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7「五女子」
運河をここに作ったのは本当に…
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s 2004.8月 取材

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画像女子(にょうし)町の由来二女子・四女子・五女子
画像158キロの石で力比べ八剱社・源通寺
画像釜の湯をふりかける神事 八熊通・牛立八幡神社
画像川と船長円寺・元中野神明社
画像街を冷やす、名古屋を冷やす、そして心を…?中川運河

画像女子(にょうし)町の由来 −二女子・四女子・五女子
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 小栗橋から中川運河を南下します。次の長良橋が尾頭橋からの佐屋街道になります。佐屋街道を東に歩くと、右側に二女子町、そして露橋で寄った五女子センターのある五女子交差点があります。この交差点から南側が五女子界隈です。露橋のところでも触れましたが、この南北に走る道路は露橋と八熊通間が拡張中でその前後は既に広くなっています。そのため交通量は多く狭い部分では車がすれ違うのに苦労しています。その道路を南に歩きます。現在、この「女子(にょうし)」という地名はこの二女子、五女子と中川運河の対岸にある四女子のみです。かつては一女子から七女子まで村があったそうです。由来は、昔ある尾張の豪族に七人の娘がおり、その娘を七つの村にお嫁に出しそこを領地としたことから村の名が変えられたとのことです。
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▲郵便局の名も、五女子郵便局。画像 ▲露橋のところでも立ち寄った五女子センター。画像 ▲道路が一気に細くなったりします。

画像158キロの石で力比べ −八剱社・源通寺
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 この五女子は道路の東側が中川区五女子、西側が五女子町とわかりくくなっています。道路も急に細くなったと思ったら、やたらと広くなったりしていますが、露橋のように拡張工事をしている雰囲気もありませんし、できなさそうです。左手の成願寺を過ぎ道路が広くなると右側に八剱社と源通寺があります。八剱社は1625(寛永2)年の創建で、尾州和加部守が戦勝祈願のために祀ったものです。このあたり一帯が穀物の不作に遭い飢饉に陥ったとき、柿・栗のみが豊作でそれで飢えをしのぐことができたことから、例大祭では柿と栗をふたつの俵につめ蝶とトンボの飾りをつけたものを、選ばれた若者が神にささげて豊作を祈ります。ところでこの八剱社には大きな石が三つ並べて置いてあります。力持ち石と呼ばれるそれらの石を、かつて若者達が集まって、持ち上げることで腕を競いあったそうです。最も軽いのは六斗五升で98キロ、次は九斗五升で143キロ。最も重いのは一石五升でその重さ158キロ。昔の人は力持ちだったんだなぁ。挑戦しようかと思いましたが、絶対に腰を痛めそうなのでやめました。多分その前に持ち上がらないでしょうけど…。
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▲成願寺のあたりは、自動車が普通にすれ違えます。画像 ▲今度はやたらと広くなりすぎ。路肩が余っています。画像 ▲八剱社の奥にある源通寺。

画像釜の湯をふりかける神事 −八熊通・牛立八幡神社
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 さらに南に歩くと、八熊通にぶつかります。八熊村という地名は、五女子の八剱社と二女子の熊野神社の頭文字をとってつけられたそうで、八熊通の名はその村の名に由来します。八熊通は東は昭和区の檀渓通から新川までを結ぶ道路ですが、全体にこの八熊通の名がつけられています。
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▲柿と栗で村を救った八剱社。画像 ▲力石。これは…絶対持ち上げられない。画像 ▲店が無く、まねき猫だけが残ってました。今は新テナントを招いています。

 八熊通を過ぎると道路は整備されていて太くなります。左手に八幡中央公園があり、その奥には牛立八幡神社があります。八幡社は応神天皇を祀っていて5月には豊年祭、10月には例大祭が行われ釜の湯をふりかける湯取神事が行われます。また境内にある牛頭(こず)天王(素戔鳴尊・すさのおのみこと)を祀る天王社では7月に天王祭が行われます。山車とからくり人形4体が引き出され大変賑わいます。この牛立地区にとって八幡神社の存在は大きく、近くの小学校も八幡小学校と神社の名が付けられていますし、さらに南に歩き願興寺、牛立公園を越えて右折したところには八幡中学校もあります。ただ、神社をとりまく風景は田園から住宅街に様変わりしました。八幡神社の境内にはかつて池があり、そこで素戔鳴尊が足を洗ったという伝説が残されており、それを記念して足洗池祭が毎年5月に行われています。「足を洗う祭り」という言葉だけを聞くと、清い心になれそうなお祭りの気がしてしまいます。
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▲八幡神社。山車とからくり人形の天王祭は賑わいます。画像 ▲ここにも力石が。力比べが好きだったのかなこのあたりは。画像 ▲神社の境内に池は残っていませんが、八幡中央公園に水が流れてます。

画像川と船 −長円寺・元中野神明社
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 八幡中学校の真南には長円寺と元中野神明社があり、その南側の道路を西に歩いていくと再び中川運河にぶつかります。北には八熊通の篠原橋、南には野立橋があります。ところで、野立橋の東岸は清川町で西岸は清船町です。野立橋の南にある中野橋の向こうは東岸が福川町で西岸は福船町です。何かお気づきになりますでしょうか。そして篠原橋の北は富川町と富船町です。そうです。中川運河の両岸は同じ頭文字の後に東岸は「川」を西岸は「船」をつけた町名になっているのです。それは長良橋の南、富川町と富船町から清川・清船、福川・福船、玉川・玉船と続き、港区に入っても新川・新船、金川・金船と続きます。その先で荒子川運河と交差すると西岸は中川本町、東岸は河口町となるのですが、河口の名の通りそこには中川口閘門があり名古屋港へと繋がります。
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▲八幡中学校の南側にある長円寺。画像 ▲元中野神明社の狛犬は羊みたいにふさふさ。画像 ▲パイプのむこうに見えるのが八熊通の篠原橋。

画像街を冷やす、名古屋を冷やす、そして心を…? −中川運河
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 かつては物流の要だった中川運河、現在では船の姿を見ることはあまりありません。しかし無用の長物になったわけではなく、海から名古屋駅を結ぶこの運河の上が冷たい潮風の通り道となり、街が熱を持ってしまうヒートアイランド現象を抑える役割を担っています。確かに、中川運河の橋を渡るときには潮風を感じます。名古屋港と名古屋駅をほぼ直線で結ぶというコースも、ヒートアイランドを抑えるのに適しているのだとか。
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▲野立橋から中野橋を望みます。港から冷たい潮風が。

 元々ここに川が流れていたとはいえ、運河をここに作ったのは本当に「運が」良かった。中川運河にならって、私もあなたの心を寒くしてみました。
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