メニューバー
s
| はじめての方へ | サイトマップ | お問い合わせ |s
トッピーネット
コンテンツバー
sTOP名古屋を歩こう天白区 > 2.相生山(南)
s
s
TOPPY.NET
s
s
BLOG
TOPPYのくびったけ

s
s
ARCHIVES
TOPPYアーカイブズ

s
s
NEWS
NAGOYA HEADLINE

s
s
おいでよ!名古屋
みゃーみゃー通信

s
s
名古屋観光地化計画
名古屋を歩こう

ライン
はじめに
中村区
中区
西区
北区
東区
千種区
昭和区
熱田区
瑞穂区
中川区
港区
南区
緑区

ライン
天白区
 プロローグ
 1.野並

 2.相生山(南)
 3.相生山(北)
 4.島田
 5.元八事
 6.御幸山
 7.塩釜口
 8.植田西
 9.植田
 10.原
 11.平針南
 12.荒池
 13.平針
ライン
名東区
守山区
おわりに
s
s
名古屋めしと
呼ばないで

s
s
REPORT NOW
レポートなごや

s
s
SPECIAL
特集

s
s
INFORMATION
ライン
はじめての方へ
サイトマップ
バックナンバー
関連リンク
相互リンク
お問い合わせ
what's new

s
s
s
Information and PR
バナー広告
s

s
バナー広告
関連情報のご案内

s
s
s
空白
2「相生山(南)」
思い詰める前に文字にしてみて下さい
空白
s 2004.10-11月 取材

画像

 前回に続き、相生山グラウンドの北側から東へと歩きます。住所で言いますと、天白区 天白町大字野並字上新田から、字相生方向へと歩きます。ここは相生山の南にあたり、森 の中に住宅がポツポツとあるという空間です。相生山は北から3つのゾーンにわかれてい て、南部「字相生」がこの住宅地、中央「字稲田」が林、そして北部「菅田3丁目」はオ アシスの森として整備されています。現在、北部と中央部の間を横断するように道路建設 が進められており、相生山は刻一刻と姿を変えつつあります。工事は2004(H16)年末から 進められています。
s
 東へ向かう道は、自動車が何とかすれ違える程度の舗装道路となっています。道路の両 側には桜の木があり、春には桜のトンネルができあがります。左側の木の柵の向こうは林 になっていて立ち入れないようになっています。対して右側には何本も細い道が南へと繋 がっています。1本目はちゃんと舗装されてはいるものの、自動車はすれ違い不可能な細 さです。南側は一度下って谷になり、その向こうがまた丘で上り坂となっているため見通 すことができません。丘の向こうには交通量の激しい東海通があるはずなのですが、全く それを感じさせず、山里風景が広がっているのではないかと錯覚するほどです。
s
画像画像 画像
▲春は桜並木が美しい、東へと延びる道路。画像 ▲南側へと続く道。この先に東海通があるとは思えない風景。

 すると、この「相生山緑地」について名古屋市が設置した看板が登場しました。北側の 保存緑地が菅田3丁目ではなく、「大字島田字黒石」となっていることからかなり古い看 板だと思われます。しかし既に看板には森の中を横断する道路が描かれています。実は、 この「弥富相生山線」の道路計画は1957(S32)年に決定されたもので、47年の時を経て今 建設が始まったところです。看板の説明によりますと、この森全体は風致地区に指定され ていて、建築・土地の形質の変更、竹林の伐採には市長の許可が必要とのことです。そし てその計画道路の部分を除いては都市計画緑地にも指定されていて、建築をする場合には こちらも市長の許可が必要です。さらに南部は事業予定地にもなっていて、土地の有償譲 渡について制限があるそうです。名古屋市がこの緑地を残そうとしている意思は伝わって きますが、道路の部分だけは別扱いということがわかります。
s
画像
▲風致地区であることを示す「相生山緑地」の看板。

