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1「星ヶ丘」
品が良い?
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2004.4-6月 取材 |
名古屋で最も星に近かった丘 | 星ヶ丘住宅・星ヶ丘三越
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地下好き名古屋っ子もたまには日光の下でお買物 | 星ケ丘ボウル・星が丘テラス
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名古屋三大女子校の二つが火花を散らした | 椙山女学園・愛知淑徳大学
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 | 名古屋で最も星に近かった丘 |
−星ヶ丘住宅・星ヶ丘三越 |
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千種区の東玄関である星ヶ丘を歩きます。星ヶ丘は北を平和公園、南を東山公園に挟ま
れた街です。少し南北に歩いただけですぐに緑が覆い茂ります。そしてその名のとおり丘になっ
ています。この星ヶ丘の名は、すぐ横にある星ヶ丘住宅が起源となっています。星ヶ丘住
宅は1955(S30)年、名古屋市の一番高い丘にできた住宅団地でした。星に最も近く、輝く
星の美しい丘という意味を込めて、当時公団が命名しました。そしてその名が地名となり、
星ヶ丘駅のある一帯も星ヶ丘元町となったのです。

その星ヶ丘駅の看板と言えば1974(S49)年にオープンした星ヶ丘三越です。
名古屋市内で中心部以外にある唯一の
デパートです。三越とは言っても元々はオリエンタル中村百貨店という地場のデパートの
星ヶ丘店であったこともあり、どこか庶民的な雰囲気も残されています。あるラジオ番組
でパーソナリティが、「星ヶ丘三越は品の良いナフコだ」という発言をしたことがありま
したが、ナフコといえば名古屋庶民スーパーの代表。つまり、この三越は少し品の良いス
ーパーといった親しみやすい雰囲気だと言いたかったのでしょうけど、この発言にはちょ
っと問題がある気もします。まるでナフコには品が無いかの様な言い方ですからね…。

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▲星ヶ丘駅前です。こんなに道路が広いのによく混みます。 |  |
▲旧オリエンタル中村百貨店。現在は星ヶ丘三越、最近開店以来の大改装。 |
 | 地下好き名古屋っ子もたまには日光の下でお買物 |
−星ケ丘ボウル・星が丘テラス |
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最近は星ヶ丘住宅のふもとにヤマダ電機や夢庵といったお店もできていますが、この星
ヶ丘を昔から開発し続けているのが星が丘グループ・東山遊園株式会社です。星ケ丘ボウ
ル、星が丘自動車学校、星が丘駐車場、みんなこの星が丘グループの関連会社です。かつ
ては「星ヶ丘スポーツP&S」という夏はプール、冬はスケート場という施設があり、私
もよく利用していました。試験でスベることの無いように先に滑っておこうと、大学受験
の前日に8時間も友達とスケートを滑ったこともいい思い出です。そんな縁起担ぎよりも、
前日ならば勉強すべきではなかったのかと、今では思うのですが…。まぁ、前日に足掻い
たところでどうしようも無いですからね。結果、試験もスベりましたが。

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▲星ヶ丘住宅のふもとには鮮やかな色のヤマダ電機。 |  |
▲駅の北側にある大乗寺。道路はここで行き止まりです。 |  |
▲こちらは蓮草寺。後ろはゴルフ練習場です。 |
そんな星ヶ丘を今、この会社はオシャレに再開発しました。

P&Sを閉鎖し、星ヶ丘駅から南に伸びる通りの両側に、グルメとショッピングスポッ
トを配したのです。2003(H15)年3月にオープンした「星が丘テラス」です。通り沿いには
緑も多く配置され、お店もガラス張りになっていることもありウィンドウショッピングを
するだけでも楽しいという、東京では当たり前のスタイルですが、名古屋では目新しいシ
ョッピングタウンとして人気があります。実際、入っているお店は近隣のアピタやイオン
とそんなに変わりは無いのですが、この雰囲気を楽しみにやってくる人も多いといいます。

駅前のショッピングタウンでありながら、電車では無く自動車でやってくるのが名古屋っ
子。星ヶ丘の駐車場には休日ともなるといつも車の行列ができます。かつて星ヶ丘三越の
東側には平屋建てのスーパーがあったのですが、こちらも現在は取り壊されて駐車場にな
っている程です。

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▲星ヶ丘テラス。かつてここにはスケート場とプールがありました。 |  |
▲あるお店は、アピタのテナントなどとそれほど変わりません。 |  |
▲昔からあったスーパーも駐車場に。駅前でも車で来るのが名古屋っ子。 |
星が丘テラスは、平成15年度の名古屋市都市景観賞、第11回愛知まちなみ建築賞といっ
た賞も受賞しており、その名古屋らしからぬオシャレさについつき引き寄せられてしまい
ます。そしてもちろん、名古屋の憩いの場所にはつきものの銅像が駅前にあります。少年
が鳩を持って遠くを見つめています。また東山公園が近いこともあってか、道路や歩道橋
にコアラの絵が書かれていたりします。

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▲駅前の銅像。右下に小さく見えるのは鳩です。 |  |
▲ふとしたところにコアラの親子。こちらは歩道橋。 |  |
▲「地中海」とは今は無き木曽路系の業態です。現在跡地はラ・ステラコーレ。 |
ちなみに、この星が丘テラスなどを運営する東山遊園は、あの東山公園のボートハウス
が起源なのです。1948(S23)年にボートハウスを創業し、そこから1963(S38)年に自動車学
校、1970(S45)年にボウリング場、1983(S58)年にプール・スケート場、そして1998(H10)
年にプール・スケート場を閉鎖し2003(H15)年3月にショッピングセンター開業へと事業を
拡張したわけです。

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 | 名古屋三大女子校の二つが火花を散らした |
−椙山女学園・愛知淑徳大学 |
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また、星が丘テラスのすぐ南側には菊里高校、椙山女学園大学、そして星ヶ丘の駅から
少し東に行ったところには愛知淑徳大学・高校・中学といった学
校もあることから、街を歩く女の子もよく見かけます。私は大学時代、椙山女学園の大学
祭に盛り上げ役として行ったことがありますが、あまりに寒い漫才をやってしまったため
に、逆に盛り下げてしまったという苦い経験があります。椙山の校舎を見ると当時のこと
を思い出して切ない気分になってしまうので、あまり見ないように横切ります。

椙山(S)、淑徳(S)、そして東区の金城(K)の3校は「SSK」と呼ばれ、
名古屋を代表する女子校として長年崇められてきました。もちろん名古屋嬢はこの3校出身でなければ
なりません。名古屋で「やっぱりウチの娘には、SSKに入って欲しいもんで。」という言葉を聞いても、
娘に野球用品会社や佐世保重工業に入社して欲しいという意味ではありませんのでお間違いなく。それにしても、
愛知淑徳大学が1995(H7)年から共学となったのは名古屋っ子にとって衝撃でした。あの神聖な領域に
男性が入ることが許される時代が来るとは、10年前には誰も予想し得なかったでしょう。少子化の影響が
SSKにまで響くとは…と名古屋っ子はこのとき初めて少子化問題の重大さを認識しました。

そして、その学校の南側に広大に広がるのがボートハウスのある東山公園です。

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