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空白
19「千音寺・万場」
進化した佐屋街道
空白
s 2004.8月 取材

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画像都心へ一直線 名古屋西ジャンクション
画像巨大住宅建設中妙本寺・心楽寺・新家天満宮
画像県と市の意地がぶつかりあう?行雲寺・円乗寺
画像田園と都市高速の街から見る夜空は 天神社・赤星神社
画像母乳が出るようになる乳の木国玉神社・光円寺・覚王院
画像まんばと言っても…万場

画像都心へ一直線 −名古屋西ジャンクション
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 服部の北、中川区富田町大字千音寺は海部郡に食い込むような形になっていて、広大な田園地帯が広がります。しかし、名古屋西インターが近いということで交通の利便性が高く、田んぼの間には巨大な市営住宅が建っているという不思議な状態です。しかし区画整理中なので空き地が多く、道路は細いといういかにも発展途上な景色が広がります。市営千音寺荘を越えて北に歩くと、上に東名阪自動車道が走る万場線にぶつかります。西に歩くと名古屋西インターがありその先は七宝町です。その七宝町との境には東名阪自動車道の名古屋西料金所があり、その北側富田町大字新家にはショッピングセンター・アズパークがあります。アズパークにはトイザらスや地元電器チェーンエイデンも入っており、スポーツクラブまでもあります。将来の宅地開発を見越しての出店でしょう。
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▲市営千音寺荘の手前は広大な水田地帯。画像 ▲名古屋西インターが目の前にあるので、三重県方面へのアクセスは抜群。画像 ▲名古屋市内へも名古屋高速ですぐなので、将来は人気住宅に?

画像巨大住宅建設中 −妙本寺・心楽寺・新家天満宮
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 アズパークの北西には、妙本寺、心楽寺、そして北側には新家天満宮があります。そういった古くからの寺社を取り囲むように、市営宮田荘が整備されています。10階建ての大きな住宅がボンボンと建ち、周辺の空き地は木の柵で覆われています。いずれは大きな住宅が密集し、そこに住む人たちの駐車場が建設されることでしょう。
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▲妙本寺。西側には市境を流れる福田川。画像 ▲心楽寺の前にはたくさんのお地蔵さん。画像 ▲新家天満宮のすぐ横には巨大な住宅が。

画像県と市の意地がぶつかりあう? −行雲寺・円乗寺
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 その宮田荘の子ども達が通う、赤星小学校の北側を東に歩いていくと、行雲寺と円乗寺がある南北に走る細い道路があります。行雲寺は749(天平19)年という歴史あるお寺で、聖武天皇の勅願寺でした。命を受けた右大臣藤原豊成が造営を行い、その豊成の女が山門にこもって写経をしたことから、山門は閑籠門と呼ばれています。そして円乗寺も歴史は古く、天慶年間(938-947)の創建です。
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▲現在はまだ、ガランとした空き地にポツポツ住宅が建っている状態。画像 ▲1200年以上の歴史がある行雲寺。画像 ▲行雲寺と向かい合うようにある円乗寺。

 道路は細い割りに意外と交通量が多いので危険です。そして海部郡大治町との境にあるのが、七所社神社です。境内は県によって中川ふれあい広場として整備されているのはいいのですが、境内の一部は名古屋市千音寺どんぐり広場となっており、県と市の意地がぶつかりあうような状態になっています。周辺には東之割自治会、北之割自治会という掲示板や地蔵堂も多く残っていて、古くからある道路であることがわかります。
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▲交通量は多いけれど細く、地蔵堂をよく見かけます。画像 ▲大治町との境にある七所社神社では県と市の意地の張り合い?画像 ▲古くから主要道路だったのでしょう。横の環状2号にその役目を譲ります。

画像田園と都市高速の街から見る夜空は −天神社・赤星神社
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 円乗寺の南の道を東に歩き、つきあたると天神社があります。天神社から見る景色は右と左で全く違います。境内から西にある鳥居を臨むと、その先には田んぼが広がっていて静かな田園風景なのですが、反対側を見ると環状2号とその上を走る東名阪自動車道が見え、車の行き交う音が聞こえます。天神社から南に歩いたところにある赤星神社は、さらに喧騒に包まれます。
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▲天神社のすぐ東側を高速道路と環状2号が走ります。画像 ▲西側には田園が広がり、喧騒と景色が不釣合。画像 ▲赤星神社はジャンクションの真横なのでさらに喧騒が。

 万場線の上を走る名古屋高速万場線と、環状2号の上を走る東名阪自動車道は、赤星神社のある角の垂井町交差点の上にある名古屋西ジャンクションで合流し、この先は東名阪自動車道が西へと続く形になります。今はまだ環状2号が仮開通状態なので交通量が少なめですが、将来片側3車線となり完成したときには道路の両側にも多くの店が並ぶようになり、街並みは一気に変貌することでしょう。そんな過渡期の千音寺を、星信仰の赤星神社は見つめています。既に周囲が全て田園だった頃に比べると、見える星の数も減っていることでしょう。
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▲赤星神社の北側には未舗装の道路が残ります。画像 ▲昔に比べると星空も見難くなったことでしょう。画像 ▲上の高速も、下の万場線も日中多くの車が通ります。

画像母乳が出るようになる乳の木 −国玉神社・光円寺・覚王院
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 さて、この千音寺が今は交通の要衝となっていますが、かつてそうだったのが千音寺の西にある万場です。万場線を東に歩きます。新川に架かる万場小橋を越え、名古屋西ジャンクションから1.5キロほど歩き、南に少し歩くと国玉神社があります。国玉神社は八剣社との相殿となっていて、現在は稲沢市国府宮、尾張大国霊神社を勧請しました。歴史は古く、はっきりとはしていませんが平安時代には既にあったという記録があります。その国玉神社のすぐ西隣にあるのが光円寺です。山門は織田信長と斉藤道三が会見した尾北富田村(現在の尾西市)聖徳寺の山門を移したものです。反対の東隣は覚王院。境内には乳の木があり、願うと母乳がよく出るようになると言われています。そして国玉神社と光円寺、覚王院の南側を通る道が、尾頭橋から西に伸びてきた佐屋街道です。
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▲国玉神社は八剣社との相殿。画像 ▲聖徳寺の山門を移した光円寺。画像 ▲境内には乳の木がある覚王院。山門前にはたくさんのお地蔵さん。

画像まんばと言っても… −万場
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 佐屋街道を300メートルほど東に歩くと、庄内川にぶつかります。中村区岩塚万場編で訪れた万場の渡し跡があります。万場とは馬場が転じたもので、馬場とは神社の馬場だという説があります。かつて東海道の海上ルートを避けた人々が歩く、元祖バイパスと言われた佐屋街道の北側を今は名古屋高速万場線が走ります。名古屋高速は東名阪自動車道に接続され、桑名方面へと向かいます。今も昔も名古屋と桑名を結ぶ道が通る万場です。
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▲旧佐屋街道は当時のままで細い。画像 ▲現在桑名と名古屋を結ぶのは、上を走る高速道路。画像 ▲万場の語源は神社の馬場。こちらは万場線沿いの天神社。

 マンバと聞いて、ガングロが進化したメイクをし、風呂になかなか入らない汚い女子高生がいるのでは、と訪れてもここにはいませんのでご注意ください。と言いますか、まだ名古屋ではマンバは稀少種です。渋谷のマルキューならぬ、栄のマルエイあたりを探せばたまにいるかも知れません。もし見かけたら、この庄内川の万場で洗ってあげましょう。
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 …って、本当にそんなことはしないで下さいね。
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