23.トルコ あまのじゃくツアースペシャル

ゲリボル | サバ定食?を食べて海を渡る!

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ゲリボル | Gelibolu | 2007.10.04取材

イラストフォト

ニャ
やっぱり、焼き魚には味ぽんだよね~!
ニャ こんなところまで来て、味ぽんだなんて...。
そんな...うん...おいしいね...。
イスタンブル県 テキルダー県 チャナッカレ県
ホテル
スルメリイスタンブル
Surmeli Istanbul
休憩
テキルダー
Tekirdag
昼食
ゲリボル
Gelibolu
ラプセキ港
Lapseki
7:40発 10:05着
10:20発
12:00着
13:25発
13:50着
コラム「トルコ人が日本を好きな理由」

サービスのわけないじゃん

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ホテルスルメリイスタンブル(イスタンブール県イスタンブール)

 2日目の朝を迎えました。昨日は結局、イスタンブルで晩御飯を食べて寝ただけでしたので、いよいよ今日からがトルコ世界遺産紀行の始まりです。しかし、その出鼻をくじかれることになるとは...。いや、自業自得なんですけどね。

 朝食はホテルのレストランでバイキングです。トルコとはいえ普通のホテルです。チーズやパンの種類の多さが目に留まりましたが、それ以外はメニューもいたって普通。チェックアウトを済ませて朝7時半に出発、と思ったら、数千円の意外な金額を要求されました。「へ?」と思って確認すると、「お菓子を食べましたよね?」と。

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 相方と顔を見合わせ、私たちは思わず「あーやっちまった...」と落胆。実は昨晩、ホテル部屋のテレビの上に置かれていたカゴのなかにあったお菓子をみつけ、「これ、明日の移動中に食べようか」と言ってカバンに入れたのでありました。ここは海外です。しかも普通のホテルです。当然有料ですよねそんなの...。

 でも、思わずサービスかと思ってしまうような置きかただったんですよ...。と言い訳。海外とか国内とか関係なく、そういう無料サービスの多い、ある種のホテルに慣れすぎてしまっているということを露呈してしまったエピソードでした。ああ、情けない。

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大都会から大平原へ

 予定通り7時半過ぎに出発。車窓には、通勤ラッシュで賑わうイスタンブルの街並みが流れていきます。イスタンブルは人口1,700万人の都市です。東京都よりも多いわけですから、そりゃ朝は混雑します。中心部へと流入する車の渋滞を横目に、私たちは高速道路に乗って郊外へ。トルコの大手新聞社やCNNのトルコ局があったりと、ここが首都でないというのが不思議な気さえします。

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 出発して1時間もすると、高速道路の周囲は大平原に。トウモロコシや小麦畑が広がります。さらに走ると左側はマルマラ海、右側は山並みという景色にすっかり様変わり。「テキルダー」のサービスエリアで休憩です。トルコのサービスエリアのトイレは大抵が有料です。ここも0.5YTL(約43円)が必要でした。その、トイレ利用料を取るために人を1人おじさんを配置しているあたりが、何ともほのぼのした感じでした。もしその人が、派遣社員とかバイトとかだったら萎えますけど。

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 サービスエリアで買った、バッグスバニーが描かれたトルコ語の野菜ジュースを飲みながら、再び西へと進みます。車窓の景色はどんどん雄大に。ところどころにポツンと住宅が立ち並ぶエリアがあって、そこには必ず3本の携帯電話用アンテナがあるという風景が繰り返されます。次の目的地は港町「ゲリボル」。そこから船でダーダネルス海峡を渡ってラプセキ、チャナッカレへ、そして神話の幻が実在したという街「トロイ」へと向かう予定です。

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お昼は焼きサバ定食?

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ゲリボル港(チャナッカレ県ゲリボル)

 お昼ちょうどにゲリボルに到着。イスタンブルからの距離は200キロくらいです。やはり港町、潮の香りが漂います。朝食を食べてから、バスに乗って移動しただけで、もうお昼ご飯?という気もしましたが、やっぱり食べないとね。ランチコースをいただきました。生野菜をオリーブオイルであえたものとスープ、そして焼きサバとご飯。最後にフルーツです。

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 やっぱりどれもオリーブオイルの味が強い。しかしここで助っ人が。同席していた日本人の方のなかにポン酢しょうゆを持っている人が。「どうぞどうぞ」仰るのでちょこっといただきます。おお!油っこいサバが一気にさわやかに。やっぱり日本人は醤油ですね。
 そしてフルーツにはナイフが添えられています。自分で剥いて食べろと...。なかなかワイルドです。

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風に吹かれながら異文化を考察

 お昼を食べ終わったら船に乗ってダーダネルス海峡を渡ります。ヨーロッパとアジアを隔てる海峡ですので、かなりの距離があるのかと思ったらそうでもなく、最も細い部分はなんとたったの1.5キロ。ラプセキまで30分の船旅です。フェリーには溢れんばかりに車が積まれています。大型観光バスは船が揺れるたびに大揺れです。勢い余って海に落ちたりしそうな勢いです。細い海峡ですが、大きなタンカーが行き交う様子も見えます。

