02.ぶらり中部 あまのじゃくツアースペシャル

名古屋っ子が歴史の中心だったと実感-兼六園・金沢城

記事公開日:2002年8月11日


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▲金沢市街。駅の東側にはビルが立ち並びます。西側は田んぼ。

 金沢では料亭旅館に宿泊しました。と、なれば一番のお楽しみは食事です。その宿の食事ですが実に豪華でした。さすが料亭旅館です。金沢の郷土料理である「治部煮」を中心として、アレンジされた加賀懐石。しかも部屋食でしたのでかなりゆっくりと食べることができました。しかし、相変わらず食べるのが遅い私達。

 女中さんは何度も食べ終わったかどうか確認に来られましたが、一向に食べ終わらない私達。すみませんね、後片付けを遅らせてしまって...。それくらいボリュームもあるということです。

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 一夜明け、金沢市内に繰り出すことにしました。やはり金沢と言って真っ先に思い浮かべるものと言えば「兼六園」です。早速向かうことにします。金沢市内の主な交通機関はバスです。いくつもの路線の周遊バスを北陸鉄道が走らせており、1回200円で乗車することができます。また、1日フリー乗車券も500 円とお得なのでこれを利用することにしました。

 ところが、これは周遊バスのみで通常の路線区間のバスに乗ることはできません。しかも、私たちの宿泊した金沢駅西側のバスは対象外となっているだけでなく、実に本数が少ない。仕方なく30分ほどかけて駅まで歩きました。タクシーに乗ればいいのですけど、このあたりがケチな名古屋人根性丸出しと言いますか...。名古屋ではこういう時「テクシー」で行くと言います。この言葉は名古屋に限ったことではないようですが。

 さて北鉄の周遊バスで兼六園へ、兼六園と金沢城公園は隣り合わせになっているため、一度に行くことにしました。まずは兼六園。ここは加賀藩5代藩主前田綱紀(つなのり)から13代藩主斉泰(なりやす)までの藩主が造り上げた、「築山・林泉・廻遊式庭園」となっています。完成するまでには170年もの歳月がかかったそうです。なぜ「兼六園」と言うかといいますと、六つのすぐれた景観を兼ね備えているからだそうで、その六つとは「宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望」とのこと。水戸偕楽園、岡山後楽園と並び、日本三名園のひとつとなっています。

 この兼六園、通常は300円の入場料が必要なのですが、無料開放をしていることがたまにあります。私達が行ったこの日はちょうど無料の日だったため、とてもラッキーでした。まずは写真などでよく見る「霞ヶ池」に行ってみましょう。ここにある「徽軫灯籠(ことじとうろう)」は有名ですよね。この池は兼六園一の大きさで、面積は約5800平方m、深さは最も深いところでなんと1.5mもあるとのことです。

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▲「兼六園」です。あ、このショット、テレビで見たことある!って感じ。

 そして、この池から水を低地に引き、その高低差の圧力で噴き上げている噴水があります。全く自然の力のみで、一切電気などの力は使われていないとのこと。それは当然で、文久元年(1861)年に作られていますからね。水の高さは約3.5mにも及びます。もちろん日本最古の噴水と言われています。最初に考えた人は凄いですよね。水を噴き上げさせること自体を発明したようなものですから。

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▲日本初の噴水。水を噴き上げると綺麗と最初に思った人は凄い。

 続いては「雁行橋(かりがねばし)」。この橋は雁が夕空に列をなしている様にかたどってあります。また、石の形が亀の甲羅に似ていることから、「亀甲橋」とも言われています。この橋を渡ると長生きするとされています。そして「花見橋」からは季節によっていろいろな花を見ることができます。流れる曲水に沿って、4月は桜、5月下旬からはカキツバタなど。しかし花だけではなく夏の緑陰もとても綺麗でした。雪景色も合いそうですね。

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▲行橋です。この時は渡れましたが老朽化で現在は渡れません。

