16.守山区 名古屋を歩こう

名古屋のチベットは本当にあった!?

記事公開日:2006年10月16日

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名古屋のチベットに本物が来た-倶利加羅不動寺

 竜泉寺ウォーターパークから、県道15号を挟んで反対側には絶壁があります。その向こう側には何があるかわからないほどの絶壁なのですが、そこに階段が設けられています。地図を見るとそこには「守山修練場」とあります。何か宗教関連の施設なのでしょうね。その北側は次第に絶壁が緩やかになり、住宅も見受けられるようになります。絶壁が緩やかになったというよりも、道路が坂になっていて道自体が丘に上がっているといったほうが正しいかもしれません。このあたりからは「吉根」という界隈になります。

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▲ウォーターパークの反対側は絶壁。

 吉根から北は標高も高くなり、ヒマラヤ山脈と崑崙山脈に挟まれた国チベットになぞらえて、名古屋のチベットといわれる地域になります。といいましても、現在はこの県道15号が片側2車線に拡幅されて住宅建設が始まり、今や閑静な住宅街となりそう呼ばれたのは昔の話になりつつあると思いきや...。

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▲次第に絶壁は低くなり、住宅が見えてきます。
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▲反対側は春日井市内を一望でき、標高が高くなっていることがわかります。

 吉根階子田交差点のすぐ手前、右側に倶利加羅不動寺というお寺があります。このお寺は、龍の巻きついた宝剣を持つ倶利迦羅不動明王像を本尊としていて、境内にある不動心の滝は、名古屋で唯一の修験道場となっています。住職の森下永敏さんは一週間の石室断食行という即身成仏を女性として初めて行った方で、外国人として初めて、チベットにて当時の仏教の最高権威ボミ・チャンバ・ロドロ師から直接受戒したのだそうです。そして、チベットの地でラマの称号を得た僧侶という存在は、日本人で唯一なのだそうです。不動寺の本堂が完成したのが1992(H4)年、そして2005(H17)年にはチベット仏教寺院「強巴林(チャンバリン)」を完成させました。日本初のチベット仏教寺院です。名古屋のチベットに本物のチベット寺院がやってきたというわけです。敷地内にはチベットの民芸品店もあり、気軽に立ち寄ることもできます。

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▲倶利加羅不動寺。この時は「強巴林(チャンバリン)」建設中でした。

春日井側の工業地帯を一望-吉根階子田

 ではさらに北へと足を進めます。庄内川の対岸にある春日井市内の工業地帯がよく見えるようになります。すると吉根階子田という交差点があり、べこたんという仙台名物牛タン料理のお店の先、服良配送センターから入っていける道の先には「建国ビハーラ」という看板が立っています。その名前から、またもや宗教施設かと思いきや、特別養護老人ホームでした。なかなか斬新なネーミングセンスですね。

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▲仙台牛タン料理のお店が見えてきます。
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▲北側の風景は春日井市の工業地帯に。
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▲奥の山の中に見えるのが建国ビハーラ。

 やはりこのあたりもかつては片側1車線の道路で、かつては木々が覆い茂っていて鬱蒼としていました。それが今では道路は太くなり、周囲には「保留地処分中」の看板が立ち、真新しいクリニックやガソリンスタンド、そして住宅がずらりと立ち並んでいます。そのなかでに、かつてはひっそりと存在していたものが、今はむきだしになっています。

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▲街に少しずつ命が吹き込まれていきます。

かつてはひっそりあったラブホテルが...エスメイト・イヴ

 竜泉寺のところで、プールで連れの女の子の水着姿を見て盛り上がってしまったらどうしたらいいか、というお話をしたような気がしますが、それを受け入れるところがこのあたりに建つラブホテルです。かつては道路から少し離れた森のなかにひっそりとあったのですが、道路が拡幅され木が無くなり、今では堂々と存在しています。住宅や保育園にも結構隣接していて、いつか何か言われそうな感じですね。でも、ホテルはかなり昔からここにあったわけですからね...。

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▲ビジネスホテルに見えなくもないエスメイト。
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▲かつては木々に囲まれて、道路からははっきり見えなかったイヴ。

不便だったから動かしちゃった-八幡神社

 ふたつのホテルを越え、吉根下島の交差点を右に曲がると、そういえば龍泉寺を過ぎてからここまで見かけなかった神社があります。八幡神社です。かつてはるか昔はここから北東1キロほどのところにあったのですが、村人が参拝するのに不便であったことから、のちにここから北西500メートルほどのところに遷りました。しかし川沿いでたびたび洪水にあったため、1655(明暦元)年に現在の場所に遷座しています。元あった場所には「本宮」の石碑を立てて保存していたのですが、このあたりは1984(S59)年から区画整理事業が始まり、元々この八幡神社があった場所はいまや跡形もなくなってしまったとのことです。神社の周囲にも「売り出し中」の幟が掲げられている場所があり、この八幡神社は、新しく生まれつつあるこの吉根の街を見守っています。

