尾張(西愛知) 東海あまのじゃくツアー

水は流れる、そして時も流れる...真清田神社

記事公開日:2009年1月15日

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 初詣に行ってきました。トッピーは伊勢神宮の番組を毎年楽しみにしているくらいだから、当然伊勢神宮に行ったんでしょ?と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、私は伊勢には静かなときに行きたいと思っているので、初詣は地元の神社に行くことにしています。

 それで毎年、地元の神社と言ってどこにお参りに行こう...となるわけですが、以前から当サイトによくいただくご指摘のなかに、「西尾張の記事が少ない」というものがあります。そこで今年は、地元で最も社格が高い「一宮」に行くことにしました。その名も一宮市にあります、尾張国一宮の真清田神社です。

 いや、ほんと、これまで顔を出さずにすみませんでした...と、そんな気持ちでお参りです。そこで感じたものは「流れ」。

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水と川といえばやっぱり龍神

 真清田神社へは、尾張一宮駅から商店街を通って、北東へと歩いていくことになります。楼門を越えてまずは手水舎で清めて...と、そこにいるのは大きな龍。手水舎の水が龍の口から流れていることはよくありますが、それにしてもこの龍、カッコイイ。

 実はこの龍、「吐水龍」といいまして、最初はあの瀬戸市定光寺に眠る尾張藩祖・徳川義直が、天気を司る龍神を象徴として、五穀豊穣と天下泰平を祈願して奉納したものです。しかしさすがに350年以上が経過して痛みが激しくなったため、1996(H8)年に現在の龍神と交代しています。

 さすが尾張国一宮です。手水舎から尾張藩の歴史が登場です。

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人間の全ては水から

 その先に、復興された井戸である「神水舎」があります。この井戸の水には伝説が残されていて、白川天皇が1077(承暦元)年に眼病を患い、どんな治療を施しても治らなかったにもかかわらず、龍の夢の導きによってこの井戸水で目を洗うと、たちまち治ったと伝えられているのです。また、明治天皇もこの水でお茶を召し上がったという記録もあるとのこと。

 元旦の早朝に組む「若水」を飲むと、一年の邪気が払われることもあり、他にも薬用や炊飯用、さらには書道に使うと腕が磨かれるともいわれており、正月期間中は自由に水が汲めるようになっていました。

 この神社と水には深い繋がりがあります。真清田神社の名は、木曽川の澄んだ水による水田に由来しているのです。

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初詣について改めて考える

 私はここ数年、神社に参拝する際にはお願いごとをしてばかりでした。それは、数年前にあった悲しくつらい出来事から逃れたくて、そしてまた同様のことが起きることをおそれていたからです。

 それより前は、おみくじをひくと大吉ばかりだったのに、その頃からでしょうか、あまり良いくじをひくことができなくなってしまいました。

 真清田神社の拝殿の前に立ち、ようやく何かを感じることができました。それは、お願いごとをするのではなく、今年一年自分がどういう自分になりたいのか、それを神様に見守ってもらうのが本来の初詣ではないかと...。

 今年は自分がこんな自分になろうと思っているから、こんな日常を送っていきたいと思っているから、お願いしますと。そして昨年、大きな成功や飛躍はなかったけど、平穏で幸せな一年をありがとうございましたと、感謝で結ぶことにしました。

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 そして相方と一緒に、旅の祈願をしながら絵馬を奉納してみました。今年も、このサイトの取材を建前に、あちこち旅に行くことになるでしょうから...。

 すると、神様からの返事は「大吉」でした。まあ、それを信じるか信じないかは自分次第ですけど、心が通じたようで嬉しかったです。ただ、「調子に乗るな」という趣旨の文言があったのはさすが神様、よく私のことをわかっていらっしゃる。

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一宮といえば...そういうことですよね

 拝殿から向かって右手へと歩いていきますと、思いっきり駆け上がろうとしている様子とはちょっと違う「神馬」が。もちろんこれは神様の乗り物です。

 さて、この真清田神社がお祀りしている神様ですが、それは天火明命(あめのほあかりのみこと)。天照大御神の孫で、紀元前628(神武天皇33)年にこの地を「尾張」と名づけて拓いた天香山命の父です。

