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13「日ノ宮町」
秀吉の母の願いに思いを馳せる
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s 2004.2月 取材

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画像天下を統一するような子を授かりますように日吉公園・日之宮神社
画像秀吉の馬印がどらやきに千成通
画像 秀吉の母が安産祈願下中八幡宮・押木田公園
画像秀吉のおやじんち弥助屋敷跡
画像その子は何を見て何を考えているの?中井筋緑道

画像天下を統一するような子を授かりますように −日吉公園・日之宮神社
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 岩塚本通にある名古屋高速烏森入口のあたりで交差する名西通を北へ歩きます。右手には名西病院という大きな建物があります。300mほど歩き、スーパーナフコが見えたら左へ曲がります。
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 そこにはその名も「日吉公園」があります。公園の中には日之宮神社という神社があります。この神社は、秀吉の母が子どもを授かるようにと日参したことで有名です。境内には名古屋市教育委員会による石碑があり、そのことについての説明がありました。もとは日吉權現と呼ばれており、その霊験により子ども授かったということで、秀吉に幼名「日吉丸」を名づけたのだそうです。秀吉の母がお参りしていた神社に今、自分がお参りしているというのがすごく不思議な感じがしました。時代は遠く離れていても、場所は同じ。名古屋っ子が秀吉を身近に感じるのも当然です。
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▲日之宮神社。将来有望な赤ちゃんを授かることができるかも。画像▲この公園には人が住んでいました。夕暮れ時でチョット怖かった…。

画像秀吉の馬印がどらやきに −千成通
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 その日吉公園のすぐ北側には、千成通という道路が東西に走っています。このあたりには千成小学校もあります。千成とは秀吉の馬印「千成びょうたん」に由来しています。名古屋を代表する和菓子メーカー「両口屋是清」のどらやきにもこの「千成」という名前は使用されています。両口屋是清の本店は中区の名古屋城近くにありますが、中村区でもエスカ、メイチカ、テルミナで買い求めることができます。結構大きくて食べ応えがありますよ。もちろん箱には大きなひょうたんの絵が入っていますし、どらやきの表面にも刻印されています。
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▲千成通です。そろそろ陽も傾いてきました。

画像秀吉の母が安産祈願 −下中八幡宮・押木田公園
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 千成保育園のある交差点を右折、北方向へと歩きます。少しすると、押木田公園に出ます。ここでは子ども達が元気にサッカーをしていました。その公園の一角にあるのが下中八幡宮です。ここは、日吉權現によって身ごもった秀吉の母が、安産を祈願したところだそうで、今でも病気の全快を祈る人が多いそうです。また治水も守っています。話は変わりますが、この神社の近くで「ねずみだいじ」というポスターを見かけました。このあたりではネズミを大切にしているのかなぁ。と思ってよく見ると「ねずみたいじ」と書かれていました。そろそろ歩き疲れてきたのかもしれません。栄養ドリンクを飲んで元気を出して、もう少し歩きましょう。
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▲下中八幡宮です。安産祈願にはぜひここへお参りください。画像▲病気の治癒を祈願に訪れる人も多いそうです。画像▲感情表現が豊か。ねずみの目も怖いですが、「こら」と一喝する女の子も…。

画像秀吉のおやじんち −弥助屋敷跡
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 その押木田公園の北側が中村中町です。このあたりには、豊臣秀吉の出生地は中村公園の常泉寺ではなく、ここではないかという説があるのです。今は無くなってしまいましたが、かつてここには弥助屋敷というお屋敷があり、その弥助というのが豊臣秀吉の父、木下弥右衛門の別称だとされているのです。出生地がどちらであったにしろ、ここに父の屋敷があったということは、秀吉はこのあたりで、父親のわらじも温めていたのかなと思うと感慨深いですね。父親のは暖めてないかな。
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▲ここが弥助屋敷跡なのですが、特に看板や説明書きはありません…。

画像その子は何を見て何を考えているの? −中井筋緑道
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 さぁ、これで中村区散策は終わりにしましょう。でも、せっかくなのでもう一頑張り、中村日赤の駅まで歩きましょう。中村中町から200mほど東の中村本町を通る、中井筋緑道を歩きます。小さな小川を挟んで両側に歩道が整備されています。犬の散歩している人も多く、ベンチも設置してあり、区民の憩いの場となっています。途中には子どもの銅像などが建っています。これもデザイン宣言都市になったお陰でしょうか。なかにバケツを持った少年の像があったのですが、これが自動車・二輪車通行禁止の標識に向かうように立っていて、まるで標識をまじまじと眺めているように見えたのが印象的でした。思わず「へぇ、ここは通行禁止かぁ。」というタイトルを像につけてあげたくなりました。
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▲中井筋緑道です。犬を散歩する人がたくさん。車通らないし、いい環境。画像▲「ここは自動車通行止めかぁ…」

 中村区。前半は駅周辺を、そして後半は秀吉・清正ゆかりの地、遊郭、街道跡などを歩いて見ました。どちらかと言うと歴史散策のようになってしまいましたが、それだけ中村区には歴史を物語る建造物が今も残されていると言うことでしょう。
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 さあ、次はどんな名古屋に触れられるでしょうか。次回は名古屋の繁華街の中心、中区です。栄、大須、名古屋城。名所がいっぱい。回りきることができるかな。中村区編、最後までお読みいただきありがとうございました。
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