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管理教育の真の目的とは?-名古屋の教育3

記事公開日:2005年6月25日

 体罰、スパルタ、髪型および服装の強制。かつて愛知県で行われていた管理教育について、私が体験したり耳にしたエピソードを書いてきましたが、愛知県内全ての学校が、画一的にそうだったわけではありません。前回も触れましたが、県全体で見ますと特に愛知県の東半分にあたる三河地区でその傾向が強く、西半分の尾張地区は若干緩い傾向でしたし、高度経済成長時に設置された新設校のほうがより厳しく、古くからの学校では頭髪や服装の検査が無いどころか、私服通学が許されている高校もありましたし、昔から集団登校を行っていない地域もありました。

愛知県内でも管理の度合いにバラつきがあった理由を探る

 今回は、なぜこのように地域によってムラが生じたのか、その管理教育になぜ親や生徒たちは反発しなかったのか、そしてその管理教育の真の目的は何だったのかを考察してみます。

 愛知県の場合、高校に限らず公立学校に人気が集まっています。これには名古屋っ子がケチだということが大きく影響していると思われます。公立と私立では学費に大きな差があります。小中学校はほとんどの子が公立に通い、高校受験の際も本命は公立高校で、滑り止めが私立高校という人が少なくとも私の周囲には多かったです。

 聞くとこの傾向は今も続いているようです。東京ではかなり前から私立高校の人気が高く、私立に人気が高まると同時に学力も高くなっていて、東京大学の合格者数を見ても私立高校の方が多くなっています。

 もちろん全てがそうではありません。愛知県でも名門と呼ばれる私立高校は確かにあります。特に女子の場合は「SSK」に通うことがステータスになっています。「SSK」とは椙山、淑徳、金城学院。最近、全国的に耳にするようになった「名古屋嬢」の要件を満たすには、この3校のどれかに在学、もしくは卒業していることが最低限必要です。全て女子校でしたが、愛知淑徳大学は1995(H7)年度から共学になっています。

高校入試のためには教師の顔色を伺う必要がある

 愛知県の公立高校は全国で唯一の、ユニークと言いますか複雑な形式の入試を行っています。かつては東京都と同じく学校群制度を採用していたのですが、公立高校の人気、レベルを下げないために現在の方式に転換しています。公立高校入試の複雑な制度については改めてお話します。その高校入試が、管理教育への批判をできなくしていたのです。

 かつて愛知県内の公立高校には完全に順位がつけられており、その高校の名を聞いただけで生徒のレベルがわかり、どの高校に入るかでその後の進路も決まってしまいました。 1973(S48)年に一部の地域で学校群制度が導入されるまでは、公立高校は1校しか受験することができませんでした。序列化されていた公立高校。

 各学校を受験するのに必要な内申点というものが暗黙のうちに決まっていました。内申点とはその生徒に対する評価を数値化したもの。簡単に言えば通知表の総合計点数です。そこに部活動やボランティア活動といった点数が加えられます。

 もちろん内申点を決めるのは先生。しかも相対評価なので、5段階評価の場合、「5」は 7%、「4」は24%、「3」は38%、「2」が24%、「1」が7%といった具合に、必ずその割合で点数を割り振らなければならないのです。これは教師が偏った評価をしないようにということで採用された方式ですが、クラスの全員が驚異的に良い成績だったとしても、そのなかで必ず「1」を誰かに付けなければならないわけです。

 単純に生徒をテストの成績順に並べて割り振っていくというわけではなく、授業への積極性など態度も加味されます。

 受験勉強以前に、この内申点によって受けることができる高校が決まってしまうわけです。その内申点を決めるのは先生。先生に嫌われたらおしまいです。だから生徒も親も管理教育に従わざるを得なかったのです。良い高校へ行きたければ、すなわち希望の人生を歩むためには、服装も頭髪も文句を言わずに先生の言うとおりにし、体罰も我慢して、冬でもブルマを穿いて足を露出させなければならなかったのです。

 事実、本やマスコミなどで騒がれるようになるまで、愛知の管理教育はずっと幅を利かせていました。

生徒会や児童会役員になる生徒も結局は...

