あのころ名古屋圏

名鉄三河線の山線廃止区間 猿投-西中金 の思い出 2004.3

記事公開日:2020年1月7日

当時の記事

名鉄は三河線の碧南~吉良吉田間(16.4km)と猿投~西中金間(8.6km)を、4月1日に廃止することとしました。近年、名鉄は相次いで不採算路線を廃止しています。私はかつて学生時代、猿投地区でアルバイトをしていたこともあり、三河線の猿投~西中金間の廃止についてはちょっと思うところもあり、廃止の少し前に乗車してきました。

猿投駅に到着すると、ホームにはたくさんの人。やってきたレールバスは2両。通常はワンマン運転なのですが、到着した車両からは溢れんばかりの人が降りてきました。名鉄もこの日はそれを想定してか3人の乗務員を配置していました。

ディーゼルで大きな音を上げながら、窓から手を出せば枝にぶつかってしまうのではないかと思う山間を走るレールバス。今にも落ちてしまうかのような細くて囲いの無い鉄橋。確かに風情はあるのですが、1時間に1本という運行状況で不採算なのであれば、バス代替でも問題ないのだろうな、と思えてしまいます。

かつては西中金からさらに足助まで延長する計画もあったそうです。相当昔の話ですが。以前は電化されていた路線だったらしいのですが、1985(S60)年にレールバス化されたときから地元では廃止を危惧していたそうです。

この日は廃止が目前ということもあり、西中金まで通勤電車のような混みようでした。普段からこうなら廃止になることも無かったのでしょうけど。

そして私は終点の西中金から猿投まで歩いてみることにしました。

今回の廃止区間、西中金~猿投間に「三河広瀬」という駅があるのですが、この駅の近くには「広瀬やな」という施設があります。「やな」とは川を竹や木を並べてせき止め、魚をとるものです。

私は幼い頃、親によくここへ連れてこられました。鮎のつかみ取りも思い出しますが、深緑色の川面を、浮き輪に乗って流されるのがとても好きでした。矢作川の水流は速く、少し気を抜くと釣りの人がたくさんいる川下へと流れていってしまい焦ったこともしばしばでした。

川辺で捕りたて焼きたての鮎を頬張ったり、流れの急な川を横切って、橋の支柱の土台に登り、川の流れの音に耳を澄ましたり、と小学生時代の夏の思い出として、この広瀬やなの情景は私の心に深く刻まれています。

そして、30分に1回くらい「ゴトゴト」という音をたててやってくるのが三河線の列車でした。当時はまだ電車で、時に「プワ~ン」とホーンを鳴らしながら、そして「カーン、カーン」というアナログな踏切の音が山間に響きました。

久しぶりに広瀬を歩き、橋が新しくなり幅が広くなっていることに驚きました。

枝下駅にあった、「乗ろう!!育てよう!!レールバス」という錆付いた看板に切なさを感じます。

あとがき(2020.1)

廃止になった区間では、いまも豊田おいでんバス「さなげ・足助線」が運行されており、西中金バス停では、朝5時台から20時台まで1本ずつ、6時、16時、17時は2本、7時は3本と走っています。

猿投駅の先、さらには浄水駅を越えて豊田厚生病院まで繋がり、一方で反対側は足助の先、百年草まで運行されています。

それはつまり、利便性としては、バスとなった今のほうが高いのではないでしょうか。まあ、紅葉シーズンの足助は渋滞で大変かもしれませんが、それを除けば。

豊田市ですし、バスは運行され続けることでしょう。

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