。

機械好きがいつしか日本一に

 さて、工業製品で日本一を誇るのは輸送機器だけではありません。工業用・家庭用ともミシンが日本一となっています。そのミシンのトップメーカーと言えば名古屋市瑞穂区に本社を置くブラザー工業です。

堀田のブラザー

 ブラザーの歴史は古く、1932(S7)年には家庭用ミシンの量産化に成功し、戦後すぐの1947(S22)年には輸出を開始しています。その後1954(S29)年にはアメリカに販売会社を設立、さらにヨーロッパにも進出を果たし、生産拠点も1958(S33)年のアイルランドを皮切りに韓国、台湾、中国と工場を建設しタイプライターやプリンタ、ファクスといった分野にも進出しています。

 ところで、中国ではブラザーのミシンは「兄弟ミシン」と呼ばれています。そもそもブラザー工業はなぜブラザーなのでしょうか。

ブラザー工業の創業は1908(M41)年のことで、元々根っからの機械好きだった安井兼吉という人物が、熱田区に「安井ミシン商会」をオープンしました。当時はミシンと言えばアメリカ製ばかりで、それを修理するために開いた店でした。後に長男である正義氏と四男の実一が1925(T14)年に店を継承し、兄弟の共同経営だったことから「安井ミシン兄弟商会」と改称し、なんとか国産化できないかと研究を始めます。

ということで、兄弟の共同経営だったから「ブラザー」なのです。しかし今や世界的なミシンメーカーが、機械いじりが好きなことをきっかけにスタートしているとは驚きです。しかもその息子達兄弟から生まれた「ブラザー」という名前。安直と言えば安直ですが、そこには「一緒にやっていこう」という兄弟愛を感じずにはいられません。

万博でもブラザー

 ブラザー工業は来年開催される愛・地球博にも地元企業として出展します。その名も「モノづくり、ユメづくり Output Fantasy」今やブラザーはミシンのブラザーからプリンター・ファクスのブラザーへと主力商品が転換しています。会場では癒し系会話ロボット「ifbot」が数ヶ国語でお出迎えするとのこと。ちなみにこのロボットはブラザーが外観と表情のデザインを手がけたものだそうです。ミシンの技術を生かしたタイプライターから、プリンタ、そしてロボットへとブラザーの表現力は進化し続けています。

 さて、このブラザー工業が出展する愛・地球博のパビリオンは「中日新聞プロデュース共同館(仮称)」です。共同出展するのはブラザーのほか、積水ハウス、日本ガイシ、シャチハタ、中部日本放送、東海テレビ、中日新聞社です。このなかで積水ハウスだけが大阪の企業でその他は名古屋の企業となっています。ちなみに積水ハウスとは直接関係ありませんが、ユニット住宅も愛知県が出荷高日本一です。

ブラザー
▲瑞穂区にはブラザー本社の他、関連施設がたくさん。

複合技・名古屋のアイデアが世界に

 ではそのうち、日本ガイシとシャチハタを見ていきましょう。日本ガイシは名古屋市熱田区にあった日本陶器の碍子(がいし)部門が1919(T8)年に独立した会社です。碍子とは電線や電柱などに固定して絶縁するための器具で、主に陶磁器でできています。もちろん愛知県が日本一の出荷高を誇る工業製品のひとつです。日本ガイシの製品は国内だけでなく、アメリカやヨーロッパそしてアジアへも広く出荷されています。

日本ガイシ
▲日本ガイシの本社も瑞穂区にあります。新堀川沿い。

陶磁器の工業製品・実は元祖

 ちなみに、愛知県は碍子だけでなく陶磁器製品の製造も盛んです。陶磁器製の置物や、火鉢、植木鉢、そして衛生陶器、つまり便器の出荷高も日本一です。名古屋から知多半島を少し南に行ったところにある常滑市。常滑焼で有名ですが、そこに本社を構えるのがINAX、かつての伊奈製陶です。当初はタイルを主に製造していたのですが、戦後便器の製造に力を入れるようになります。

 そしてINAXといって忘れてならないのが「シャワートイレ」の開発です。一般的にシャワートイレと言うと、TOTOの「ウォシュレット」を思い浮かべる方が多いかもしれません。「お尻だって洗って欲しい」このCMで一躍有名になりました。テレビでも開発話が紹介されるのは決まってTOTO、温水洗浄機の代名詞としてウォシュレットという言葉が使われるほどです。

 しかし、しかしです。TOTOがウォシュレットを発売したのが1980(S55)年、INAXがシャワートイレを発売したのは1967(S42)年です。どちらが元祖かは一目瞭然。「シャワーをトイレにつけたら便利じゃないか。」これも名古屋っ子の発想だったわけです。INAXのある常滑にはINAX文化スクエアという施設があり、世界のタイル博物館やトイレパーク、資料館があります。トイレパークにはこれまた斬新なデザインの公衆トイレが展示されています。トイレをトイレで終わらせない、INAXの追求はこれからも続きます。

目先の取引先よりも末端顧客の利便性

 そしてシャチハタ。これぞいかにも名古屋っ子という発想です。シャチハタがまず開発したのがスタンプ台でした。大正の終わり頃、当時のスタンプ台は使うたびにインクを補充しなければならないものでした。その煩わしさを何とかしたい。その思いから誕生したのが万年スタンプ台です。インクが乾かないスタンプ台は、いつでも何度でも、開いたその場で使えるということが大ヒット。しかしそれでは終わらないのがシャチハタでした。

 スタンプは、台でインクをつけてそれを紙に押す。つまり1度押すのに2回動作をしなければならないのが当たり前でした。しかし、古くなったスタンプはゴムに細かい穴が開いたスポンジ状になることでインクを吸収するため、1度スタンプ台に押しただけで何度も押せることに気付きます。そこで、スタンプにスタンプ台をくっつければ、動作が半分になるのではないか。その発想から生まれたのが「Xスタンパー」です。今では世界中で使われるようになりました。

シャチハタ
▲シャチハタ。ほんの数年前までは西区のここが本社でした。

 スタンプ台メーカーがスタンプ台のいらない商品を作る。普通だったらそんな発想をしたとしても、途中でストップがかかってしまいそうなものです。製造するシャチハタは良いとしても、スタンプ台をそれまで販売してきた文房具店にとってはたまったものではありません。しかし、それでも使う人のことを考えれば絶対便利に違いない。その想いから開発は進みます。

 もちろんインクや素材の工夫はすぐに完成したわけではなく、かなりの年月が費やされました。そして誕生したのが1968(S43)年。今ではシャチハタといえばこのインク不要スタンプを指すほどまでに主力商品となっています。もちろん、印章、印肉、スタンプ、スタンプ台も愛知県は日本一の出荷高を誇ります。

これらは愛知県のものづくり日本一のまだまだ一部です。日本中、いや世界中の人々の生活の中に名古屋が生んだ製品が生きています。

 日本ガイシのCMではありませんが、あなたの生活と名古屋は「関係無いじゃん。」と思えるかもしれませんが「ところがあなたと関係してる。」なのです。

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▲とにかく、あなたと関係してるんです。名古屋の企業が。

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