13.大阪の今 あまのじゃくツアースペシャル

ぼくのわたしのチンチン電車-阪堺電車阪堺線

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 前回に続いて、大阪・阪堺チンチン電車紀行の2回目です。

 前回は天王寺から伸びる上町線に乗り、大都会から下町の風景に一変する風情を楽しみました。続く今回は、阪堺電車のメイン路線である全長14.1キロの「阪堺線」に乗ってみます。その名のとおり大阪市と堺市を結んでいるのですが、ずっと南海電鉄と並行しています。そしてやはり、路面電車になったり専用軌道になったりを繰り返します。

 沿線には下町風情あふれる景色が続きますが、それは終点近くになると、趣を大きく変えます。そう、日本屈指の労働者街となっているあの街を通るのです。

 それでは、阪堺線の南端にあたる堺市西区の浜寺駅前駅から出発です。

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レトロの競演

 阪堺電車の浜寺駅前駅は、南海本線浜寺公園駅の近くにあります。駅前駅と言うだけあって、徒歩で乗り換えが可能です。今回、チンチン電車に懐かしさを求めてやってきたわけですが、南海も負けてはいません。

 南海本線の浜寺公園駅の駅舎は昭和どころではありません。1907(M40)年に建てられたもので、日本銀行本店や中央停車場(現在の東京駅)を設計したことで知られる辰野金吾氏が設計しており、登録有形文化財となっています。

 洋風でモダンな南海・浜寺公園駅と、木造でトタンな阪堺・浜寺駅前駅。見事なレトロの競演です。

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南海と阪堺の微妙な関係

 この阪堺線は、南端の浜寺駅前駅で南海本線と接続されているだけではなく、住吉鳥居前駅で南海の住吉大社駅と、北端のひとつ手前の南霞町駅で南海の新今宮駅と接続されていて、南海電鉄と並行するように走っています。公共交通の充実ぶりに思わず目を見張ってしまうのですが、さらには、この阪堺電車(阪堺電気軌道)自体が、以前は南海の路線だったというのですから驚きです。

 阪堺線の歴史を辿りますと、1911(M44)年12月に一部区間が開通し、翌年には既に現在の形となっています。当時は旧阪堺電気軌道が運行していたのですが、並行する南海と激しい競争の末、わずか数年後の1915(T4)年6月に合併してしまっているのです。

 戦時中、南海は近鉄と合併させられますが、戦後は再び南海の路線となります。そして1980(S55)年に65年の時空を超えて、阪堺電車は南海から分離独立することになるのです。

 といっても、切り捨てられたわけではなく、分社化された現在も、南海の連結子会社となっています。一見、親会社と客を奪い合う子会社という構図に見えますが、きっと、棲み分けがちゃんと出来ているからこそ、存在し続けているのでしょう。

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やってきたのはLED

 そんな郷愁漂う風景の駅舎に停まっている車両は、意外にも行き先表示がLEDの新型車両。東急車輌による1997(H9)年製のものです。やはり、昭和30年代に作られた車両とは受ける印象が全く違います。

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 浜寺駅前駅を出発するとしばらくは、路地の間を走っていきます。駅周辺には「倒産整理商品店」という、気になる看板を掲げる商店があったりします。そして土居川を越えて御陵前駅の手前で、目の前がぱーっと開けます。

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これは路面電車なのかな...

 御陵前駅から綾野町駅までの区間は、かなりの道幅となっています。片側3車線の車道の間に、複線の阪堺線があり、車道と線路の間には生け垣も設置されています。一見すると専用軌道にも見えてしまうのですが、交差点では右折車輌が線路に入ってきます。もちろんここも共用軌道の路面電車です。

 線路はまっすぐに伸びていて、さすがにこの区間はスピードアップ!...とはいきません。スピードがのってくる頃には、もう次の駅です。

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ここで料金アップ

 線路がグネっと曲がって、再び路地に入りしばらくすると、まるで渡し舟の待合所のような大和川駅が現れ、大和川を渡ります。ほとんどの区間が黄色信号の阪堺線も、ここだけは青信号です。大和川を渡る際、両端に見えるのは南海本線と南海高野線。南海に挟まれて阪堺は今日も川を渡ります。

 大和川を越えると、堺市から大阪市に。ここで市をまたぐことになるので、料金は市内200円から、市外290円にアップします。といっても、整理券や何かがあるわけではないので、ワンマン運転士さんの記憶力と、乗客の良心次第です。