 ネギなどを作っている畑を通り過ぎ、右側の3本目の道を越えると「白竜ヶ池」という 看板が登場します。しかしどこを見ても池はありません。実はこの池、既に水が枯れてし まっているのです。都市化をおそれ竜も立ち退いてしまったのかもしれません。そしてさ らに歩くと、右側に鎖のかかった山道が現れました。道は舗装がしてあるものの、その先 は荒れた林になっていて何があるか全く窺い知ることはできません。するとその入口には 「加藤生物化学研究所」という文字が。一体この先で何の研究が行われているのでしょう か…。私に入る勇気はありませんでした。
s
画像画像 画像画像 画像
▲森に囲まれた、ネギなどが作られている畑。画像 ▲水が枯れてしまった白竜ヶ池。画像 ▲この先に生物化学研究所があるみたいですが…。

 東へ向かう道路は次第に細くなり、左手に畑、右手に民家というところで「通行不能」 という道路標識が登場しました。道路はその先にも続いているように見えるのですが、通 行不能と言われては進むわけにはいきません。手前を右折して、曲がりくねった山道を歩 きます。しかし舗装はしてあるのでそれほど…と思っていたら急坂になりました。どんど ん登っていきます。すると十字路に出ました。しかし直進はこれまた「通行不能」になっ ているので、左折して再び東へと歩きます。
s
画像画像 画像画像 画像
▲「通行不能」と言われたら行けないです。画像 ▲右折すると細い急坂に。画像 ▲するとまた直進は「通行不能」。なので左折。

 左側にたくさんの観音さまがずらっと並んだお堂があります。相生山観音菩薩です。経 緯はわかりませんでしたが、たぶんこのあたりの山道にあった観音さまを一箇所に集めて 祀ったのでしょう。そしてその観音菩薩の先には小さなお社があります。相生山神社です。 鳥居は無く、入口に郵便受けがあり、普通の家のような門構えとなっています。相生山神 社のすぐ西側には小さな児童遊園があります。奥の柵の向こうには「是より西あつた」と 書かれた道標らしき石碑がありました。その奥は竹林。そして静かな森。実はもう、幹線 道路の東海通までわずか100メートルというところまで南下しているのですが、道路側に は階段しか通じておらず交通量も無く、本当に静かです。
s
画像画像 画像画像 画像
▲相生山観音菩薩。たくさんの観音さまが安置されています。画像 ▲鳥居が無く、入口がまるで住宅のような相生山神社。画像 ▲児童遊園の向こうには森が広がります。奥のフェンス際に昔の道標が。

 公園の先は道路が4方向に分岐しています。地図を見ると、最も左の道は先程の「通行 不能」の方向へ。二番目は亨栄高校グラウンドへ。三番目は徳林寺というお寺へ、そして 四番目の道路は通行不能となっています。三番目の道路は急カーブを越えると、東海通へ と真っ直ぐ繋がっていて信号交差点が見えます。まるで、この道だけが下界と繋がってい る唯一の道のような錯覚を覚えます。徳林寺へと向かうべく「徳林寺」という看板のある 角を左折します。すると今度は、全く舗装もされていない獣道のような方向に徳林寺とい う矢印の看板が向いています。少し疑いながらもその山道を進みます。
s
画像画像 画像画像 画像
▲4分岐のうち3番目の急カーブへ。画像 ▲徳林寺こちらという看板を発見。画像 ▲すると今度は矢印。本当にこっちでいいの…?

 本当にお寺なんかあるのかなぁと思いながら足を進めること数分。立派な本堂へと続く 階段が見えてきました。徳林寺です。境内には「全愛知縣下新十名所野並相生山」という 石碑があります。徳林寺は曹洞宗のお寺で、1923(T12)年に高岡徹宗が千葉県から移した のが始まりです。当時はここをお寺を中心とした一大レジャーランドにする計画だったそ うです。そして1927(S2)年、中日新聞の前身である新愛知新聞社が「全愛知縣下新十名 所」を葉書による投票で選定することになりました。その際この相生山が5位になったの です。それを記念して先程の石碑が建てられ、その時の応募葉書は今もこの徳林寺の北東 にある葉書塔にあるとのことなので、後ほど行ってみます。
s
画像画像 画像画像 画像
▲良かった。ちゃんと選んだ道は正解でした。画像 ▲かつてはレジャーランド化を目指していた徳林寺の本堂。画像 ▲「全愛知縣下新十名所野並相生山」の石碑です。

