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2005 FILE No.5
愛・地球博報告会レポート
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2005.12.22 |

12月21日に「愛・地球博報告会」が開催されました |
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21日、愛・地球博の成果についての初めての一般向けの報告会「愛・地球博報告会〜中村事務総長が語る〜万博の理念いつまでも」が、金山の名古屋市民会館大ホールで開かれました。定員2,000名のところに9,000名の応募があり抽選となりましたが、運良く我々は当選することができましたので、何とか時間に都合をつけて行って参りました。今回はその模様を詳細にレポートいたします。イベントではなく報告会ですので、講義のレジュメのようになってしまうと思いますが、なるべくわかりやすく簡潔に書いてみますので最後までお付き合いください。

開場は午後1時、そして1時半開演の予定でした。抽選で入場券が配られているとはいえ自由席なので、どれくらいの時間に行ったら良いか迷いましたが、まあそれほど席にこだわることもないだろうということで、12時半程に名古屋市民会館に到着すると、既に行列ができていましたが、それでもまだ数百人といったところでした。

なんとか建物のロビーで待つことができたので良かったです。私たちよりも少し後に来た人は外で待たされていました。といっても数十分のことなので会期中に比べれば…まあ全然マシです。が、今は冬です。待っている間スタッフからは「開場となっても階段ですので走らないでください。席はありますから、走らないでください。」と何度もアナウンス。まあ、前科のある人たちですからねぇ…私たちも含めて。

東ゲートから日立グループ館へののダッシュでグロッキーになった夏を思い出しました。

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| ▲エコマネーセンターのあるアスナル金山から市民会館へ。 |
▲名古屋市民会館 |
▲開場30分前にはすでに行列。並ぶこと自体が懐かしい? |

開場 |
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1時に開場すると、入場時に当選ハガキの回収があり、そこでモリゾーキッコロの入場券ホルダーが全員に配られ、首から提げるように強制されました。パス代わりといったところでしょうか。そしてパンフレットが渡されました。といってもプログラムの概要と注意事項が書いてあるのみで、あとはメモ欄になっているものでしたが、作りはしっかりしていてお金はかかっている感じでした。

するとロビーではガイドブックや万博の写真集が売られていました。そうです。この報告会は中日新聞社の共催ですから。本を買った先着100名には、中日新聞のモリゾーキッコロタオルがプレゼントされるとあって、大盛況。買うと中日新聞社の茶封筒に入れて渡されるという、まさに完全直販という感じでした。

1時25分、アナウンスが流れました。

「みなさま、本日は愛・地球博にご来場いただきまことにありがとうございます。」

ん?愛・地球博?報告会じゃなくて?と思っていると…。

「ゲート前でお待ちのお客様にご案内申します。ただいま開場10分前でございます。開場までもうしばらくお待ちください。(以下英語)」

おお、これは、ゲート前で流されていたアナウンスではないですか。粋な計らいです。

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| ▲報告会のパンフ。しっかりとした作りです。 |
▲配られた入場券ホルダー。売れ残ったということ? |
▲本の即売会は大人気。公式ガイドもまだいっぱいある…。 |

オープニング |
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そして1時半、オープニングの映像が流れ始めました。2月からの会場写真がスライド形式で正面のスクリーンに投影されていきます。開幕から閉幕までの何気ない会場の写真。私は閉幕してから万博の写真や映像を見直したりはあまりしていなかったので、懐かしさが溢れました。それが5分ほど続き、司会の「元愛・地球博公式FM局FM LOVEARTH・DJ」佐野瑛厘さんの登場です。

「みなさん、お久しぶりです!」

佐野さんの声自体は今も他のラジオ局で聞けますけれども、やはりあのお声を聞くと万博期間中のFM放送を思い出しますね…。車に乗れば聞いていましたから。佐野さんの時間は。

挨拶と報告会のプログラム紹介があり、そして財団法人2005年日本国際博覧会協会事務総長、中村利雄さんが招かれ第一部の講演が始まりました。時刻は1時38分頃でした。

