12.南区 名古屋を歩こう

一度も列車が走ることなく廃線

記事公開日:2005年6月21日

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 紀左衛門神社から内田橋まで戻り、名鉄常滑線の豊田本町方面へと向かいます。その前に紀左衛門新田周辺を見ておきます。現在の内田橋1丁目から南陽通を挟んで西側、明治1丁目は比較的新しい新田です。いつ作られたものかと言いますと、ズバリその地名のとおり明治時代です。1878(M11)年に小見山峰法が開築した明治新田では、牡蠣、海苔などの養殖が行われ、1902(M35)年に作られた愛知県水産試験場には鯉、スッポン、そして鰻の養魚池がありました。現在、愛知県水産試験場は蒲郡市に移っています。熱田の宮にはひつまぶしで有名なお店もありました。このあたりは鰻と縁の深い地域です。

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 国道247号を北上します。そしてUFJ銀行のある角を右に曲がると、1978(S53)年鎮座の豊門神社、そのすぐ南には豊田本町神社があります。そこから250メートルほど南に歩くと、その神社と同じ名前の駅、名鉄常滑線豊田本町駅があります。豊田本町という地名は現在無く、豊田はかつてここにあった豊田村から来ています。豊田本町の駅前には大きな住居兼店舗が建ち並び、遠くから見ると活気があるように見えるのですが、駅前にある「名古屋レジャーランド・モグフーズ・トスカ」という看板は錆びていて、一昔前のゲームセンターのようで人影は見当たりません。まさかここが、東京お台場パレットタウンにある、大観覧車併設のアミューズメント施設と同じ経営者だとは誰も思わないでしょう。ところでモグフーズって何だろうと思ったら、地下の食料品売場のことでした。トスカは1970(S45)年5月にオープンした当時の外観のままのようで、郷愁を覚えます。

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▲赤い鳥居が鮮やかな豊門神社。
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▲ひっそりとしている豊田本町駅。
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▲お台場の観覧車の系列店と考えればさらに楽しくなるでしょう。

 名鉄の高架沿いを南下していくと、その先で新幹線が名鉄の上を交差しているのが見えます。その手前、国道247号とぶつかる少し前の左側に、長三郎新田の郷土碑が建てられている伝馬神明社があります。長三郎新田は、江戸屋長三郎が1673(寛文13)年に開墾した新田で、南区では比較的古い時期の新田です。長三郎は熱田藩で馬にまつわる仕事をする伝馬役人であったことから、長三郎新田は伝馬新田と呼ばれるようになり、1985(S60)年までこのあたりに伝馬という地名が残っていました。現在は豊1丁目と3丁目になっています。地名変更によって名鉄常滑線の南東一帯は「豊」という地名になりましたが、2丁目にある小学校は伝馬小学校で、昔の名前で出ています。またこの「豊」には、惣菜メーカーとして全国的に有名なカネハツ食品があります。おいしさイキイキです。

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▲名鉄の高架下にはたくさんの卓球台。
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▲伝馬神明社は公民館もあり敷地は広い。
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▲新田の歴史が刻まれた長三郎新田の郷土碑。

 国道247号に出ると、新幹線と名鉄常滑線と歩道橋が立体交差しているのですが、新幹線の南側に、解体されつつあるのか、作りかけなのかよくわからない高架があります。実はこれ、幻の貨物線となってしまった国鉄南方貨物線です。

 名古屋の貨物事情を紐解いてみましょう。中川区中島編で名古屋貨物ターミナル駅を見ましたが、あの駅から貨物列車はどうやって運行されているのかと言いますと、実に非効率なのです。名古屋貨物ターミナル駅から、あおなみ線も走っている西臨港貨物線を北上し、その後東海道貨物別線を経て稲沢市の稲沢駅まで行きます。そこで初めて東海道本線に乗ることができるのです。ですので東京方面への貨物列車は、名古屋貨物ターミナル駅から出発して一旦名古屋駅を通り過ぎ、稲沢で方向転換をし、再び名古屋駅を通って東京へ向かうという運行を強いられているのです。

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▲右が名鉄常滑線。遠くに見えるのが新幹線。
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▲奥が新幹線。手前の高架が一部無くなっているのが国鉄南方貨物線。

 名古屋貨物ターミナル駅が開業したのは1980(S55)年のことで、それまでは1986(S61)年に廃止された笹島駅がその役割を担っていました。笹島駅は名古屋駅のすぐ横にありましたが、笹島駅も東京方面への東海道本線には直接繋がっておらず、今と同じようにわざわざ逆方向の稲沢まで走り、稲沢で方向を変えて東京方面に改めて走らせるという非効率な運行をしていました。笹島駅は手狭になっていたことと、都心であったことから移転が計画され、それとともに、新貨物駅からは東京方面へ直接貨物列車を走らせる路線を建設する計画が立てられたのです。それが国鉄南方貨物線です。

 南方貨物線の建設は1967(S42)年に始まりました。南方貨物線は名古屋駅を起点として現在の名古屋貨物ターミナル駅(あおなみ線中島駅)を経由し、中川運河、堀川を渡りこの南区北部では新幹線と並行します。そして新幹線をくぐって笠寺駅に接続され、そこから東海道本線と並行するようになり大府に繋がるというものでした。しかし着工から6年経った1973(S48)年、地元住民の反対運動により南方貨物線の工事は中断します。話し合いの末、7年後の1980(S55)年に工事が再開されるものの、今度は国鉄改革によって1983(S58)年、全体の95%が完成していながら工事が凍結されてしまいます。

 工事は凍結されたとはいえ、既にほぼ全ての高架が完成しています。これまで345億円のお金が投じられています。完成に漕ぎつけるには約300億円が必要ですが、撤去にも300億円が必要です。あおなみ線のように旅客鉄道への転用も考えられましたが、大府と中島を結ぶ路線に利用者はそれ程見込めません。国は1992(H4)年から転用案を検討していましたが結局断念。2002(H14)年に撤去が決まりました。

 これからさらに300億円を投じ、一度も列車が走らなかった全線複線高架の国鉄南方貨物線は、幻のまま姿を消すことになります。


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