名古屋 東海あまのじゃくツアー

名古屋で猪といえばやっぱり猪子石・触るとご利益&触ると祟り

記事公開日:2007年1月9日

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 今年は亥年。猪といって名古屋っ子がまず思い出す地名といえば、やはり名東区の「猪子石」でしょう。今から数十年前は猪が出没してもおかしくなかったような場所なのですが、今ではすっかり都市化が進み、さすがに本物の猪を見かけるような場所ではなくなりました。

 しかし、猪子石という地名の語源ともいわれている、石そのものは今でもあります。しかも2つ。ところがこの2つ、片方は触るとご利益があり、もう片方は触ると祟られるという、間違うことができない石なのです。今回は亥年にちなんで、いのこし(猪子石)界隈をご紹介します。

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猪子石と書いて「いのこし」

 地名は「猪子石」と書くのですが、地元のほとんどの人は「いのこし」と呼びます。地名はほとんど「いのこいし」が正式名称となっていますが、「いのこし病院」など、固有名詞で残されています。私も猪子石のことは「いのこし」としか呼んだことがなく、「いのこいし」などと硬っくるしい呼び方をしたことはありません。

触ると祟りのツルツルの牡石

 まずはその名も猪子石神社へ。猪子石西原バス停から南へ3本目の道路沿い、住宅街のなかにあります。この神社には、半分土に埋もれた大きな石があります。その姿は立派でかなりの大きさです。

これこそが一つ目の猪子石。「牡石」です。寝そべっているオスの猪にそっくりだからと名づけられました。表面はツルツルで、思わず撫でたくなってしまうかもしれませんが、触ると祟られると言い伝えられています。年初めの度胸試しに...ってダメダメ。

 かつて農村では、旧暦の10月亥の日に「亥の子」を祝う信仰があり、この岩とその信仰が結びついて、このあたりの農村一帯を猪子石と呼ぶようになったと伝えられています。私が幼い頃はまだ農村風景も残っていたのですが、今では周囲に基幹道路やマンション、住宅が立ち並び、農村の面影は全くありません。

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触るとご利益のごつごつ牝石

 続いてもうひとつの猪子石へ。猪子石西原交差点から南へ、京命交差点を南東に行き、猪子石公園のすぐ横にある大石神社にその石はあります。こちらも半分土の中に埋もれているのですが、見た目で先ほどの牡石とは様子が違うことがわかります。

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 こちらは猪子石の牝石。表面にはいくつもの小さな石が付着していまして、子持ち石とも呼ばれています。ゴツゴツしていて、一見こちらのほうが触っていけない石なのではないかと思ってしまうかもしれませんが、こちらは子持ち石というだけあって、撫でると安産にご利益があるとのことです。かわいいけどやんちゃな、うり坊のような子を授かりたい方はぜひ。

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 では最後に、猪子石城址にある猪子石神明社にも立ち寄ってみることにします。こちらは引山バスターミナルと猪子石原バス停のちょうど中間くらいの場所の、道路から1本南に入ったところにあります。この神社は一説によると874(貞観16)年に香流川沿いに創建されたもので、度重なる洪水を避けるため、後水尾天皇時代(1611-1629)に現在地に鎮座したといわれています。

 社殿が立派なだけではなく、このあたりが農村だった頃の遺物ともいえる「馬具」や「刀槍」などを展示する資料館が併設されています。境内には土地区画整理を記念した石碑があるのですが、そこにも「周囲の風景は一変し面影も無い」と断言されています。

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龍に耳がある耳神様

 この神社の境内には、全国的に見ても珍しい「龍」に耳がある耳神様を祀った「龍耳社」があります。と、ひとつの説明版にはあるのですが、もうひとつの説明版には耳がある「蛇」と書かれています。う~ん...。まあ、龍のように大きな蛇ということでしょうか。ちなみにそのご神体は碧南で畑市左衛門氏が生け捕りにしたものだそうです。だとするとやっぱり蛇ですよね。龍を生け捕りしたとしたら、すごい男だ畑市左衛門さん。

 冒頭、猪子石を「いのこし」と呼ぶのが当たり前という、まるで地元民かのような発言をしましたが、何を隠そうここは私のふるさと。この猪子石神明社は私が生まれて初めてお宮参りをした場所。私の好奇心の原点とも言える場所です。もちろん、当時の記憶はありませんけどね。

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 亥年。もう一度足元を見つめなおして、飛躍の年にできるように頑張りたいと思います。今年も当サイト、当ブログによろしくお付き合いください。お願いいたします。

猪子石神社(名古屋・名東区)MAP

名東区 猪子石神明社

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