12.南区 名古屋を歩こう

強力三本立まだまだ現役

記事公開日:2005年6月21日 更新日:

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 南区は真ん中を縦に並行して走る国道1号線とJR東海道本線によって東西に分断されています。西側には名鉄常滑線が走り、海抜ゼロメートル地帯に港区から続く工業地帯が広がります。そして東側には瑞穂区と天白区から続く閑静な住宅街があり、名鉄名古屋本線が走っています。名鉄は南区内に入ると高架ではなくなり、街の中に踏切が登場します。これまでの名古屋市内散策では見かけなかった光景です。まずは下町情緒溢れる西側の工業地帯を歩きます。

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 南区の北端は堀川と新堀川の合流地点で、東海道の宿場町だった七里の渡しの対岸です。熱田区になりますが、七里の渡し跡にある宮の渡し公園を起点にして散策を始めます。宮の渡し公園には、1959(S34)年9月26日の伊勢湾台風の記録が残されています。七里の渡しは高さ2.5メートルまで浸水しました。設置されている市内の浸水位図を見ると、中村区、中川区全域と熱田区西側は1~2メートルの高さまで浸水、港区では低いところでも1メートル、高いところで6メートルの高さの水が襲いました。そして南区は、国道1号線の西側は1~4メートルの洪水に襲われたにもかかわらず、東側は天白川沿いの高いところでも1メートル未満、まったく浸水しない場所も結構ありました。このように南区は、海沿いの西側から東に行くに従って急に土地が高くなるのです。西側は名実共に下町なのです。

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▲内田橋のたもとから南区明治を望みます。新堀川とあります。
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▲伊勢湾台風の浸水位地図と浸水位標。
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▲南区は特に西側の被害が大きかったことがわかります。

 新堀川には、内田橋と国道247号の新内田橋が架かっています。内田橋からは宮の渡し公園が一望できます。橋を渡ると、宿場町の流れを汲んだ古くからの商店街が広がります。内田橋のたもとには宿場町の遊郭の名残か、名古屋南映劇場という成人向け映画館があります。建物は古いものの外装は綺麗で、「成人映画強力3本立」という目新しい看板もありました。3本も立ててどうするのという感じですが、まだまだ現役。40台の大駐車場も完備です。

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▲内田橋と奥の新内田橋。片側4車線の国道がここで半分になります。
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▲宮の渡し公園を内田橋から眺めます。
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▲強力3本立。3本も持つだろうか...。

 南映の周辺には、内田橋ストアーという看板のはがれかかったスーパーや、ごはん天国というユニークな名前のお米屋さん、そして「年中氷あります」という業務用氷のお店に、大衆食堂、お寿司屋さんと古くからのお店が並びます。かつては多くの人でごった返していたのだろうな...という雰囲気はしますが、今では歩く人影もまばらです。南映からUFJ銀行沿いに南下して、ローソンの角を右に曲がったところにこれらのお店があります。そして萬行寺と内田橋南第一公園のあたりから住宅街になります。一戸建てが建ち並ぶ住宅街なのですが、いきなりクリーム色でヨーロピアン調のオープンハウスが表れ驚かされました。内田橋だけに、名古屋では有名なU-HOUSEブランドの内田橋住宅かと思いきや、全然関係ありませんでした。ちなみに内田橋住宅の本社は栄にあり、この内田橋界隈にあるわけではありません。

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▲郷愁漂う内田橋ストアー。
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▲寿司屋さんや大衆食堂などが並ぶ一角。
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▲急にヨーロピアンハウスが登場。

 先ほどの公園から南に100メートルほど歩くと、赤い鳥居が鮮やかな豊郷神社と青木稲荷大神があります。お稲荷さんなので本殿の前にキツネの像があります。大抵は耳がとんがっていてどこか怖いのですが、このお稲荷さんは耳も体つきも丸っこくてかわいらしかったです。住宅に囲まれ少し窮屈そうな神社でした。さらに南へと歩きます。新幹線の高架が見えてくると、何となくこのあたりの土地が低いことを感じさせます。特に何がというわけではないのですが、低いところにいるんだなあと、ふと思います。起伏が無く地面がずっと平坦だからかもしれません。

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▲豊郷神社と青木稲荷大神。
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▲ここのお稲荷さんは丸っこくてかわいい。
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▲海抜ゼロメートル地帯。

 新幹線の高架沿いに紀左衛門神社があります。このあたりは1754(宝暦4)年に加藤紀左衛門によって干拓された新田で、その名も紀左衛門新田です。境内にある白竜社は1794(寛政6)年の創建と伝えられ、かつては堤防や水門にあった役行者像や庚申塚の碑が移されています。紀左衛門という地名は住所には残されていませんが、東海通が堀川を渡る橋にその名を残しています。紀左衛門橋です。ちなみに橋の名は紀左衛門橋ですが、バス停と信号機にはそれぞれ紀左ヱ門橋東、紀左ヱ門橋通という漢字が当てられています。

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▲紀左衛門神社。役行者像や庚申塚の碑があります。
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▲神社入口横にあるお堂。

 紀左衛門神社の近くには「公衆電話・電報」というレトロな看板を掲げる個人商店があり、その通りには「二条町」というバス停があります。界隈には二条町という地名はありません。これも名古屋の市バスによくある、地名をバス停のみに残した例です。でも三条、五条、六条、七条は今もあります。二条が無くなったのには、何か事情があったのでしょうね。二条だけに...ニジョウのジジョウ。

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▲公衆電話・電報。この看板は価値があるかも。

 国道1号の西側はこの先もずっと新田開墾地になります。南区には干拓した人物の名が付けられているところが多く、面白い地名がまだまだたくさんあります。


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