あのころ名古屋圏

いろいろ言われた名港トリトンがようやく本気を出す時が来た… 2005.5

記事公開日:2020年1月4日

当時の様子

東名阪道と接続する四日市JCTと、東海環状自動車道と接続する豊田東JCTを結ぶ伊勢湾岸自動車道が、2005(H17)年3月19日に全線開通しました。愛・地球博の開幕6日前、間に合いましたね。

これによって東名高速道路から東名阪自動車道へとショートカットが可能となり、また長年渋滞に悩まされていた名四国道の有料のバイパスとしても本領発揮となります。

この状況をずっと待っていたのは、物流関係者でも道路公団の関係者でもなく、「名港トリトン」と呼ばれる3つの橋ではないでしょうか。それこそ「ようやく本気を出す時が来たな」でしょう。

なかでも、20年前に建設され、ずっとひとりぼっちでポツンと存在していたのが、赤の斜張橋「名港西大橋」です。1985(S60)年3月に開通しています。わずか3キロほどの橋がポツンと…。物流などで活用されることは無く、港の夜景をカップルが見に来る程度で、有路道路にもかかわらず、駐車して夜景を眺める車がずらっと並ぶことが問題になりました。

そんなひとりぼっちな状態が13年続き、1998(H10)年にようやく白の「名港中央大橋」と、青の「名港東大橋」が開通。名古屋港を渡る3つの橋が完成し、「名港トリトン」と名付けられました。

名港トリトンは一般公募で選ばれたものです。トリトンとはギリシャ神話に登場するポセイドンの息子、海の神さまです。三又鉾(みつまたほこ)を振りかざして波を鎮めたと伝えられています。伊勢湾台風クラスの台風が来ても今後は安心してよさそうですね。

とはいえ、名港トリトンだけではまだまだ赤字解消とはいかなかったのですが、今回の伊勢湾岸道全線開通によって、東京から大阪から名古屋港に直結できることとなり、また、東京から大阪に抜ける際にも、名古屋をショートカットして通行できることとなり、今後はこの名港トリトンがむしろ大動脈となることでしょう。

全然車が来なくて、路肩にカップルたちが車をずらっと駐車して、夜景を眺めているところに、「ここは駐停車禁止です!移動してください!」と呼び掛けていた時代があったなんて、もう想像できなくなりましたね。

さらに、伊勢湾岸道は豊田東JCTから先、第二東名が開通するとまさに第二東名・第二名神の一部となり、新たな東・名・阪を結ぶ大動脈の一部となる見込みです。

あとがき(2020.1)

伊勢湾岸道の豊田JCTから先、東京方面に新しい高速道路が開通したのは、2016(H28)年2月のこと。伊勢湾岸道の開通から11年弱の時が流れました。そして第二東名・第二名神は「新東名」「新名神」と名前を変えることになりました。

伊勢湾岸道の開通によって、名四国道の慢性的な渋滞はある程度解消された一方で、新名神への接続が東名阪経由であったことから、東名阪道が常時渋滞するようになってしまいましたが、それも、新名神の新四日市JCTから亀山西JCTが、2019(H31)年3月に開通したことで、東名阪を経由せずに東京方面から大阪方面へと抜けることができるようになり、東名阪は14年ぶりに静けさを取り戻しました。

1985(S60)年3月に名港西大橋が開通してから34年。ひとりぼっちでポツンと作られ、閑古鳥が鳴いていた橋が、15年前からは、日本の新たな大動脈の一部として誇らしく存在しています。道路とはネットワークだと、名港トリトンは教えてくれます。

さらに、2020年度中に名港トリトンには飛島JCT(仮称)が設けられ、名古屋西JCTまでの名二環の区間が開通し、接続されることになります。実は、名港トリトンの区間は一般国道302号なので、これにより本来の道路として国道302号の役割を果たせる格好となります。この区間、制限速度の標識が登場するのは、一般国道扱いだからなんですね。利用者としてはずっと高速道路な感じのままなのですが。

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