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| ▲ゲート前のアナウンスが…何度聞いたことか…。 |
▲司会の佐野瑛厘さんが登場です。 |
▲中村事務総長。記者会見でおなじみですね。 |

第1部 講演「愛・地球博の意義、成果と評価について」 |
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「ゲート前のアナウンスが流れて、慌ててアーリーオープンでもしようかと思った。」という笑いを誘う言葉で講演が始まりました。ここからはレジュメ形式で簡単にまとめてみます。

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3ヶ月が経ち、既に北ゲートや西ゲートは撤去が完了。民間パビリオンもおおむね撤去が完了。今後外国館モジュール撤去に入る。

一昨日に大雪。(とここで会場の雪の様子が投影される)中村さんが会場の雪化粧を見るのは2回目で、2月14日の運営委員会以来。マンモスの故郷ロシアのサハ共和国では雪が降ると縁起が良いとされていて、2月の雪のお陰で万博は成功できた。更なる発展が今回の雪で保証された気がする。

博覧会に参加していただいて、意義、理念に共鳴して行動する意欲を持っていただけたことが大きな資産。スタッフだけでなく参加者と一緒に作った博覧会だった。それだけに遺産が大きい。これが結論、と最初に結論を発表。(ここで今の会場の様子、ゲートとループ、市民パビリオンの写真が投影される)

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愛・地球博は万博そのものの曲がり角での開催だった。2000年に開催されたハノーバー万博の目標入場者数未達の失敗、2002年フランスの小規模万博の中止。「いまさら万博なんか」という議論もある中だった。意義と成果を出さなければならないプレッシャーは相当だった。

博覧会国際事務局(以下「BIE」)にも危機感があり、1994年に行われた「万博とはどうあるべきか」の提言では「地球的規模の課題の解決に貢献することが万博」そのために万博には、国際的影響力が必要と提言。その提言を受け、「エネルギー問題」「環境問題」「食糧問題」そして紛争を無くすために「異文化の相互理解」を万博の課題とした。

地球的課題の解決に貢献し、自然のしくみと調和した新しい文明への再構築が、21世紀の万博に求められる課題という結論であった。

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テーマが立派なだけではなく、テーマパークやアミューズメントパークではできない、万博でしかできないことをやらなければならなかった。

まず「展示」。 マンモスについてはは発掘から研究まで行った。エネルギーの実証テストやロボットの開発も行った。そして「会場」。 緑を配したりバリアフリーにするなど会場自身に魅力を出した。さらに「イベント」や「運営方法」も万博でしかできないやり方で、そして「参加者全員」で万博を作り上げた。

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★国際博として広範な影響力を持てたか?3つの評価軸 |
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会期中盤から、評価のための調査をして客観的評価を受けるための準備をした。まず、どのような評価基準が必要か、まず3つの基準を決めた。「テーマの深化・新たな行動喚起」「地球的課題解決への国際的な影響力」「プロジェクトとしての成功」。

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「自然の叡智」というテーマが、来場者の行動喚起になったのか。最初の頃は「自然に叡智なんかあるのか」とも言われた。「自然の摂理に謙虚に学び、持続可能な社会を創生する。」「自然の叡智」は万博後、世界的に受け入れられる言葉となった。

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1-1最先端技術の適用 |
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来場者に最新技術を使ってもらい、体験してもらい、役に立つのか、利用しようと思うかを考えていただいた。具体的には新交通システム、環境技術、IT、次世代ロボット。そして新エネルギー発電システムでは生ゴミでメタンガスを作り、そのガスで電力を発生させ長久手日本館に供給した。食器やバナー、案内図も土に返る生分解性プラスティックを採用した。バナーが会期後半汚くなったのは、土に返る証拠。そしてそのエネルギー発電システムのバックヤードツアーで、仕組みを見てもらうこともできた。