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本社で運転士さん交代

 大和川を渡ると、阪堺電気軌道の本社と車庫のある我孫子道駅に到着です。ラッピング車両の多い阪堺電車ですから、車庫に並ぶ車輌は見事にカラフル。目がチカチカしてしまいそうです。

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 ここで運転士さんは交代です。

 我孫子道駅周辺には、あびこ道商店街というアーケード街があり、日中も人通りがあって賑やかです。でも、一見してシャッターを閉めているお店が多く、賑やかな割には活気は感じられません。

 そして、商店街の入口にりそな銀行の看板があるあたりが、やっぱり大阪です。

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いよいよ中心部へ...その前に

 電車は上町線と交差する住吉駅へと進んでいきます。住吉あたりからは道路の両側に高い建物が増え、車も多く行き交うようになり、赤信号となると線路の上に自動車が滞留します。線路の行く先には通天閣が見え、だんだんと中心部に向かっていることを実感するのですが...。

 西成区に入ると、その名のイメージのせいもあるのでしょうか、次第に街並みから受ける印象が変わっていきます。そして今池駅では、駅から周辺の様子を窺い知ることは出来ず、誰も乗り降りしません。

 都会の真ん中にある異空間。そこは日本最大のドヤ街「あいりん地区」です。旧釜ヶ崎。日雇い労働者たちが日本中から集まってくる街。後ほど行ってみることにします...。

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道路一本を隔てただけで...

 あいりん地区を越えると、地下鉄の動物園前駅や、南海・JRの新今宮駅とアクセスできる南霞町駅に到着です。ここは終点のひとつ手前の駅なのですが、他社線とのターミナルとなっているため、定期券発売所のひとつとなっています。

 南霞町駅からわずか900メートル弱のところには、上町線の天王寺駅前駅があり、駅周囲にはスパワールド、天王寺公園、通天閣、新世界と観光スポットが広がっています。

 道路一本を挟んで、日本最大のドヤ街と大阪屈指の観光地が向かい合っているのです。

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いよいよ終点...昭和の終点

 南霞町駅を出発すると、いよいよ終点の恵美須町駅です。この駅も地下鉄の恵美須町駅とつながっているほか、南海の今宮戎駅とも乗り換えが可能です。

 恵美須町駅構内には喫茶店があります。駅構内といっても、阪堺電車は切符の販売も改札もありませんから、自由に出入りすることが出来ます。

 それにしても、この阪堺の恵美須町駅と、地下鉄の恵美須町駅の落差がすごい。まさに近代と現代、昭和と平成の乗り継ぎ。タイムスリップ感は抜群です。

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なつかしくておもしろい

 我孫子道駅近くにあった車庫でもカラフルな阪堺の車両をたくさん見ましたが、行き交う車輌もほとんどがラッピング車両でした。なかでも、正面から見ると白地にライトのまわりが黒くデザインされている車両は、ぱっと見てパンダ。実はこれ、南紀白浜のアドベンチャーワールドの広告車両なのです。わずかな塗装で、正面にうまく特徴が表現されています。もちろん、壁面にはしっかりとパンダの写真が配されています。

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 路面電車に乗ったのは、それこそ、3年前に廃止された名鉄岐阜市内線に乗車して以来だったのですが、阪堺電車は、岐阜のようにいつまでたっても安全地帯がペイントだけで、整備されることのなかった危険なものではなく、しっかりと地に足のついた路線で、南海という重複路線があるにもかかわらず、地元の人の足という役割を担っていて、地元の方にとってもちょっとした旅情気分が味わえる、趣のある存在として親しまれている印象を受けました。

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 とはいえ、年々営業収益は右肩下がりとなっていて、毎年数パーセントの減益となっています。そこで阪堺電車では、55,200円で貸切電車という企画も行っていて、パーティや同窓会などが開けるようになっています。飲食物の持ち込みも自由とのこと。

 天王寺駅前から浜寺駅前へ一直線、折り返して我孫子道を経由して天王寺駅前へと戻る、2時間強のチンチン電車パーティ。なかなか味があります。しかも現実的な金額設定となっていますので、35人集めてチンチン電車イベントなんてことも可能です。

 もちろん、1人で借り切って、ボクだけのチンチン電車もアリでしょう。

 普通に乗るだけでも、タイムスリップ感たっぷりのチン電阪堺電車の旅でした。それでは、先ほどは通過してしまった、あいりん地区にある今池駅へと再び戻って、日本最大のドヤ街を歩いてみることにします。次回です。

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阪堺電車

取材協力

KAZ Communications

阪堺電車浜寺駅前駅(堺・西区)


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