 天火明命は尾張氏の祖神で、尾張氏は天香山命の子孫とされています。まさに、この尾張国の起源ともいえる神社というわけです。

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 そして、御本殿の東側にあるのが「幸運楠」と「服織神社」です。服織神社は萬幡豊秋津師比賣命(よろずはたとよあきつりひめのみこと)をお祀りしています。この神様は、天火明命の母神で、機織の神です。繊維産業で栄えた一宮ならではの神様といいますか、この神様をお祀りしたことで、一宮は繊維の街となり得たのかもしれません。

 この服織神社に機織工業の繁栄を願うお祭りが、あの有名な一宮七夕まつりというわけです。

 私はこれまで、七夕まつりに訪れたことはあったのですが、実はその由来を知りませんでした。毎年お祭りでは、織物を服織神社に奉納するとのこと。仙台、平塚とならぶ日本三大七夕と呼ばれるほどに盛大です。

 織姫の登場する七夕で、ここは織物の町一宮で、織物を服織神社に奉納すると...。まさしく一宮ならではのお祭りですね。

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さすが機織の神さまですね

 神池を覗いてぐるっと回っていますと、にわとりに会うことができました。にわとりはもちろん神の使い、ありがたいです。そして楼門を外に出て真清田神社を後にしようとすると、楼門の前にお店が並んでいることに気づきました。ん?ちょっと様子が変わっていますね...。

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 神社の門の前にお店が並んでいるといってもそれは大抵、簡易的なもので出店程度のものですよね。しかしこの真清田神社の楼門前は違うのです。瓦屋根の長屋状の商店があるのです。見るとそれは衣料品店や服地店。さすが機織の神さまが祀られているだけのことはありますね。懐かしいというよりも、戦後の風景のようで、逆に新鮮でした。

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変わりつつある門前町

 さらに大きな通りを越えると、いわゆる門前町の商店街が登場します。今はシャッターを下ろしてしまっていますが、かつては賑やかであったであろう「横井百貨店」という看板だけが残されていたりする一方で、今時のブティックっぽい外装のお店や、鉄道模型常設レストランなど趣向を凝らした店もあり、過去と現在がごっちゃになっている感じです。

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 そんな現在と過去が織り交ざったような、本町商店街を象徴するような携帯電話ショップの看板が。携帯電話販売という業態自体は現在っぽいのですが、看板に書かれているのが「DDI POCKET」「NTT PALDIO」「TU-KA」「J-PHONE」と微妙に懐かしい感じ。

 それとも、このお店では今もパルディオが買えるとか?そんなわけない。

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時は必ず流れ行く

 アーケードを抜けると、ロータリーがあってその先にはJR尾張一宮駅と名鉄一宮駅が見えてきます。一宮の駅を見るのなんて何年ぶりだろうか...その変貌ぶりにちょっと驚いてしまいました。

 私がかつて一宮七夕まつりを見に来たのはまだ学生だった頃、昭和の香りが漂う一宮名鉄百貨店が現役だった頃です。場所は少し違いますが、それが今では立派な今時の駅ビルとなり、名鉄百貨店一宮店がそこに入居しています。

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 前述のとおり「真清田」とは、木曽川の水によって清らかな水田を意味しています。水は流れるからこそ清らかで、恵みをもたらしてくれるものです。

 人間はどうしても変化を嫌います。万博によって我がふるさと瀬戸市が大きく変貌したとき、幼い頃から慣れ親しんだ風景が失われていく様子を見て、その時の悲しい出来事とそれがリンクして、私はとても悲しくそして寂しく思いました。でも、それは違うんですね。

 水が流れることで恵みがもたらされるように、時が流れることで恵みももたらされるはずなのです。今の幸せに感謝すべきなのはもちろんのことですが、時が流れて自らを取り巻く環境が変わっていくことをおそれるのではなく、その環境が変わっていくなかで、いかにして自らに恵みをもたらすことができかを考えながら、自分が動くことが必要なのですよね。

 つらく悲しいことも、そのことから逃げようとするのではなく、精神的に恵みをもたらしてくれる一つの経験として受け止め、それを糧にして未来へと歩むしかないんですよね。

 水が流れるように時は流れるもの。その流れに流されることをおそれるのではなく、いかにして自分の行きたい方向へと舵を切っていくのか、今年の年末に自分の思い描く湊に到達できるように、今年一年舵を切り続けていきたいと思います。

関連情報

真清田神社

真清田神社(愛知・一宮市)MAP

真清田神社

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