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1-2新たな社会行動やシステムの採用 |
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持続可能な社会とするには、生活様式や行動様式を変えなければいけない。その実験的採用を会場で行った。具体的にはゴミの9分別、エコマネー、ユニバーサルデザイン、パークアンドライドなど。9分別は名古屋市では当たり前のことだが、ゴミ箱を見た中国人は仰天していた。エコ活動によってポイントを集めるエコマネーは現在も続いている。

環境webの調査では、万博の環境活動のなかで分別収集が最も印象に残ったという結果だった。ゴミ箱のビニルが透明だったのは環境関係ではなくテロ対策。清掃スタッフから、実際にどうリサイクルされるのかを展示をして欲しいと要望があったほど、皆がリサイクルについて考えるようになっていただけたのが特徴的。

技術的な実績としてはエコマネーと入場券をリンクさせたこと。エコマネーセンターには60万人が来場し、20万人にエコマネーポイントを取得していただけた。そのうち25%の人がポイントを植樹に回していただき、環境活動をしてさらに植樹に協力することで、環境保全の役に立てたと実感していただけた。

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1-3多様な文化・価値観の共有 |
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生物の多様性、文化の多様性。持続可能な社会の実現には、地球全体が調和して存在することがまず大切。地球的規模の課題を解決するには連帯感が必要。具体的には展示や催事、フレンドシップ事業、ナショナルデーなどでその多様性を感じていただいた。各国が少数民族や先住民族の文化を強く展示した。マヤ文明やカナダのイヌイット、オーストラリアのアボリジニなど。旧来の文化を紹介した上で、新しい文化を創造しようとしている努力を展示していた各国を見ると、各国にもこのテーマは認識してもらえたと考える。名古屋の留学生たちはこの万博のなかで「文化の多様性」に最も感銘を受けていた。

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1-4NGO、NPOや市民の参加 |
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今までの万博は、国と自治体と企業が主要な参加者だったが、今回は違った。世の中も既存の組織だけではうまくいかなくなっている。その既存の組織以外の必要性を万博で示した。地球市民村、市民パビリオン、海上広場など。

万博に参加したボランティアの数は約27,000人で、延べ10万人だった。先日、「ボランティア・サポーターズ大会」が行われ、6,000人の応募があったが会場の都合で3,000人が大会に参加した。万博に参加したという共通の思い出と共通の意欲で、ボランティアや市民団体、NGOなどは連携して新しい組織へと動いている。地球市民村と瀬戸会場における市民参加の存在は万博で最も大きな特色、最も今後大きく育てなければならない。

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1-5高次元の価値 |
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博覧会国際事務局(以下「BIE」)が、更なる展示内容のブラッシュアップを求め「自然の叡智賞」を創設。各国の出展に順位をつけるなんておこがましいという考えから、中村氏は審査員を辞退した。万博でパビリオンを評価するのは58年ぶり。かつて万博では、展示内容によって金、銀、銅のメダルを各国に授与していた。オリンピックのメダル授与は万博を真似て始まったもの。今回は各パビリオンを外観と内装、そしてメッセージ性で評価した。

シンポジウムも多く開かれた。そして子ども環境サミットや地球平和フォーラムも開かれ、世界に発信できた。

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1-6来場者の理解 |
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来場者が万博の理念をどれだけ感じていただけたかを調査した。

A.先端技術の実感・理解度…10代94.5%/一般87.2%
B.新たな社会システムの実感・理解度…10代93.0/一般84.8%
C.国際交流の実感・理解度…10代93.1%/一般83.2%
D.市民参加の実感・理解度…10代88.9%/一般71.5%

非常に大きな成果。環境に関する問題に特化した質問をについては以下のとおり。ただし、環境webでの調査なので、積極的な回答の数字として受け止める必要はある。

A.愛・地球博後、考え方や行動が変わったか、影響を受けたか
…10代95.4%/一般84.5%
B.愛・地球博後、行動を意識したか、実際の行動に繋がったか
…10代58.6%/一般70.3%
C.愛・地球博によって知識取得できたか 学習意向が形成されたか
…10代36.8%/一般14.2%

