
どこの国でも、すぐ隣の国とは戦争の歴史があって、仲違いしていることが多いものです。トロイはその戦争の舞台であったわけです。トロイから南下していきますと、右手にはエーゲ海が広がります。そのエーゲ海に浮かぶ島々はギリシャです。ギリシャはトロイ戦争で戦った相手。今でもギリシャ領はトルコの目の前にあり、最も近いところでは、ギリシャ領の島まで10キロもありません。

しかし、ギリシャ本土ははるか彼方。そのためギリシャの島民は、買物や病院へ出かけるとなると、このトルコ側へとやってくるのです。かつてはビザが不要な時期もあったのですが、ギリシャがEC加盟国となると再び必要に。ただし特例として、トルコに隣接する島への1日旅行はビザが不要となっています。

本編でお話しましたとおり、近年は地震をきっかけに、トルコとギリシャの交流が始まったという話もありますが、ひとつ忘れてはいけないのが「キプロス問題」です。トルコ東部の南側、地中海に浮かぶ島「キプロス」。キプロス島は、ヨーロッパ連合加盟国である「キプロス共和国」という独立国家のはずなのですが、実態は南北に分断されています。

キプロスは1960(S35)年にイギリスから独立した国で、ギリシャ系とトルコ系の両方の民族が住んでいます。しかし1974(S49)年、ギリシャ併合賛成派の将校がクーデターを企てると、トルコ系の住民を保護するという目的で、トルコはキプロスに出兵し北部を占領。するとギリシャ系住民は南側に逃れ、トルコ系住民は北側に集まります。

そしてトルコ側は翌年、キプロス連邦トルコ人共和国を樹立し、キプロスに連邦制を迫るのですが実現せず、とうとう1983(S58)年には「北キプロス・トルコ共和国」として一方的に独立を宣言するのです。

結局のところ、キプロスはギリシャとトルコの綱引きによって、北と南に分断されてしまっているのです。まるで、アジアの東端にあるあの半島のようです。現在も、北キプロス・トルコ共和国を独立国家として認定しているのは世界中でトルコのみで、見た目には、キプロスの北半分をトルコが勝手に支配して独立を宣言している、と見えます。

トルコはここ最近、ヨーロッパ連合への加盟を目指しているのですが、なかなか認められません。それは「トルコなんて国土の大部分がアジアだから、ヨーロッパだなんて認めないよ」ということではなく、加盟への道のりにはこのキプロス問題が大きく横たわっています。

独立国家と言っているものの、実際にはキプロスの北半分をトルコが支配しているようなものですが、島のトルコ系住民のなかにはトルコへの併合を望む声も大きいとのこと。

トルコのヨーロッパ連合加盟への意欲は強く、なんとかキプロス問題を解決したいという思惑から、国連の提案した再統合の住民投票を受け入れるなど、対応を軟化させている部分はあります。

2004(H16)年に行われた住民投票は、キプロスを連邦制にして北キプロスを再統合することの賛否を問うものでした。これに、実質トルコの北キプロスの住民は意外にも賛成。なぜ賛成に回ったのか。答えは簡単です。

北キプロスは、世界のなかでトルコしか承認していない独立国家。トルコとしか貿易ができないのです。しかも当時のトルコの経済はインフレでボロボロ。いつの間にかできていた、南キプロスと北キプロスの経済格差。豊かな南と統合されることを北の住民は望んだのでしょう。

ところが、そうなれば当然南の住民は統合に反対。今さら貧乏な北側と一緒になるのは御免というわけです。しかもこの統合案は、北側に引き続きトルコ軍の駐留を認めるなど、トルコにかなり配慮したものだったからです。

分断状態になったのは北(=トルコ)のせいだけれど、心を入れ替えて統合への住民投票を受け入れたのに、住民投票で統合を否決したのは南。これにより「かわいそうな北キプロス」という構図ができ、北への経済制裁解除が行われ、トルコとしては「分断状態なのは北のせいじゃなく南のせいだ」という主張ができるようになりました。トルコはこの住民投票の結果により、キプロスが今のままでも自分たちのせいではないし、現状のままでもヨーロッパ連合への加盟を認めてくれ、と言えるようになったわけなのです。

トルコが侵攻したことで分断されてしまったキプロス。一見好転しているように見えるトルコとギリシャの関係も、このキプロス問題が解決するまでは本当の好転とはいえないでしょう。