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9「児玉」
ここは今も児玉村
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s 2004.3月 取材

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画像今も村の雰囲気が残る 児玉界隈
画像神社の前には昔ながらの八百屋さん児玉寺・白山神社
画像いつの間にか秀吉に追い抜かれ丹羽長秀宅址
画像取り壊すなら買い取ります 志水甲斐守の玄関車寄
画像花の香りと歴史の香り城北緑道

画像今も村の雰囲気が残る −児玉界隈
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 浄心から江川線を北へ進むと、道路拡張工事が行われています。そこから西側はかつて児玉村だった児玉地区です。一歩踏み入れると、今も村の風景かと思える界隈で、城下町とは少し雰囲気が変わってきます。どこか懐かしさが漂う街並み。道路拡張での消失は最小限に留めて欲しいものです。
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▲この左側すぐを、江川線が走っています。画像▲児玉1丁目です。いつまでもこのままの風景であってほしいなぁ。画像▲2丁目です。それでもポツポツと新しい建物もあります。

 弁天通とは違い、昔の商店が今もそのままの姿で営業しています。「食品・燃料の島徳商店」「島崎モータース」などなど、道幅も狭く車が軒にぶつかってしまいそうです。しかしなぜかエステー化学の名古屋支店が、そんな街の中にあります。営業車の出入りも大変そう…。その近くにあった児玉寺は新しそうな建物でしたが、街の景観に合わせた塀となっていました。家の表札に「愛犬くろ・金魚とと」なんて書いてある家もあり、とてもノスタルジックな界隈です。
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▲食品・燃料の島徳商店です。レンタンとか買いに来る人いるのかな。画像▲島崎モータースです。どう見てもバイク屋さんには…。画像▲児玉寺です。周囲の景観にあわせつつも、新しめ。

画像神社の前には昔ながらの八百屋さん −児玉寺・白山神社
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 児玉寺の北側には、ラグビーで有名な西陵商業高校があります。そして南にある児玉小学校から西へ入ると白山神社があります。ここはかつて児玉村の村社で「村中安全」といった文字が今も残り、街並みと合わせ、ここは村なのではないかと錯覚してしまいます。神社の北側には村の八百屋さんといった風情のお店もあり、ここが名古屋市であることが、そして今が21世紀であることが嘘のようです。この八百屋さんには、いつまでも残っていて欲しいものです。
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▲村中安全の白山神社です。画像▲白山神社の横道を北へと歩いていくと。画像▲おばあちゃんが営む、味のある八百屋さんがあります。

画像いつの間にか秀吉に追い抜かれ −丹羽長秀宅址
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 白山神社から南へ歩くと、丹羽長秀邸址があります。長秀は織田信長に仕え各地で功績をあげました。秀吉は信長の重臣だった丹羽長秀と柴田勝家にあやかって羽柴秀吉と名乗っていましたが、のちに長秀は秀吉とともに本能寺の変で明智光秀を討ちます。戦功により若狭、越前、加賀半国を与えられ、越前北ノ庄城主となるもわずか2年後、51歳で亡くなっています。あまり知られていませんが、長秀は常に信長、秀吉を補佐する役周りで、主君のために戦った信義の武将と言われています。晩年、長秀は秀吉から羽柴姓を賜っています。かつて自分に憧れていた秀吉が、あやかってつけた羽柴姓。そして自分を追い越して偉くなった秀吉からその名を受ける…。それは複雑な心境だったことでしょう。
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▲丹羽長秀邸址です。建物は何も残っていません。画像▲この木は当時からのものでしょうか。

画像取り壊すなら買い取ります −志水甲斐守の玄関車寄
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 その隣には大家邸があります。大家邸の門は、かつて名古屋城三の丸にあった志水甲斐守の玄関車寄を、移築して門に改造したものです。江戸時代の建築で素木造りとなっています。また、庭にある風信亭は名古屋城二の丸庭園にあったと伝わる茶亭で、1869(M2)年の庭園の廃止に伴い、保存を念ずる大矢氏が買い受けたものです。こちらは江戸時代中期のものとされています。現在は名古屋市有形文化財に指定されています。門は閉まっていて、風信亭を見ることはできませんでした。
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▲志水甲斐守の玄関車寄です。ここが引き取っていなかったら今頃は…。

画像花の香りと歴史の香り −城北緑道
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 そこから南に歩くと城北緑道に出ます。この界隈には味のある会社がまだまだあります。東海食鳥市場株式会社、食鳥市場という名前がズバリでいいですね。ただ、昨今の鳥の安全性がとりだたせれているせいか、丁寧に掃除をしていました。また緑道沿いには「パーマメルヘン」という美容院がありました。メルヘンな髪型…。どんなおとぎの世界が繰り広げられるか気になります。
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▲東海食鳥市場の横を通って城北緑道へ。画像▲城北緑道です。季節によって様々な花が咲きます。

 さて、この城北緑道は弁天通へと繋がっていて、バラをはじめとして、ケヤキ、ヤマモモ、サザンカなど多くの植栽があります。そんな花々を楽しむのと併せて、児玉界隈を歩いてみるのもいいと思います。自分の幼少の頃を思い出します。ふと、建物の影から数年前に亡くなった私の祖母が表れそうな錯覚にとらわれました。ここへ来ると、忘れかけていたいろいろな思い出が、よみがえってくるかもしれません。
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