そして自家用車の利用を減らすようになったか、省エネルギーに努めるようになったか、省エネルギー製品を選ぶようになったか、分別やリサイクルを行うようになったかといった質問の数字も、万博前よりも後のほうが大幅に向上した。

また、印象に残った愛・地球博の環境配慮活動という質問では。

1位…ゴミの9分別とリサイクル…45.5%
2位…燃料電池や太陽光発電など新エネルギー…33.6%
3位…ドライミストによる温度低減…32.3%
4位…パークアンドライド、IMTS、リニモなど環境配慮の交通手段…29.9%
5位…バイオラング…25.7%

という結果になった。

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1-7テーマの深化「多様性の愛し方」 |
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名古屋の留学生による宣言が発表された。「次代を担う若者たちからの提言・多様性の愛し方」。

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愛・地球博には充分な国際的影響力があったか。地球的規模の課題解決には不可欠。

121ヶ国、世界地図で見ると大半の国が参加していただけた。残念だったのはブラジル。ブラジルには昨年(2004年)の今頃までお願いしていたが、結局残念ながら不参加となった。

首相級以上の外国要人の訪問は48件。これは件数であり人数ということになるともっと多い。閣僚級要人の訪問は195件。その他の外国要人の訪問が268件だった。

海外への広報活動については、博覧会国際事務局(以下「BIE」)から強い要請があった。なぜなら、例えばオーストラリア館には30数億円の出展費用がかかっており、アメリカ館には2300万ドル(約26億円)がかかっている。各国政府がかなりの金額を投資して愛・地球博に参加しているのであり、その各国の地元で報道される必要がある。そのために開幕前から海外向けの記者会見などを積極的に行った。結局海外プレスの来場は、約75ヵ国、約380メディア、約1800名であった。

海外で開幕前に放送したテレビコマーシャルには小泉首相も出演。パリの地下鉄、世界の主要新聞にも広告を出したお陰で、海外でも開会式などが中継され、開幕前に最も中村氏に注文をつけていたBIEのカルメン・シルバン執行委員長が、開幕日にテレビをつけたところ、パリでも愛・地球博の開会式中継をやっていたことを大いに喜んでいた。

6月24日に開かれたパリでのBIE総会で中村氏が報告をした際、愛・地球博に対しての「祝辞と賛辞の宣言」をBIEが発表した。愛・地球博は来場者の満足度が極めて高く、博覧会そのものに対するポジティブなイメージが世界に伝えられた。正念場であったBIEにとって愛・地球博の成功は大きく、「愛・地球博がBIEを救った」とパリの新聞で伝えられた。

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最も重要なのは愛・地球博は事業として黒字になったかどうか。

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3-1運営面での挑戦 |
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ミューチップ入り入場券を使い、事前予約、サポートナビを取り入れた。IT関係での挑戦が大きかった。なかでも事前予約はかなり挑戦的だった。中村氏にとって最も心配だったのは、行きたいパビリオンが行きたい日に予約できなかった場合、そのお客は来場してくれなくなってしまうのではないかという点。最大のお客さんを集めなければならないのだが、最大の利便性を与えなければならない、そのために予約の割合と当日入場の割合をどのくらいにしたら良いのか、さっぱりわからなかった。技術面だけでなく、このような運営面でも事前予約はものすごい挑戦だった。そして、テロには本当に神経を使った。

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3-2博覧会場内の救急医療体制 |
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心肺停止等重症患者への対応について。会場内の救急専門医、救命士が「MD隊」として、電気自動車で現場へ急行した。MD隊の隊長・隊員と、重症患者を救急車で搬送する「救急隊」は24時間出動態勢をとった。さらに会場内にはAED(自動除細動器)が100台近く設置され、多くのスタッフが速やかに対応できるように準備した。AEDによって心筋梗塞になった4名のうち3名が助かり、現在は社会復帰している。愛・地球博をきっかけにAED設置はブレイクした。医療体制は万全を心がけた。