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▲狛犬は鳥居の外にいる八幡神社。
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▲この時はまだまだ分譲中でした。
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▲道路沿いには様々な業種の量販店が出店。

墓地から絶景・旧道は生活道路行き止まり-観音寺

 ちなみにこの吉根は「きっこ」と読むのですが、この新しい街には子どもも多いということで、学習塾も進出しています。その塾はやはり「吉根校」となるわけで、とても読みにくい校名となっています。大型量販店やアパートなども立ち並び、県道沿いは真新しく見えるこの界隈も、少し西側の路地に入ると、かつての県道が残っていて10年ほど前の風景を思い出します。かつては中央にオレンジ色の線が入っていた道路も、現在は住宅街の路地に姿を変えています。観音寺があるあたりには当時信号機もありました。今では先が行き止まりとなっていて太い道路とは接続されておらず、通り抜けができないために信号の必要の無い静かな生活道路となっています。以前はこの細い道路が県道だったのです。そりゃ混むはずです。

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▲墓地から絶景が見られる観音寺。
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▲かつて県道15号だった道路。この先に信号交差点があった記憶が...。
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▲通り抜けはできないようになっていて、静かな生活道路となっています。

長閑な川のほとりは一変-吉根東神明社

 吉根東交差点周辺にはジャスコやカーマホームセンター、ガソリンスタンド、図書館などが立ち並んでいますが、このあたりはまだまだこれからの街で、作られている途中という感じです。吉根東交差点を左折すると、かつては細くて重量制限があった吉根橋があります。現在は立派なものになり、春日井市とこの吉根を結ぶ重要な橋となっています。その橋のたもとには神明社があります。がらんとした寂しい神社でしたが、社殿には昔の写真がいくつかあり、のどかだった頃のこのあたりを偲ぶことができます。

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▲吉根東交差点付近にはホームセンターも。
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▲庄内川のほとりにある神明社。
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▲立派になり重量制限もなくなった吉根橋。

21世紀を担う企業が集まる場所に...テクノヒル名古屋

 逆に吉根東交差点を右折すると、ジャスコがあります。そしてそのジャスコの向かいには平池という大きな池があり、将来的には周囲を公園として整備することになっています。そして池の南側には、東へと中途半端な道路が続いています。自動車が通れそうな幅で、高架になっている部分もあり結構力を入れて作られたように見えるのですが、「歩行者」と「自転車」と路面に書かれており、自動車が通ることはできません。このあたりは「テクノヒル名古屋」という研究開発型企業団地となっています。私が訪れた時は企業もまばらで空地が多かったですが、夢を追いかける人たちが次第に集まってくることでしょう。

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▲吉根東交差点の南側にあるジャスコ。
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▲ジャスコの向かいにある平池。周囲に公園が整備される予定。
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▲自動車が通れない割に立派な道路。

植えられたばかりで木々が育っていない-太鼓ヶ根緑地

 その謎の自動車通行不可道路は東名高速のガード下にある太鼓ヶ根緑地に繋がっています。緑地といってもまだ木々は植えられたばかりで、とても緑地には見えません。かつて名古屋のチベットと言われた吉根地区には、本物のチベット仏教寺院がやってきて、周囲には住宅や公共施設、店舗や公園が出来始めています。10年ほど前は全てが更地でした。吉根の街はまだ産声を上げたばかりです。いよいよここから北東は、守山区のなかでも山間部と呼んでも良いほどの環境となっている志段味地区になります。下志段味、中志段味、上志段味と歩いていきます。

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▲吉根から尾張旭市の印場へと続く道。この先にも宗教施設があります。
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▲テクノヒル名古屋です。次第に企業が増えつつあります。
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▲まだ木々が育っていない太鼓ヶ根緑地。

吉根2010

 イヴは、ホテルアジエンスを経て、ホテルAZIAN竜泉寺になりました。

 当時は分譲中の場所が多かったこの地域ですが、今もほんの若干程度田畑は残っているものの、住宅は当時に比べびっしり建っています。さらにヤマダ電機や志段味図書館もでき、平池も公園っぽくなり、テクノヒル名古屋の企業も増えてきており、街は完成形に近づきつつあります。


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