 一方で、一応それなりに発言力のある生徒会や児童会はどうだったのでしょう。生徒会や児童会に自ら立候補して、管理教育に反発するような正義感溢れる生徒が現れることは無かったのでしょうか。ところがです。そもそもこの児童会や生徒会こそが、なんと管理教育の一環だったのです。まず小学校の児童会については、先生に対して発言できるような権限自体が与えられていません。

 これはあくまでも自治活動の体験、管理をする側の練習なのです。児童会役員の児童たちは、自分達で物事を決めているかのような錯覚に陥っていたかもしれませんが、所詮は先生の手のひらの上で自治の真似事をしているに過ぎません。

 これが中学や高校の生徒会となると多少変わります。中には校則や制服、頭髪について規制を緩和するように先生に訴える生徒が登場します。しかし、よっぽど反発心が強い生徒でもいない限り、教師に楯突くことはありません。生徒会の役員をすれば、当然内申点が上がります。最初からそれを目的に立候補する生徒も多く、そうでなくてもわざわざ自分の内申点に響くような行動をしたいと生徒は思わないでしょう。

 結局は生徒会もお飾りなのです。

 名門の公立高校に入って名古屋大学へ進学し、東海銀行、中部電力、名古屋市役所に就職する。かつてはこれが名古屋のエリートでした。そんなレールに乗るためには、管理教育に文句を言わず従い、不条理な体罰も我慢し、多少のケガをしても親には転んだと嘘をつき、それなりに発言力のある生徒会のポストについたとしても、余計なことを言わずに優等生として毎日を過ごす。

 それがかつての愛知の子ども達の姿でした。冒頭書きましたが、もちろん全てがそうだったわけではありません。特に「児童の権利に関する条約」の効力が日本で発生した1990(H2)年以降、愛知の管理教育は方向転換を迫れられ、急速に緩くなって行きました。

 そもそもなぜ、愛知県では管理教育が行われ、特に三河地区にその傾向が強かったのでしょうか。

イラスト
▲私も(歌手とは言いませんでしたが)そっち系の夢を発表したら、マジでしかられた小学時代。

管理教育が徹底された三河地区と言えば...

 管理教育とは、物言わぬロボットを製造する手段だったのでは無いでしょうか。ここからは私の推測です。

 愛知県は物作りが盛んな地域です。その物作りを支えているのは当然愛知県民です。愛知の産業をさらに繁栄させるためには、より製造業を発展させなければなりません。そのために必要なのは単純労働力です。文句を言わず、毎日規則正しく決まった時間に工場に出勤し、作業に従事するロボットが必要だったのです。

 特に高度経済成長期には、賃金など労働条件を巡って労使が対立することがよくありました。経営者にとってそれは邪魔な存在です。

 文句を言わず真面目にコツコツと働く労働力が欲しい。それが愛知の財界の声だったのではないでしょうか。子どもの頃から、絶対目上に対して反発しない教育を行う。管理教育とは労働力を育成するためのものだったのではないか、そんな気がするのです。愛知の産業といえば自動車。三河地区にはトヨタ自動車をはじめ、デンソーやアイシンなどトヨタ関連、三菱自動車など自動車関連の工場がたくさんあります。

 なぜ三河地区では管理教育が盛んだったのか、実はここに繋がっているのではないでしょうか。

 個性を奪い、画一的な子ども達を作る管理教育。ロボットに個性は必要ありません。本当にこれが管理教育の目的だったとしたら恐ろしい話です。私の妄想であって欲しいと願うばかりです。

 でも本当は、物作りにこそアイデアや独創性が必要なはずなんですけどね。

読んでおきたい一冊

 いわゆる管理教育のようなものは、今では愛知県から一見すると消え去ったかのように見えていますが、実は、学校に限らずどこにでも生まれかねないものであるということも、この本を読むことで理解できます。もちろん、そのことといじめは密接に関係していて、なぜいじめが起こるのかという問題を、いわゆる管理教育と切り離して考えることはできません。ですから、いじめについても、学校に限らずどこにでも生まれかねないものであるということもわかります。


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