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3-3暑さ対策 |
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「名古屋の暑さは最初からわかっていただろう」とお叱りを受けた。日々改善を行った。日よけについては野球場1個分くらいの広さである、1ヘクタール分のテントを追加して張った。途中から張ったのでテントは上から乗せる形になっていたため、飛ばされないように筒状のおもりをつけた。その筒のなかにはパチンコ玉を入れた。パチンコ玉は重さ的に最適だった。

雨よけも少なかったため、夏に向けて雨よけのある席を2,300名分作った。そして水は浄水を配ったのではなく、ミネラルウォーターを配っており費用がかかっている。エキスポドームは夏になるとものすごく蒸し暑い状態となってしまい、何とか対策をしようと策を練ったが結局結論が出ず、お客さんに氷を配ることとした。あの氷は1個100円もした。延髄に当てるとかなり心地よかった。

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3-4入場時間の平準化のために |
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内覧会で混乱が起きてしまったのは、朝に入場者が集中したため。そのため入場時間の平準化はとても重要であった。途中からは夜間の入場を増やすために「ナイトパレード」や「光のプロムナード」「トワイライトコンサート」を行った。パレードは結局2回しか実施できなかった。本当に心苦しかった。帰る人の動線とパレードについていく人の動線がぶつかってしまった。会場に8万5千人がいたら中止というルールとした。「今日も後ほどカラーキッコロズが登場します。」

そして光のプロムナードは、時間の平準化よりも来場者の地域分散が目的だった。モリゾー・キッコロメッセやわんぱく宝島には当初お客さんがほとんど行かず、クレームがすごかった。

こうした入場時間の平準化策によって、午前11時までの入場者割合が、3月から5月は65 %だったのがそれ以降50%になった。そして午後4時以降の来場者は、3月から5月が7%だったのに対しそれ以降は18%と大幅に増加した。午前11時から午後4時については全期間を通してあまりかわらず、常に30%程度だった。

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3-5ITマルチソース実験 |
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全ての情報を万博協会情報センターで一括管理し、そこから様々な媒体に発信するという実験を行った。

具体的にはEXPOガイドやパビリオン、イベント情報など1日約1,500件の「協会運営情報」と、1日約20,000席の「観覧予約」、そして1日約 50本出稿の記事や写真などの万博ウォッチ「万博取材情報」、鉄道や道路の公共交通機関やシャトルバス運行情報など、1日約1,500件の「交通情報」、さらに1日約4,000データの「気象情報」と7月末現在で約3,50 0件の「地域情報」を全て「万博協会情報センター編集室・映像管理室」に集信した。

集信した情報はて約120名の要因により編集、編成、配信を行った。その情報を扱うネオプラットフォームは約170名体制だった。センターからネットワーク系、放送系、パッケージ活字系のそれぞれの媒体に発信された。

具体的にはネットワーク系では「公式web」「携帯電話」「会場内情報表示版(PDP)」「ハイブリッド情報端末(愛・MATE)」「カーナビ」、放送系では「地上デジタルデータ放送」「CATV」「FM LOVEARTH」。そしてパッケージ・活字系では「自治体大型映像表示板(ストリートビジョン)」「CD・DVD」「万博公式新聞」「電光ニュース」。それぞれに対し情報センターから全て配信を行った。CDとDVDについては外国パビリオンなど向けに約40件を作成した。

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3-6IT観覧システム |
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会場内の情報を提供した「サポートナビ」へのアクセス数と入場者数には相当な相関関係があり、協会はサポートナビへのアクセス数を利用して来場者予測を立てていた。観覧予約については、開幕前は4割ほどの充足率で、開幕後8割となり、すぐに100%を越えてしまった。開幕前に2回パンクしたり、さまざまな裏技が編み出され、対策などに大変な手直しを強いられた。キャンセル分の横流しも途中から阻止した。予約へのアクセスと入場者数にもかなり相関関係があり、ゴールデンウィーク中で1日だけ急激に来場者が減った5月5日は、予約アクセスも急減していた。

