14.天白区 名古屋を歩こう

全国制覇の原点は今もここに

記事公開日:2006年3月7日

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 今回は植田西交差点から北へ、植田一本松方向へと歩いてみます。このあたりにも天白区を象徴する風景が広がっています。道路沿いには住宅や比較的背の低いマンションがいくつも立ち並んでいるのですが、その合間で近郊農業が行われています。右手には小高い丘になっている公園が見えます。公園へは後ほど行くことにして北へと足を進めます。

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 植田西界隈を歩いて行き、1丁目に入ると右手に立派な煉瓦調の建物が見えます。その建物の上の看板を見ると「天白信用農協」という文字があります。かつて名古屋市内のJAは各区バラバラだったのですが、現在は淘汰され天白区と緑区を除いてJA名古屋となっています。天白区では現在もJA天白信用として単独で存続しています。しかもこの植田にあるJA、その建物の大きさから本店かと思ったらそうではなく植田支店でした。JA天白信用は区内に7店舗を配しており、天白区では今でも農業が盛んであることを示しているかのようです。

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▲大きな通り沿いにもやっぱりポツポツと小さな畑。
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▲自動車展示場もやっぱりよく見かけます。
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▲立派な建物の支店。天白信用農協植田支店。

 そしてJA天白信用植田支店を越えると、水色の建物の小洒落たお店が登場します。看板には「COMIC・2&4・OUTDOOR・FASHION...」とあり、アメリカの片田舎にあるショップのような佇まいです。実はこのお店、今や北海道から沖縄まで全国に192店舗を誇り、ジャスダックに上場を果たしている、遊べる本屋さん「ヴィレッジヴァンガード」の本店、つまり1号店なのです。全てはここから始まったのです。オープンしたのは1986(S61)年。今からわずか10年ほど前のことでした。この本店は今も当時のままの看板、建物で、ヴィレヴァンの原点を見ることができます。当時は今よりももっと周辺が畑で、ヴィレッジという言葉がピッタリの風景だったことでしょう。でも今もポツポツと畑は残っていて、車の往来は激しいものの、街並みとしては静かです。

(えー、名前の由来はそうじゃないよ!と思ったあなたも最後まで読んでくださいね)

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▲ヴィレッジヴァンガード本店。20年前の佇まいを今に残す。

 すると今度は「半ノ木橋東」という交差点が現れるので、その半ノ木橋が架かる植田川へと西へ歩いてみます。植田川は住宅街の間を流れる川にしては川幅が広く、流れはゆったりとしていてのどかな昼下がりにぴったりな風景です。しかし川の両岸にの堤防には路上駐車の自動車がずらりと並び、いかにも名古屋な川沿いといった雰囲気です。川の周辺には住宅が多くあまり高い建物が無いので、半ノ木橋から南を眺めると、塩釜口にある名城大学が突出して見えます。

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▲半ノ木橋から見る名城大学。
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▲植田川は静かに流れます。

 その半ノ木橋のたもとに「東海動物霊苑」という看板を掲げる建物がありました。確かに近くには八事霊苑があるので、動物の霊苑もそこにあるのかと思ったらそうではなく、この東海動物霊苑は豊田市の松平地区にある3,000坪を誇る動物霊苑で、ここはその名古屋案内所なのだそうです。霊苑では葬儀から火葬、収骨、法要まで全てを執り行っていただけます。もちろん法要は禅宗、浄土宗、浄土真宗と、宗派に合わせて行ってくださるとのことです。今やペットも家族の一員の時代、最期の最後まで家族として供養をされたい方はぜひお考えになってみてはいかがでしょう。

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▲やっぱり住宅街の川沿いには路上駐車がつきもの。
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▲東海動物霊苑の案内所。霊苑はここではありません。

 植田川を上流へと遡っていきます。すると新一本松橋で太い道路とぶつかります。その道路は西の昭和区との境で行き止まりのような状態になっていて、突き当たりで強制的に直角に細い道路へと曲げられ八事日赤病院の前に吐き出されます。まだ整備途中なのか、新一本松橋あたりは道路のペイントも古いものが放置され残されていたりします。

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▲この先、道路はいきなり山に突き当たって直角に曲がります。
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▲昔のペイントが歩道に残されたまま。

 対して、植田一本松交差点から東側は国道153号線となっていて自動車の往来が激しく、周囲には立派なマンションがいくつも立ち並んでいます。植田一本松は、国道153号線が折れる交差点として多くの名古屋っ子は知っている地名だと思います。しかし、名古屋を知らない人が天白区植田一本松という地名を聞いたら、このマンションやお店が林立する風景は想像し得ないでしょうね。

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▲この植田一本松交差点から向こうは国道153号になります。
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▲国道153号の部分に入ると、両側にマンションや店舗がずらりと並びます。

 天白とは海や川を鎮める神さま。そして植田。さらに一本松。水が豊かな川沿いに広がる田園地帯、そこにポツンとある大きな一本松といった風景を思い浮かべることでしょう。ヴィレッジヴァンガードが産声を上げた20年前はそんな風景だったのかもしれません。だからこそ「ヴィレッジ」という名前をつけたのでしょう。そして本店の周辺は風景が一変し、そしてヴィレッジヴァンガードという会社自体も大きく飛躍し変貌を遂げました。変わらないのはその地名と、ヴィレッジヴァンガードの本店の姿だけです。

 と、以上でまとめようと思ったのですが、ヴィレッジヴァンガードという名は、元は1935年に開店したニューヨーク・グリニッジ・ヴィレッジにあるジャズクラブの名でして、遊べる本屋さんはどうやらそれを由来としているのであって、このあたりが村落のような風景だったこととは関係ないようです。ということで、今回の推察は無意味なものになってしまいました...。あらら。


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