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12「佐屋街道」
元祖!?由緒あるバイパス
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s 2004.2月 取材

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画像船に乗りたくない旅人佐屋街道
画像街道沿いの三十三観音光明寺・扁慶寺(岩塚城址)
画像ホーロー看板は価値が高いかな高橋ライフ
画像「ここがぁ〜母校なんだなぁ〜。」烏森神明社・松蔭高校
画像目の神さまと金剛力士像願成寺

画像船に乗りたくない旅人 −佐屋街道
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 佐屋街道は、東海道のバイパスとして誕生した街道です。東海道五十三次のルートの中で、名古屋の熱田と三重県の桑名の間だけが海上ルートとなっています。そのため、船で渡らなければならないのですが、どうしても船酔いに耐えられない人や、女性や子ども、そして悪天候で船が出せない時など、熱田−桑名間の東海道のバイパスとして、この佐屋街道は利用されていました。中村区内はここ万場から烏森の駅までを通っています。では、烏森方面へと歩いていきましょう。
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▲ここが岩塚宿跡です。万場宿とふたつでひとつの宿という扱いでした。

画像街道沿いの三十三観音 −光明寺・扁慶寺(岩塚城址)
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 道路は細く、片側1車線は確保されていますが歩道はありません。結構路上駐車も多く気をつけなければなりません。少し歩きますと、三十三観音が目に入ってきました。ここは光明寺です。曹洞宗のお寺で、本尊は子どもを守る地蔵菩薩ですが、第二次大戦中に満州で戦死された方や、シベリヤ抑留中、そして帰国後に亡くなった方も眠っています。そしてそのすぐ裏手には扁慶寺があります。境内には吉田氏代々の居城であった岩塚城跡があります。しかし、夕方だったために門は閉められており中に入ることはできませんでした。
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▲光明寺。街道沿いには三十三観音があります。画像▲扁慶寺。手前にあるのが、岩塚城跡の石碑です。

画像ホーロー看板は価値が高いかな −高橋ライフ
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 佐屋街道に戻り歩きます。街並みからは古さを感じるのですが、何かそこにある時代がメチャクチャなのですよね。確かに岩塚宿跡などは、格子戸や高欄のある建物といった街道の面影があるものも残ってはいるのですが、それ以外に「マルフク」や「オロナミンC」のホーロー看板などからは昭和を感じることもできます。しばらくすると右手に三菱重工の大きな工場が見えてきます。するとこのあたりからは、古い街並みと企業が混じりあいます。オリジナルキャラクターと思われる可愛いフクロウの看板を掲げた、高橋ライフという今時の質屋さんが登場するあたりから道は広くなり、歩道も整備されています。そう言えば高橋ライフってよくCMを聞いた記憶があります。ここにあったのか…。ちなみに名古屋は質屋がメジャーな存在で、テレビ等でもよくCMが流れます。詳しくは中区編で。
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 パール金属と言う、真珠を扱っているのか金属を扱っているのかよくわからない会社や、ナイフ・ミリタリーグッズ専門店、そして看板屋さんなど、なんだか昔の面影を探るつもりが、ごった煮の商店街の様なラインナップになってきました。この先街道の面影はあるのかと不安になります。
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▲三菱重工の名古屋研究所です。エアコン等の解析をしています。画像▲岩塚駅前です。豊国通の南方向を望みます。

画像「ここがぁ〜母校なんだなぁ〜。」 −松蔭高校・烏森神明社
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 そして再び道は細くなり始めると、烏森界隈に入ります。再び街道っぽい建物が立ち並びます。もう駅は目の前という直前に、柳街道道標があります。ここが佐屋街道と柳街道の分岐点です。佐屋街道をまっすぐ進むと中川区に入ってしまうので、柳街道を左に曲がります。柳街道は名古屋城下へと抜ける街道です。その分岐点に八幡社があります。そろそろ疲れてきたのでちょっと休憩します。
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▲高欄のある建物もまだ残っています。ちなみにこちらは畳屋さん。画像▲八幡社です。森本レオさんもお参りしたのでしょうか?

 ふと見ると、八幡社のすぐ北側には柳小学校、そしてその奥には松蔭高校があります。松蔭高校は、森本レオさんの出身校です。森本さんと言えば、東海ラジオの「ミッドナイト東海」で一躍有名になり上京されたのですよね。森本さんはここで高校生活を過ごされたのかぁ、とふとそんなことを思いながら松蔭高校の横を北へと向かいます。
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画像目の神さまと金剛力士像 −願成寺
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 すると、再び高速道路が走る岩塚本通が近づいてきます。その手前に願成寺があります。ここの薬師堂には鎌倉時代に作られた左右に立つ金剛力士像があるそうなのですが、やはり時間が遅かったのか見ることができませんでした。
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▲こちらが願成寺。眼病治癒で知られています。画像▲少し北の薬師堂に金剛力士像があるのですが、見られなかった…。

 佐屋街道は思ったよりも街道という感じではありませんでした。ところどころに「やじさんきたさん」のイラストなどが書かれていたりしましたが、イマイチ見所に欠けました。収穫は「オロナミンC」「アース渦巻」ですかね。良く考えてみれば、現代でもバイパスと言われる道路はどこか殺風景です。ここは元祖、東海道のバイパス。今も昔もそれは変わらないのかも知れません。では最後に、秀吉生誕地のもうひとつの説である中中村へと向かいます。
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▲岩塚本通の烏森インター。車では
このあたりよく通っていましたが、歩いてみるといろいろ発見します。

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