02.ぶらり中部 あまのじゃくツアースペシャル

竜神に身を捧げた長者の娘-麻那姫湖

記事公開日:2010年7月8日

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★酷道の手前には金色の姫様が
★竜神のもとに自ら旅立った
★毎年姫を弔う祭りを...今は?

 さて、今回の岐阜県と福井県の県境探訪は、日帰りなのでそろそろ帰らないといけません。福井へやってくるときは、郡上市白鳥町から油坂峠の新しい無料の高速道路、中部縦貫道を通ってきたわけですが、それ以外にルートは無いかと、ナビゲーションに探索させてみます。

 そこで表示された道路の先にあったのは、悲しい伝説でした。二重の意味で...。

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こんなところに懐かしの名古屋企業ロゴが

 福井県大野市から岐阜県へと帰るのですが、その前に。名古屋っ子として一ヶ所寄っておきたいところがありました。いやこの場合は、名古屋っ子というよりも、瀬戸市民としてと言った方が良いかもしれません。

 かつて、瀬戸市や多治見市などに複数の衣料品店をチェーン展開していた、名古屋市に本社を置く「エビスヤ」という会社があります。特に瀬戸市には複数の店舗を構え、最盛期には、宮前にエビスヤショッピングセンターを持ち、地下にはカネスエというスーパーが入っているほどの規模でした。

 しかし、近年では瀬戸市の店舗は全て閉鎖され、多治見市のショッピングセンターにテナントとしてその名を残している程度でした。ところがです。この大野市にはその「エビスヤ」ロゴを大々的に掲げたショッピングセンターがあるのです。

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 それは、もショッピングモールVIOです。スーパーマーケット「かじ惣」をはじめ、ダイソーやミスタードーナツが入っており、大野市街からは外れているものの、油坂峠道路から続く国道158号線沿いにあり、逆に市街地よりも賑わっているほどです。

 実は、このショッピングモールには3年半前に訪れたことがあり、その時は、大々的に掲げられた「エビスヤ」ロゴと、かなりの広さを誇るそのエビスヤの売り場面積に、思わず感慨深くなってしまったのですが...。

 ええ、知っていましたよ。わかってはいました。でも、ロゴがあったから、ひょっとしたら今もあるんじゃないかと...淡い期待を抱いてしまっていたんです。そう、エビスヤは2年前に破綻しています。現在、エビスヤの跡地650坪はテナント募集中となっています。そのうち、このロゴも見られなくなってしまう気もしますが、2年経ってもそのままということは...。

 エビスヤロゴを見て、懐かしくも寂しい気分を感じたところで、帰りましょう...。

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薄々わかっていはいましたけど...

 先ほども書きましたが、行きの油坂峠道路とは違うルートで帰れないかと、カーナビに相談してみます。まずは、ありきたりな高速道路経由、つまり滋賀県の北陸自動車道へと周るルートを提案してきたので、それは却下です。

 すると、ナビは自信なさそうに、いつもとは明らかに違う色で、もうひとつの候補を挙げてきました。そう、それは国道157号線で本巣市へと帰るルートです。国道157号...そう、あの有名な温見峠です。

 温見峠は、国道ならぬ酷道と呼ばれ、その手のマニアの間では有名な道路です。酷道を走る様子を撮影した「酷道動画」のなかでも、大変人気のある路線で、私も動画サイトで思わず見入ってしまう路線です。

 どれくらいすごいのかといいますと、大型車なんてとんでもない、普通車でもすれ違い困難は当たり前、舗装もいい加減、ガードレールなど無く、路肩には「危険・落ちたら死ぬ!!」という看板が設置してあるほどの道路なのです。

 助手席の相方は「本当に行くの?」と怪訝な顔。もちろん、この時は4月末にもかかわらず、冬季通行止め真っ只中。この峠を越えて岐阜県に抜けることはできません。しかし、温見峠の手前に、悲しい伝説のある湖がありますので、そこまで行ってみます。

ダムに到着しました

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 ショッピングセンターvioから車を走らせること1時間。真名川ダムに到着しました。そこまでやってくる間に、何度も「この先冬季通行止」の文字を見せ付けられ、対向車はダム関係者と見られる1台とすれ違ったのみです。もちろん、同じ方向に走る車は1台も見かけませんでした。

 まさに静寂の世界です。ダムによって形成された麻那姫湖の湖面も揺らぐことはなく、水鳥が泳ぐ跡が見えるのみです。

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悲しい伝説とは

 1977(S52)年に完成したこの真名川ダムによって生れた人造湖の割に「麻那姫湖」という、それらしい名前がついているのにはワケがあります。それは、この湖のほとりに立つ、金色の像となっている、麻那姫の伝説から名付けられているからです。伝説とは...。

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 今から1,200年ほど前のある年のこと、この地方は大干ばつに見舞われ、村人は飢えに苦しんでいました。村の長者だった十文字は、村人たちを何とか救いたいと考えていたのですが、良い案は浮かびませんでした。

 するとある日、枕元に女神が現れて「この干ばつは竜神の怒りによるものです。そなたの娘の麻那姫を竜神に捧げるならば雨が降るでしょう」とのお告げがあったのです。

 麻那姫は一人娘。もちろん、長者はそんなことはできないと悩むのですが...。その話を知った麻那姫は、自らその日のうちに、竜神の住む川へと自ら、身を沈めてしまいます。

 すると、空から滝のように雨が降ってきたというのです。姫は、「人々の苦しみを救えるのならば、私は喜んで竜神のもとに行きます」という言葉を残していったと言います。

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 この地にそんな伝説が残されているとは...。1992(H4)年に建てられたという、麻那姫の像を見ていると、穏やかな表情の奥で、「自らを犠牲にしてでも、他人の役に立てるか」という問いかけを自分にされているようで、思わずゴクリと唾を飲んでしまいました。

 ただ、ここでもうひとつ...。

 村人たちは、その麻那姫を慕い、毎年姫を弔う祭を行ったそうなのですが、その祭について「行ったと言い伝えられています」という伝聞になっているのです。

 確かに、1,200年も前のことですから、その祭が今も続いていないのは、不思議なことではないかもしれません。しかしです。言い伝えになってしまうほどの昔に、その祭が終わってしまっているということに、寂しさを禁じ得ませんでした。

 それはひょっとして、今はダムの底になっている村での話...なのかな。

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今も大切にされているのでしょう

 とはいえ、今もこうやって麻那姫の金色の像が残され、麻那姫は、静寂に包まれた真名川を見守っています。毎年冬場は4ヶ月間、雪除けが設けられるほどに、地元の方々は麻那姫像を大切にしてるとのことです。ちなみに、金色は本物の金箔だそうです。

 ひょっとすると、相手が竜神でなくとも、命を落とすわけではなくとも、娘を家から送り出す父親の気持ちというのは、この十文字長者と共通するものがあるのかもしれない...と思ったりして。

 そして改めて、自分がどれだけ周りの人や他人の幸せに寄与できるか。もちろん、自分も幸せになりたいですが「情けは人の為ならず」ですよね。もっと広い視野で、自分の人生も見据えていかなきゃ行かないな...と。焦ってはいけないけれども、行動する時はその日に即動かなければいけない!と、麻那姫に諭された気がしました。

 では、岐阜県に帰りましょう。もちろん、温見峠は通行止めなので、素直に、やってきた油坂峠で帰ります。

春の里「麻那姫像」(福井・大野市)

大野市 麻那姫像

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