03.ぶらり関西 あまのじゃくツアースペシャル

太陽の塔が今もそこにある理由って...万博記念公園

記事公開日:2010年4月5日

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★太陽の塔...こんなに大きいんだ
★初めて来た場所とは思えなかった
★70年代が現代に教えてくれること

 愛知県犬山市の日本モンキーパークで、大阪万博の1年前に作られたという「若い太陽の塔」が7年ぶりに公開され、この記事「7年ぶりに公開・若い太陽の塔-日本モンキーパーク」にてレポートしました。

 故・岡本太郎氏の言葉によると、若い太陽には、生まれ変わる生命、バイタリティ、濃い青春の彩といった想いがこめられていたわけですが、それでは、その翌年に作られた、太陽の塔には何があるのかが気になり、私は初めて、今から40年前に開催された大阪万博の会場跡地に訪れてみました。そこには妙な懐かしさが。

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初めて来たのに...

 大阪万博こと、「日本万国博覧会」は、1970(S45)年3月14日から9月13日まで開催された、日本で初めての国際博覧会でした。私はこれまで、資料などでその様子を見たことはあったのですが、記憶が無いどころか、生れるよりも何年も前のことなので、そこまで思い入れも無く、万博記念公園にも訪れたことはありませんでした。

 大阪モノレールに乗って万博記念公園駅で降りると、もう、いきなり目に入ってくるんですね、太陽の塔。この時点で、犬山の「若い太陽の塔」との大きさの違いは歴然。その迫力に、駅から見た時点で圧倒されました。

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エキスポランドの跡地が...

 万博記念公園駅は、公園の中央部にありまして、東西に大阪モノレールと中国自動車道が走っています。その北側には、太陽の塔のある自然文化園と日本庭園、一方南側には、スポーツ施設と...そう、昨年倒産して閉園となった遊園地「エキスポランド」がありました。

 エキスポランドの跡地では、3月27日から来年3月31日まで「ファームエキスポ」という、農業体験施設が期間限定でオープンしていました。そのキャッチフレーズが...。

「今こそ、農と言える日本へ。」

 ...。では、足を自然文化園へと進めましょう。

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やっぱり...相当大きいぞ

 桜のシーズンということもあり、平日にもかかわらず多くの人が訪れており、自然文化園の中央口は活気がありました。自然文化園と日本庭園の入場料は共通で大人250円(小中学生70円)です。

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 中央ゲートをくぐると、太陽の塔は目の前です。

 一時期は解体も検討されたという太陽の塔。その高さはなんと65メートル。説明版ではアメリカの自由の女神47メートルと比べられており、それよりも18メートルも高いということになります。この前見た、若い太陽の塔の高さが26メートルでしたから、なんと倍以上ということになります。

 若い太陽の塔は、たった1年で、倍以上に成長したということでしょうか。

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4つの顔を持つ太陽の塔

 若い太陽の塔では、顔がてっぺんにありました。この太陽の塔にも同じ顔があるのですが、それはてっぺんではなく、中央部にあります。そしててっぺんにも顔があります。

 この太陽の塔には4つの顔があるといいます。

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 中央部が「太陽の顔」。やはりそうですね。若い太陽の塔では、この顔から金色の炎が放射されていました。しかし太陽の塔から炎は感じられません。若さから落ち着きに変ったということなのでしょうか。

 そして頂部が「黄金の顔」。万博開催当時はここには、理論上球切れしないというキセノンランプが設置され、顔の目から光を放っていたそうです。それ以降、愛・地球博関連のイベント開催時以外に光ったことは無かったのですが、今年は万博開催40周年を記念して、日没後にLEDが点灯されています。

 もう一つの顔は、後ろにあるとのことなので、背後に回ってみます。そういえば、太陽の塔の後ろ側ってどうなってるんだろう...。

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 太陽の塔の背中に描かれているのが3つ目の太陽、「黒い太陽の顔」。目つきも鋭く、黒い太陽のまわりには黒い炎が燃え上がっています。若干、恐ろしささえ感じます。

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 その恐ろしさとは対照的に、背後や斜め後ろから太陽の塔を見ると、まるで短い手を精一杯頑張って拡げるなにか生き物のようにも見え、その様子には、愛らしささえ感じてしまいます。

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太陽の塔って何だったっけ?