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 2階からデッキを見下ろすとたくさんの外国人。みんなやはり目的はトロイなのかなと思いつつ、ふと周囲を見ると、私たちを含めて日本人はみんななぜか2階に居ました。日本人はその、いかにも西洋なデッキに溶け込む勇気が無いのか、高いところが好きなのか...。

 たぶん、前者でしょうね。それにしても西洋の人たちは、どう考えても暑いとはもう言えない気候のなかで、かなり強い潮風に吹かれながらも、ノースリーブで平気なんでしょうかね。相方に英語で聞いてもらおうかと思いましたが、そもそもノースリーブは和製英語...。そうこうしている間に船はラプセキに到着です。では、神話の伝説の地へ。(コラムを挟んで#03へつづく)

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コラム・トルコ人が日本を好きな理由

きっかけは遭難救助

 トルコは親日国家という話をよく聞きます。今回の旅でガイドをしてくれたボラさんに、そのことについて聞いてみました。

 時は1890(M23)年、日本に訪れたトルコ軍艦エルトゥールル号が帰る際に暴風雨に見舞われ、和歌山県串本町で遭難するという事故が発生しました。500人以上が亡くなるという大事故だったのですが、地元の人々の手によって生存者は看護され、貧しい村であったにもかかわらず、非常食までも使って食べ物を分け与えたのでした。このニュースは、トルコに日本の存在を大きく示すものとなりました。

 1974(S49)年には遭難現場付近に「トルコ記念館」が建設され、エルトゥール号の模型やトルコから寄贈された品が展示されています。5年に1度慰霊祭が行われていて、次回は2011(H23)年に開催されます。そしてこの話は、トルコの教科書にずっと載っているのです。

優しい国「日本」から強い国「日本」へ

 このエルトゥールル号遭難にまつわる美談で、トルコの人々は日本という国を意識し始めたところにさらに大きな出来事が起きます。

 トルコはその頃、ずっとロシアから狙われていました。ロシアは南下して、地中海の海を欲しがっていていたのです。しかしトルコにとってロシアは強敵で、歯が立つ相手ではありませんでした。ここはアジアの西端。同じように東端でもロシアに狙われていたのが日本でした。

 トルコ人は日本に対して親近感を持ってはいたものの、東の小国だと認識していました。しかし、日露戦争で日本はロシアに勝利します。このニュースはトルコの人々に衝撃を与え、あのロシアを叩いてくれたということで、日本は小さいのに強くて、そして優しい国という印象が根付いたのです。

 当時、トルコへのニュースは全てフランス経由だったので、トルコでの日本の呼び名は「JAPON」。トルコのスルタン(王)には明治天皇から勲章が贈られていますし、その逆もあり、日本とトルコの友好関係は築かれたのでした。

たくさんの共通点・おしりも一緒?

 また、トルコ人と日本人には意外な共通点も。トルコ人は日本人と同じように「恥の文化」を持っていて、遠慮もしますし、イエスかノーかをハッキリ言わないこともあるのだそうです。さらにはトルコ語と日本語と文法が似ているとのこと。

 トルコで日本語学科がある大学は「チャナッカレ大学」「3月18日大学」「アンカラ大学」の3つ。そのうちアンカラ大学は、大阪大学や一橋大学とも姉妹提携をしていて交流があるのだそうです。また「ヤバン」=「野蛮」など、全く同じ単語もあり、シルクロードを経由して、アジアの端から端まで伝わったものだと言われています。

 心情や言葉以外にも、家で靴を脱ぐ、じゅうたんを敷く、ふとんで寝る、ちゃぶ台でご飯を食べる、そして蒙古斑があるという共通点があり、トルコの人は日本を身近に感じているのだそうです。

義理人情と実際のところ

 トルコは、エルトゥールル号遭難救助の恩返しをしてくれたこともあります。1985(S60)年に発生したイラン・イラク戦争で、イランに住んでいた日本人がテヘランに取り残されてしまった際、日本政府はオロオロして救援機が出せずにいると、なぜか2機のトルコ航空の飛行機がテヘランにやってきて、日本人全員を助けてくれたのです。トルコ人の救出よりも先にです。さらには湾岸戦争のときにも、トルコはチャーター便を出してくれています。

 しかし、実際には多くのトルコ人は日本人そのものことはよく知らないそうです。教科書では習うのに実際には見かけない。だからこそ逆に興味があるようで、私たちが首都のアンカラの夜の街を歩いていると、「日本人?日本人?」「こんにちは、こんにちは」とよく声をかけられました。たぶん私たちも、日本でトルコ人を見かけたら「どんどるまん、どんどるまん」と、知ってる単語をとりあえず言うと思いますので、同じような反応ですね...。でも、ドンドルマはこんにちはじゃなくて、トルコアイスという意味ですが。

 実際、私たちもトルコに行くまでは、トルコという国をそれほどまでに意識したことはありませんでした。でも、既にこれだけの良好な関係を築いていて似たもの同士。アジアの西端と東端なのに、不思議です。

ゲリボル港(チャナッカレ県ゲリボル)


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