 お寺の境内にはネパールの僧が子息の供養のために建てた小仏塔や、カエル池などがあ ります。ちなみに相生山のレジャーランド化計画は、戦争によって頓挫してしまったそう です。お寺を後にして葉書塔へと向かいます。私はこのお寺あたりまでの地図しかこの時 持ち合わせていなかったのですが、葉書塔はお寺のすぐ北東にあるということで、そのま ま歩いていってしまったのが失敗でした。
s
画像
▲小仏塔。ネパールの僧が子息の供養のために建てたものです。

 お寺から道路を南下して左折すると、お寺の北東方向に道路が2分岐しています。果た してどっちへ行ったらよいのやら。私は軽い気持ちで手前の道路を歩いていきました。舗 装されていない山道だったのですが、先ほどのお寺への道も舗装されていなかったですし、 すぐに目的地に辿り着けるだろうと思っていました。しかしです。道は次第に道では無く なり、草を掻き分けるようになります。ふと気が付くと、前にも後ろにも道が無くなって しまいました。迷ってしまいました…。まさか名古屋市のこんな地下鉄沿線で遭難するこ とになるとは。天気は良いはずなのに、森が深くなりあたりはほの暗くなりました。する と一本の木から明らかに怪しいロープが垂れ下がっています。まさか…。富士の樹海にで も迷い込んでしまった気分になり、私はもう服が汚れるのもお構いなしで草を掻き分け山 を直進します。もう半べそ状態です。
s
画像画像 画像画像 画像
▲2本のうち手前の道路を選ぶと…。画像 ▲次第に草が覆い茂り、道があやしく…。画像 ▲道は道で無くなり、ロープの垂れ下がった木が…。

 すると急にパッと風景が開け、山道に出ることができました。「もみじ谷の小径」とあ り、ほっと胸を撫で下ろします。実は、先ほどの分岐は手前ではなく奥へと行かなくては いけなかったのです。ちゃんと地図を持っていくべきでした。するとその小径の先にあり ました、葉書塔です。ここには、新十名所に応募された2000万枚以上の全ての葉書が収め られているのです。葉書塔は一度荒廃してしまったのですが、1987(S62)年に修復されま した。その際に「心の縁の象徴」としての意味も葉書塔に併せて持たせ、祈り、悩み、悲 しみを葉書に託して、この葉書塔に自由に納めることができるようになりました。その葉 書は毎月23日のふみの日に徳林寺が供養してくれるとのことです。「不幸の葉書」終着ポ ストとしての投函も歓迎だそうです。
s
画像画像 画像画像 画像
▲草を掻き分けなんとか脱出。目の前に広がった風景。画像 ▲もみじ谷の小径は、2本のうち奥の道でした。画像 ▲葉書塔。祈りや悩み、悲しみを手紙にして供養してもらってはいかがでしょう。

 私がもしこの葉書塔に葉書を入れるのなら、この葉書塔にたどりつけた喜びをしたため たいですね。実はこの葉書塔、南側からではなく北側の住宅地からは車でも来ることがで きますのでそちらをオススメします。「悩み」という文字を見て、先ほどのロープを思い 出しました。もし、木にロープをくくりつけるほどに悩んでいる人がいたら、一度その思 いを文章にして、供養をしてもらったらいかがでしょうか。自分の心を文字にするという 行為は、自分を客観的に見つめなおす最高の方法だと思います。
s
画像画像 画像
▲ここに投函すると、供養されます。画像 ▲葉書塔の北側には道路が通っています。

s
s s

s
矢印BACK 天白区その1へ NEXT 天白区その3へ矢印
s
s
| HOME | はじめての方へ | サイトマップ | お問い合わせ | ▲ページトップへ |s
s
Copyright(C)1996-2008 TOSHIKAZU KAWAI All Rights Reserved.
ご注意
背景下
わいるどぷらんどっとこむ TOPPY.NET ブログTOPPYのくびったけ@名古屋 TOPPYアーカイブズ NAGOYA HEADLINE 名古屋みゃーみゃー通信 名古屋を歩こう 名古屋めしと呼ばないで レポートなごや 特集