03.ぶらり関西 あまのじゃくツアースペシャル

お古の国宝・開国で暗殺...未来への扉-彦根城(2)

記事公開日:2009年5月5日

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★彦根城はリサイクル品だらけ
★井伊直弼と開国150年祭ですか
★しまさこにゃんは敵ではないらしい

 前回、ゆるキャラ界のトップに君臨するひこにゃんをレポートしましたが、もちろん、彦根城自体もしっかりと見てきましたので、今回はそのあたりのお話をしようと思います。

 わが国で、安土桃山時代以降に建造された天守閣が昔のまま残っているお城は12。そのうち、松本城、犬山城、姫路城、そしてこの彦根城の天守は「国宝」となっています。

 彦根城は徳川家康の命により1604(慶長9)年に着工され、その2年後には天守が完成しています。しかし、お城全てが完成するまでには20年ほどの時間がかかっています。なぜ天守だけはすぐに完成したのか、そこには大きな理由がありました。

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すごい急坂

 彦根城の天守の周りには「内濠」があって、その周囲には「中濠」があり、水面には国宝である天守や城下町が映りこみます。内濠と中濠の間にはかつての庭園が残されていたり、高校や中学校、さらには野球場があったりと、現在もまるでお城を中心とした城下町なのではないかといった風情が漂います。

 内濠を大手橋で渡って大手門から入り、地蔵堂を越えると券売所があります。

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 博物館とのセット券を買って、入場するとビックリ。いきなりものすごい急坂が現れます。「大手坂」です。まあ...と言っても登山とかに比べたら全然なだらかなんですけどね。ただ、上りきったところでおにぎりを落としたら、きっと転がっていってしまうレベルです。

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リサイクルその1

 大手坂を上りきると、右手に広がる空間が「鐘の丸」です。築城時にはここに鐘楼があったとのこと。しかし、鐘の音が北に届かず太鼓丸へと移築され、その後はここに大広間があったのですが、それらは1732(享保17)年に彦根藩江戸屋敷へと転用されたそうです。

 そして左手にあるのが、重要文化財の「天秤櫓」です。まるで天秤のように左右対称な形をしていることからその名が付き、この形式は彦根城以外のお城には見られないものだそうです。

 彦根城築城にあたってオリジナリティを追求した...と言いたいところなのですが、この天秤櫓は、豊臣秀吉が築城した長浜城の大手門を移築したもので、リサイクル品なのです。

 彦根藩は転用が好きみたいで...リサイクルはこれだけにはとどまりません。

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リサイクルその2

 天秤櫓から天守へと足を進めると、鐘の音が北のほうに届かなかったことを改善するために移された「時報鐘」があります。音が届かないからと鐘の場所を変えることは許されても、遠くまで電波が届かないからとアンテナを勝手に変えるのはいけませんね。あ、それは彦根じゃなくて近江八幡の話でしたね。

 続いて登場するのが、こちらも重要文化財の「太鼓門櫓」。本丸の表口を固める櫓門です。実はこれもリサイクル品。どこの城から移築されたのかさえ不明という、ちょっとアングラな香りさえ漂う一品です。

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国宝の次は...

 太鼓門櫓を越えると、着見台と国宝である天守が現れます。するとその横で、特別展が開かれていました。そのタイトルは「彦根城を世界遺産に」。

 展示内容を見ますと、彦根城はもう少しで世界遺産になる...みたいな錯覚を覚えましたが、実状はかなり厳しいようです。さすがにそれはゆるキャラパワーではどうにもならない。

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まさかのリサイクルその3

 では、いよいよ国宝の天守へと上ってみます。着工からわずか2年で完成したという天守。ということはまさか...そう、そのまさかです。実はこの天守も、大津城の天守を移築したものなのです。

 よほど、早い築城を望んだのでしょうかね...。ということは、この天守も太鼓門櫓も天秤櫓も、実際はもっと古い建造物だということですよね。

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 天守は3階3重となっていて、もちろん当時のままの姿であり、観光用のお城ではないので、中の階段は急で、足を滑らせたらそれはもう大変。先ほどの大手坂なんて比じゃありません。かつてレポートした松本城と同じように、鉄砲狭間や矢狭間などが生々しいです。

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 そして3階まで上ると、金網越しではありますが、彦根市街や琵琶湖を望むことができます。天守自体は小ぶりですが、そもそも高い位置にあるため、絶景です。

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地震、雷...それ以外は?