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3-7情報システム |
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情報システムとしては、駐車場や渋滞の情報を管理する「ITSシステム」と、会場内の情報を扱う「会場内情報通信システム」があった。ITSシステムはパークアンドライドに大きく役立った。当初は渋滞がかなり心配だったが、最多入場者数となった日などを除いてはうまく分散でき、ほとんど渋滞は無かった。しかしバスやリニモの待ち時間はやはり発生してしまった。

パークアンドライドの待ち時間減少を狙い、バスの配車を3度見直したり、駐車場内はバスレーンでも空いていればそこに駐車してもらうなど、フレキシブルに対応した。当初は90分待ちといった状況が頻発したが、対応により後半は少なくなった。自粛をお願いした民間駐車場も3,000台開設されたが、それもあってなんとか捌くことができたという側面もある。

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3-8場内外輸送状況 |
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<場外輸送状況>リニモ…833万人 駅シャトルバス…242万人
パーク&ライド駐車場…444万人 その他(二輪車や徒歩)…356万人

<場内輸送状況>モリゾーゴンドラ…336万人 会場間燃料電池バス…100万人
IMTS…179万人 キッコロゴンドラ…434万人 グローバルトラム…113万人

全体的に後半利用者が急増したが、グローバルトラムだけは後半、来場者の増加によって運行を休止せざるを得ず、利用者が後半増加していない。

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3-9入場者の動向 |
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日々改善を行ったがこれにはリスクが伴った。改善をするには費用がかかる、その費用分以上の来場者増加が無ければ赤字になってしまうというプレッシャーと、改善策との戦いだった。入場者総数は2,204万9,544人、1日平均入場者数は11万9,186人。1日最多入場者数は9月18日の28万 1,441人で、最小入場者数は開幕日である3月25日の4万3,023人だった。9月18日は特に午後からの入場者数が非常に多かった。開幕日がワーストという記録を塗り替えることはできなかった。

地方博という批判もあったが、愛知、岐阜、三重の東海3県からの地元来場者比率は53 %で、つくば科学万博などよりも低く、来場者は全国的に広がりがあった。特に後半は関西や関東からの来場者が多かった。8月と9月は新幹線の利用者数が 10%増加しているのを見ればそれは明らか。外国人入場者数は、調査日平均で1日あたり5,668人。全期間入場券での平均入場回数は11.05回。全期間入場券での最高入場回数は1人で270回だった。

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3-10入場券の販売状況 |
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全期間入場券は445,000枚売れており、9月でさえ7,000枚も、もったいないにもかかわらず買っていただけた。全期間券での来場者に対しては収益的には感謝していますけど… (苦笑)。しかも270回とは1日3回…(再び苦笑・場内に笑い)。入場券番号さえわかれば何回ご来場いただいたかすぐにお調べできます。一般入場券の販売は1,720万枚。未使用の枚数も結構多く、前売り券は80万枚、当日券も90万枚が未使用である。

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3-11愛・地球博の経済効果 |
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万博の支出は、「建設」がセントレアや東海環状道なども含めて2兆8,000億円。参加各国や民間パビリオン、民間出店者が投じた費用も含めての「運営費用」が2,000億円。そして「来場者消費」が5,000億円。以上の合計3兆5,000億円の支出によって7兆7,000億円にのぼる経済効果を生み出すことができた。そのうち約75%が中部地域に落ちたと考えられる。さらに約45万人を超える雇用を創出できた。

万博のための支出といっても、セントレアや高速道路は消えるわけではなく、中部地域における今後のさらなる発展の礎となる資産であり、さらに今後も経済効果を生み出す。

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3-12地域社会への遺産 |
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みんなが参加した愛・地球博によって生み出された「行動喚起」「連帯」「具体的なしくみ」をより効果的に社会の仕組みに発展させ、地球的規模の課題の解決に向かい、未来において、「愛・地球博はその解決に貢献した博覧会」と言えるようになると思う。これからも一緒に愛・地球博の遺産を発展させていきたい。

