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11「呼続公園」
ブランドの塩は幻に
空白
s 2004.9-10月 取材

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 年魚市潟勝景跡として知られる白毫寺から300メートルほど南へ歩くと、池のある公園が見えてきます。呼続公園です。公園にある池の名は「曽池」。この公園の周辺からは土器類や木器といった出土品のほか、住居や井戸の遺構が見つかっていて、曽池遺跡と呼ばれています。出土品の中には漁具や船の一部もあり、縄文晩期から中世まで各時代のものが出土していて、長い間ずっと人が住んでいたことがわかっています。
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▲大きな噴水のある曽池。

 この公園がある場所は呼続ですが、少し西には曽池の名を取った曽池町があります。曽池には大きな噴水があり、すぐ横には展望台があります。土が盛り上がっているので古墳かと思ったのですが、そうではないようです。登ろうかと思ったのですが、どうも人が住んでいる気配がしたので辞めておきました。噴水で噴き上げられる水の心地よい音とともにマーチが聞こえてきました。この日は公園のグランドで子ども達によるブラスバンドが練習をしていました。のどかな昼下がりです。もちろんここにも、デザイン都市・名古屋の公園にはつきものの像があります。少女が空を指差しています。その名も「少女像」。イキイキとした表情で、指差す先に何があるのか気になります。説明も無く作者名も書かれておらず詳細はわかりませんが、大きな岩の上に座る少女像はなかなかセンスがあります。さっきの展望台を指差しているのかな。真似して指を差さない方がいいと思います。
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▲展望台へと登る道。画像 ▲グランドでは子どもたちがマーチングバンドの練習。画像 ▲岩の上で女の子が空を指差す、少女像。

 呼続公園の南側には南ふれあい広場があります。その広場の東側に神社があり、そちらに行きたいのですが、どうも繋がっているようで繋がっていません。いったん公園の南側に出ます。するとアパートがいくつかあります。同じ南区でも、西側では地元の不動産業者の名前をよく見かけましたが、このあたりではミニミニやエイブルといった大手の業者の看板ばかりになります。やはり西側と東側では不動産業者のテリトリーも違うようです。アパート名も「○○荘」ではなく「オマーラ」といった横文字になります。…。オマーラって何?
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▲南ふれあい広場。静かでのどかな空間です。画像 ▲公園の南側を東に歩いていくと、鳥居が見えてきます。

 南ふれあい広場の東隣にあるのが富部神社です。富部神社は1603(慶長8)年に津島神社の午頭天王を勧請したもので、「戸部天王」「蛇毒神天王」とも呼ばれていました。徳川家康の第4子で清洲城の城主だった松平忠吉がこの神社のことを知り、病気平癒の祈願にやってきました。するとすぐに回復しました。その報恩のため、1606(慶長11)年に社領として百石を与え、本殿、祭文殿、回廊を建てました。本殿と祭文殿は今も当時のものが残されていて、桃山時代の建築様式を伝えています。本殿は1957(S32)年に国の重要文化財に指定され、祭文殿と回廊は1996(H8)年に名古屋市文化財に指定されています。また、山車蔵には1727(享保12)年に作られた山車が納められていて、こちらも市文化財に指定されています。江戸時代は例大祭で街を練り歩きましたが、現在は老朽化が激しいために組み立てられるだけとなっています。
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▲国の重要文化財となっている富部神社の本殿。画像 ▲大木が境内を包み込みます。画像 ▲山車蔵には市の文化財「高砂車山車」が納められています。

 この富部神社はそれ自体も文化財なのですが、この場所はもう一つの文化を伝えている場所でもあります。かつてここは街道の起点でした。その後起点は幾度となく移動したらしく、実際の起点は定かではないのですが、ここは街道として名が残っている最南端の場所なのです。その街道とは塩付街道です。今まで瑞穂区や昭和区で塩付街道が登場しましたが、この南区が起点なのです。富部神社から5、600メートルほど南が最終的な起点ではないかとも言われています。塩付街道の名は、塩を馬の瀬に付けて運んだことから付けられました。大江川緑地で元塩町という地名がありましたが、室町時代から江戸時代にかけて星崎一体では塩の生産が盛んで、「前浜塩」というブランド名で知られていました。その塩がこの塩付街道から瀬戸街道、中山道を経由して美濃、信州へと運ばれていたのです。その後塩田は新田に、そして現在は工業地帯と化し、前浜塩は幻となってしまいました。ブランド力があったということは、余程美味しい塩だったのでしょうね。
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▲富部神社の横で東海道と塩付街道が交差しています。

 富部神社の東隣には、鮮やかな赤い鳥居のある清水稲荷神社があります。鳥居の横には「名古屋十名所」という石碑が建てられているほか、東海道宿駅制度400年を記念して、2001(H13)年にタイムカプセルが埋設されています。境内にはたくさんの石像があり、さらに鶏が「コケーコケー」と言いながら走り回っていて賑やかです。ちなみにタイムカプセルは2051年に開かれることになっています。せっかくだから前浜塩を使って、タイムカプセルの下で野菜を塩漬けしたら良かったのに。50年ものの漬物が完成〜ってそんなの食べられないか。あ、その前に、今はもう塩作ってないんだった。
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▲鳥居の横にタイムカプセルが埋められている清水稲荷神社。画像 ▲石像を避けるように自動車が駐車してあります。画像 ▲コケー、コケー。

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