 そもそも、太陽の塔とは万博においてどういう存在だったのでしょうか。

 太陽の塔は、テーマ館のシンボルとして建てられたものですが、万博期間中はそれ自体もパビリオンとして、内部に入ることができ、そこには「生命の樹」という高さ45メートルのモニュメントがあったとのこと、数年前、数回公開されたそうですが、現在では見ることは出来ません。

 そして地下にも空間があり、そこに4つ目の顔「地底の太陽」があったとのことですが、現在は行方不明になってしまっています。

 今ではほんの一部しか残されていませんが、当時は太陽の塔のある太陽の広場からお祭り広場にかけて、鉄骨製の「大屋根」が設置されていて、太陽の塔はそこから上空に突き出る形で存在していました。大屋根は1977(S52)年7月から1年かけて解体撤去されたとのこと。

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太陽の塔が意味するものとは

 太陽の塔とは結局、何なのでしょうか。その名の由来は、大屋根から空に突き出している様子が、石原慎太郎氏の「太陽の季節」の場面を想像させたことからと言われています。ということは、この太陽の塔ができる1年前に、若い太陽の塔を作った際には、計画はもう出来ていたということでしょうね。まあ、それは当然でしょう。

 てっぺんの黄金の顔は「未来」、胴体の顔は「現在」、背中の黒い顔は「過去」。それを自分のなかでどう理解したらいいのだろうか...と、そんなことを考えながら、公園内を歩いてみます。桜並木と芝生の広場、初めてやってきた場所なのに、この妙な感覚は一体何なのだろう。

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 と、若干感傷的にもなってきたところで、目の前に現れたテントのイラストに、思わずふきだしてしまいました。

 テントに描かれていたのは、何ともカワイくデフォルメされた太陽の塔。これも、アリか...。

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もっとゆっくり時間をかけよう

 そのテントの先には、万博開催時に「鉄鋼館」として使われた建物があります。現在は「EXPO'70パビリオン」となり、この3月13日にリニューアルオープンし、博覧会の記念館として当時の様々なものが展示されているとのこと。

 本当は入りたかったのですが、どうしてもスケジュールの都合でこの日は見ることができませんでした。今度はもっとゆっくりと時間をかけて見に来ようと心に決めたのでした。

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思い出したのはきっと70年代の香り

 EXPO'70パビリオンの横を通りつつ、中央口へと戻ります。

 初めて来た場所なのに懐かしさを感じる...。では、その懐かしさとは何なのかと自分に問いかけるとそれは、愛・地球博の長久手会場が、万博会場になる前まで持っていた空気がここにあったということでした。

 大阪万博から数えて35年後、2005(H17)年に開催された愛・地球博。メインの長久手会場となった場所にはかつて、愛知青少年公園という公園が存在していました。そうです。あの公園の雰囲気にここはそっくりなのです。そして当時、愛知青少年公園には、この大阪万博にあった「ロボット館」がそっくりそのまま移設されていました。

 物理的には、建物の形、公園の設計、そして太陽の塔ということになりますが、確実にそれは物理的なものだけではなく、ここには今も、70年代の空気が残ってるんだということに気づかされました。

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あの頃は良かったと言ったら終わり

 私の記憶のなかに、高度経済成長の70年代というのは、わずか数年しかありません。でも、そのインパクトは強烈で、その当時の勢いといいますか、未来への希望、光り輝く明日、毎日が進歩という世の中の雰囲気を、当時幼児だったにもかかわらず、今もはっきりと記憶しています。

 頑張れば明るい未来がある。

 でもそれって、70年代に限ったことなのでしょうか。

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 過去を踏まえ、現在を踏みしめ、未来へと踏み出す。その3つの顔を持つ太陽の塔が示す道標は、70年代に限らず、普遍的なもののはずです。この70年代の空気を感じ「あの頃は良かった」と、言ったらそれはおしまいなのではないでしょうか。

 私にとって70年代は、成長著しい未来の明るい日本という国に、ちょうど降り立った時ということになります。生れたばかりの自分にとって、見るもの全てが新しく、刺激的で、どんな未来が待っているのかと、ワクワク感に毎日が満ち溢れていました。

 でも、今こそ、それと変らないくらい、未来に希望を持つ必要があるのではないでしょうか。80年代、90年代、そして2000年代と時は流れ、確かに日本の未来は、統計的に見れば暗いかもしれません。だからと言って、背中を黒い太陽で照らし続けてばかりいたら、その先に何があるのでしょう。

 今こそ、誰もが太陽となって、未来を自分の力で輝かさなければならない、それが2010年代なのだと。太陽の塔が今もここにある理由は、70年代を懐かしむためではなくて、70年代の頃の気持ちを忘れるなと、きっとそういうことなんだろうなぁ。

関連情報

日本万国博覧会記念機構

万博記念公園・太陽の塔(大阪・吹田市)MAP

大阪 太陽の塔

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