「心から御礼申し上げます。」

以上が中村事務総長の講演内容の要約でした。何度も「赤字になってはいけない」という言葉が出てきたのが印象的でした。開幕前や開幕直後は散々なことを言われていただけに、そのプレッシャーは相当なものだったと思います。愛・地球博は金銭的な成功があった上で、さらに人々の心にも遺産を残す万博となりました。結果として成功したのは、来場者全員が参加した万博だったからというお話でした。

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2時半少し前に約50分の講演が終了し、司会の佐野さんが登場しました。中村さんは万博公式FM局「FM LOVEARTH」の局長でもあり、開局日と閉幕日には放送にも登場したというエピソードを紹介、そして本当はここで皆様からの質問をお受けしたいのですがという前置きの後、時間の都合で佐野さんが代表して中村さんに質問することになりました。

「外国からの要人訪問に関しての裏話」という質問では、フランスのシラク大統領のエピソードを紹介。シラク大統領は外国要人として初の来場で、協会側も緊張していたうえに、さらにシラク大統領は自由にあちこちへと見に行ってしまい、警備がとても大変だったそうです。セキュリティが甘いと元総理に怒られたという一面も。

そして「来場者へのひとこと」という質問に対しては、閉幕日は自転車での来場がたいへん多く、結果として閉幕日は53%が全期間入場券での来場で、本当に地域の人に支えられたと実感し、地元の人が懐かしんでくれ、地元の人に名残惜しまれて終わったのがとても嬉しかったということでした。

ここで中村事務総長は退場しました。この報告会には平日の昼間にもかかわらず、多くの子どもたちも来場していて、講演中はあちこちで子どもの声が上っていました。そしてその子どもたちが待ちに待っていた彼らがここで登場します。そう、モリゾーとキッコロです。

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| ▲講演は画像を使ってわかりやすく行われました。 |
▲こういった説明の写真さえ今となっては懐かしい。 |
▲佐野さんによる中村事務総長への質問タイム。 |

第2部 モリゾー・キッコロがやってくる |
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2時35分、「お待たせしましたー。」と佐野さんが言うと、たくさんのカメラやビデオカメラが一斉にステージに向きました。まずは、佐野さんが司会をしたグランドフィナーレのお話。観客はみんな涙で、思わず佐野さんも泣きそうになったそうなのですが、モリゾーとキッコロが森に帰っていくシーンで、ステージ前にいた大柄の白人男性が「モリゾー、キッコロカムバック!!」と泣きながら大声で叫んでいるのを見て、佐野さんは少し涙がひいたそうです。「では、座ってゆっくりどうぞご覧ください。」とさりげなく注意を入れたところで、まずはキッコロの登場です。

キッコロとモリゾーの声も今回用に用意されたもので、ちゃんとストーリーがありました。まずはキッコロが、モリゾーに内緒でひとりで森を降りて街へとやってきてしまいます。そして森からいなくなったキッコロを探しに「ごぶさたしております。モリゾーです。」とモリゾーが登場。キッコロは小さくなって隠れます。

しかしキッコロはくしゃみをしてしまい、モリゾーに見つかり、猫の鳴きまねをしてごまかすものの、結局怒られてしまいます。「内緒で出てきてはいかん、わしも行く。」と。実はモリゾーもみんなに会いたくて会いたくて、いつ出てこようかと迷っていたと告白。モリゾーは続けます。

「愛・地球博を通じて、自然とともに暮らすことの大切さ、自然を愛するやさしさを伝えるのがわしらの役目。それはこれからもずっと大切にしていかなければならないこと。その思いを持ち続けていてくれれば、我々はこうして時々森を降りてこられる。」