 少し歩きますと、日本で最初に建てられた銅像と言われます日本武尊像があります。西南戦争で戦死した石川県の軍人の霊を慰めるもので、1880(M13)年に建てられました。日本武尊像の横には、石川県戦士尽忠碑を据える明治紀念之標もあります。

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▲日本武尊像。これだけは時代が違い、ちょっと雰囲気も違いますね。

 真夏真っ盛りで、結構暑かったのですけれども、街中に比べればそれでも涼しかったです。緑の多さと、綺麗な景観を目にすることで涼を得る。風流ですねぇ。私たちは寄りませんでしたが、中にある時雨亭では煎茶や抹茶をいただくことができます。長谷池を眺めながらの一服で、歴史を感じてみてもいいですね。ただ、真夏はちょっとそういう気分にはなれませんでした...。

 さて、兼六園のすぐお隣り、金沢城公園へと向かいます。この金沢城、昔からのものではなく現在あるのは復元されたものです。当時のまま残っているのは石川門と三十間長屋くらいだそうです。しかも1978(S53)年までは敷地内に金沢大学があったそうで、それを17年かけて移転させて、少しずつ復元しているのです。

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▲金沢城公園です。芝生がまぶしい。再建されたばかり綺麗です。

 この時はNHK大河ドラマ「利家とまつ」にあわせて加賀百万石博が開催されていて、物販・飲食の楽市楽座や、百万石シアターといったものや、大河ドラマ館もあり、簡単な衣装を見につけて、記念写真を撮影することもできました。もちろん私たちも撮ってきました。

 また、百万石占いコーナーでは、自分が戦国時代に生きていたら、利家、信長、秀吉、成政のどのタイプになるかをコンピュータに占ってもらうことができました。私の結果は豊臣秀吉でした。やはり名古屋人としての血が私には流れているなぁ、と思ったのですが良く考えたら4人とも名古屋出身者でした。あぁ、名古屋が歴史の中心だった時代があったんだ...と感慨深くなってしまいました。

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▲加賀百万石博ということで、暑い中沢山の人が来ていました。

 普段の金沢城公園はと言いますと、藩政時代から残る石川門と三十間長屋のほかに、菱櫓、五十間長屋、橋爪門続櫓が復元されています。釘は一切使われていない木組み構造となっていて、その点では神社仏閣と似ているような気もするのですが、お城はそれとは全く思想は異なり、戦のための砦として、防御と反撃について徹底的に考えて作られているのです。

 窓の位置ひとつを取ってみても、微妙にずらしてあり死角ができないようになっていたり、出窓からは石を落とせるようになっています。これは石垣をよじ登ってくる敵に対して攻撃できるようにするためです。

 金沢城公園の後は金沢市内の散策へと向かいます。金沢、北陸で一番の都会と聞いていましたが、いざ行ってみますとそこまで雑踏という感じもなく、ゆったりと時間が流れている街という印象を受けました。決して思ったよりも田舎だったと言ってるのではなくて、兼六園といった昔からの景勝地や、古い橋、加賀百万石の時代を今でも感じることができる素敵な街ですね。

 ただ、北陸とはいえ夏はやっぱり暑い。海の幸ということを含めても冬に一度行ってみたいですね。雪も金沢には似合いそうですね。でも金沢は豪雪地帯ですから、普段雪道では全く運転しない私には。ちょっと無理かもしれませんよね。

 このときは、本当に地元は盛り上がっていて、金沢の街中を歩いていても、「利家とまつ」のポスターをあちこちで見かけました。旅館へ戻ると、大きなポスターが貼ってあることに相方は気づき、「これいいなぁ。」と言いながらじっと見ていました。

 すると、気さくな女将さんがやってきて、「欲しいんならあげようか?」と言って大きなポスターを1枚くれました。NHKの番宣用でしたが、金沢の旅館などにもたくさん配られていたようですね。うちの相方、そんなに物欲しそうにしてましたかね。そんなに大きいの貼るところないでしょ...。というくらいの大きさでした。

関連情報

兼六園
金沢城公園

兼六園(石川・金沢市)MAP

兼六園

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