 ちなみに、先ほど生々しいという表現をしましたが、実は彦根城は一度も戦を経験していません。さらに江戸時代に入っても、藩主が天守にいることはほとんど無く、天守には歴代藩主の甲冑などが収納されていたとのこと。観光用とまでは言いませんが、そもそも実用されたお城ではなかったのですね。

 むしろ、明治維新後に壊されるか壊されないか...が、彦根城にとって唯一の戦いであったということですね。

 では、天守から西の丸を下って、黒門から内濠の外へと出てみます。その先には平和な江戸時代を思わせるものがあります。

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 黒門の先には、彦根藩4代藩主井伊直興によって建立された、彦根藩の下屋敷「槻御殿(けやきごてん)」があり、現在は建物部分を「楽々園」、庭園部分を「玄宮園」と呼んでいます。

 楽々園の御書院はドラマや映画の撮影にもよく使われるとのこと。気になるのは、その書院の奥にある「地震の間」と「雷の間」です。地震の間は、地震の際に逃げ込むための部屋で、なんと耐震構造になっているのだそうです。

 でもさすがに、地震、雷ときても、「火事の間」は無いですね。火事の場合は外へ逃げないと...。ちなみに「オヤジの間」もありません。ここで生まれ、幼少期をここで過ごした井伊直弼は、オヤジに怒られたりしたのでしょうか...。いや、彼は十四男で当初は他家に養子に行く身であったほどですから、父親と触れ合うこと自体が無かったかもしれませんね。

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大名庭園を歩く

 楽々園と合わせて、国の名勝に指定されている旧大名庭園の「玄宮園」も見事です。大池泉回遊式日本庭園で、中国の宮廷に付属した庭園を「玄宮」と言ったことから命名されたと伝えられています。

 江戸時代初期の大名庭園で、遠くから眺めるだけではなく、ある程度は自由に庭園内を歩き回ることができるのも楽しい。こういう風景に溶け込むと、日本に生まれて良かったと実感できます。でもそれは、気候の良いときだけかな。真夏や真冬は眺めるだけがいいかも。

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博物館で井伊家を体感

 せっかくなので、彦根城博物館にも入ってみます。代々彦根藩主だった井伊家に伝わる美術工芸品や古文書などが展示されているほか、能舞台や茶室、庭園も再現されています。

 現在は「井伊直弼と開国150年祭」に合わせ企画展示も行われています。私たちが訪れたときには、「井伊直弼の甲冑と刀剣」展が行われていて、ひこにゃんの兜の由来が実物で堪能できました。

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井伊直弼と開国150年祭

 彦根城では、2008(H20)年6月4日から2010(H22)年3月まで、「井伊直弼と開国150年祭」が開催されています。彦根藩は代々井伊家の人物が藩主を務めてきたのですが、今回のイベントでクローズアップされているのは井伊直弼。城内には銅像もあります。井伊直弼とは...。

 先ほど紹介した楽々園で生まれた直弼は、11代藩主直中の十四男で、兄で12代藩主直亮の養子となります。その後13代藩主となり、江戸幕府の大老へと出世します。そこで行ったのが「安政の大獄」。

 それは、それまでの鎖国を打ち破り、日米就航通商条約に調印し開国し、それに反対したものは全て弾圧というものでした。

 しかし直弼は、桜田門外の変で暗殺され、この弾圧は終わるのです。

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 暗殺という最後を迎えているので、ダークな印象がありますが、もちろんこの彦根では英雄的な扱いを受けていて、今回の井伊直弼と開国150年祭を記念したグッズには、ひこにゃんのイラストとともに「Gateway to the future」の文字が。

 未来への扉ですか。

 安政の大獄で隠居させられた側のお膝元としては、はいはい鎖国擁護ですみませんね、って感じ。

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ぶらり城下町

 彦根城を後にして、大手前から京橋を渡ります。相方の希望で、クラブハリエ(CLUB HARIE)でバームクーヘンを買いつつ、かつては城下町として築城時に整備された街の跡地に、江戸時代の街並みを再現する計画が1985(S60)年に持ち上がり、1999(H11)年に完成した「夢京橋キャッスルロード」へと向かいます。

 近江牛を出す飲食店が多い印象がありますが、やはりここ最近はひこにゃんブームもあり、隣接する四番町スクエアにはひこにゃんの像や、キャラクターグッズショップも。

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しまさこにゃん

 するとそこで、「しまさこにゃん」なるキャラクターグッズを発見。しまさこって...まさか島左近?

 しまさこにゃんとは、ひこね「街の駅」戦国丸のマスコットキャラクターで、エフエムひこねのパーソナリティ山本ひまりさんが描いたもの。さらには島左近の主君である石田三成をモデルとした「いしだみつにゃん」もいるではありませんか。

 それにしてもなぜ島左近なのかと思ったら、作者が島左近を好きだったからとのこと。

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「島左近なんて渋いよね」と相方に振ると、実は島左近は戦国系腐女子には人気とのこと。マジですか。

 ちなみに相方は「やっぱり森蘭丸でしょ」などと言い出す始末。

 そうか、最近は戦国武将もそういう対象になってるのか...。

 と言いつつ私は、ひこにゃんグッズなんかをいっぱい手にして、彦根の町を後にしようとしてるわけですから、方向性は違うけど、やっぱり同類なのかしらん。

 でもやっぱり、ここは関西と言うことを実感しました。私たちはどう考えたって、石田三成や井伊直弼のことが好きとか、親しみを感じるとか、そういう対象にならない。

関連情報

ひこにゃん特設サイト(井伊直弼と開国150年祭・彦根市)
彦根城博物館

彦根城(滋賀・彦根市)MAP

彦根城

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