と、モリゾーは真剣に語った後に少し間をおいて、

「ということにするのはどうだろう。良いも何もわしはそう決めました。」

と断言し笑いを誘います。

モリゾーが「愛・地球博で伝えたメッセージが生き続けるようにこれからも応援する、まだまだ隠居はできない」と言うと、キッコロが「カラーキッコロズも連れてきちゃった」と言って、カラーキッコロズが登場。最後はモリゾーとキッコロ、そして7色のカラーキッコロズでダンスが始まりました。「寿限無でダンス」の4分近くのフルバージョンでした。

ダンスが終わるとモリゾーとキッコロたちは「愛・地球博のメッセージを残していくための活動やイベントがあれば、時々応援にくるからよろしくね。」というメッセージを残して帰っていきました。子どもたちは笑顔でいっぱいでした。本当にみんな好きなんですね。そういえば、モリゾーとキッコロは一度家電量販店のオープンイベントに登場したことがありましたね。あれは自然と暮らす大切さと関係あったのかな…。まあ、あの件に関してはモリゾーもキッコロも、たぶん中村さんに懇々と説教されたことでしょう。

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| ▲モリゾーに怒られるキッコロ。 |
▲カラーキッコロズも登場。勢ぞろいでダンス。 |
▲バイバイ、モリゾー。 |

第3部 愛・地球博これまでの映像ショー |
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佐野さんが登場し「ここで最後に映像を見てお別れです。懐かしんでください。泣いても結構です。」といって2時45分に映像が流れ始めました。私の予想通り、鈴木礼治前知事が携帯電話で喜びの結果報告をする例の映像でスタート。愛知での万博開催決定の瞬間からの映像が流れました。計画段階のCG映像も登場。

開幕式の様子から「最先端技術の適用」「新たな社会システムの採用」「国際交流」「NGOや市民の参加」と映像は続いていきます。そして各ゾーンの風景も登場。「日本ゾーン」「センターゾーン」「遊びと参加ゾーン」「グローバルコモン1〜6」「企業パビリオンゾーン」とそれぞれの、今となっては懐かしい映像のオンパレード。さらには各国のナショナルデーの様子も上映。会期中見られなかったものもたくさん見ることができました。

映像はナレーションを日本館の館長竹下景子さんが担当、映像提供はCBC、CBCクリエーション、メ〜テレでした。この映像…ものすごく欲しかった。最後に「この報告会の模様は28日の中日新聞朝刊に詳細を掲載します。」とアナウンスがあってお開きとなりました。

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ロビー |
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報告会が終わってロビーに出ると、開演前に行われていた書籍販売は相変らず行われていたほかに、誘致から開幕までに国内外で使用されたポスターがずらりと並べられていました。もちろん外国用のポスターは初めて見るものばかりで、多くの人がポスターを写真に収めていました。

メイン会場が瀬戸市の海上の森の計画だった頃のポスターもあり、瀬戸市民の私でも、すでに忘却の彼方に消えていた記憶が甦ってきました。かつて瀬戸市内のあちこちにそのポスターは貼られていました。それを見て、あの頃瀬戸市は本当に夢を描いたいたなぁと思い出しました。今となっては「開催地:瀬戸市南東部」という文字が、絵に描いた餅ならぬ、ポスターに描いたまぼろしの万博開催地となってしまいました。

というわけで、とても長い長文でお届けしましたが、以上が報告会のレポートです。本当はもっとツッコミを入れたかったのですけど、中村さんの話を聞いていますと、博覧会協会は財政的なもの、つまり赤字と、そしてアンチ万博の人たちと本当に戦い抜いてきた万博だったんだなということを感じましたので、今回はツッコミはやめておきます。

万博が成功に終わって本当によかったですね。もちろん財政的な黒字という面と、理念が多くの人に浸透したという両面での成功。

愛・地球博の位置づけを実感する未来がくることを祈ります。

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| ▲ロビーでは歴代のポスター展に見入る人々。 |
▲海外向けでしょうか…初めて見ました。 |
▲誘致活動当時の万博のマーク。スギ薬局?ではない。 |
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