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空白
12「荒子」
円空上人のお気に入り!
空白
s 2004.8月 取材

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画像円空さんが彫った1200体の仏像荒子観音
画像市内最大級のタブの木若宮八幡社・西生寺
画像皇太子生誕記念公園 秋葉公園・篠原八幡社・安養寺
画像円空さんと相思相愛荒子

画像円空さんが彫った1200体の仏像 −荒子観音
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 前田利家の生誕地とされる荒子城址の富士天満社から北に200メートルほど歩くと、尾張四観音のひとつ荒子観音があります。観音寺の歴史は古く、奈良時代の729(天平元)年に泰澄和尚が創建したと伝えられています。当初はここから北に1キロほどのところにあったのですが、その後戦乱などで荒廃してしまったそうです。その後、1536(天文5)年に 多宝塔が再建され、1560(永禄3)年に現在の場所に再興しています。
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▲荒子観音の山門。仁王阿像301cmと仁王吽像328.5cm。画像 ▲山門のすぐ右側には荒子神明社があります。

 大きな山門である仁王門には3メートルを越える大きな仁王像がふたつあり、円空がここで彫ったといわれています。円空は美濃国に生まれ、日本中を旅した僧侶、仏師です。円空はこの荒子観音の住職と大変気が合い、1676(延宝4)年頃何度も滞在し仁王像を彫りました。円空が彫る神仏像は、木の自然な風合いを生かし、鉈ひとつで彫るという独特なものです。木を生かすというのは彫り方だけではなく、仁王像を彫った際に出た木端や、踏み台にしていた木も全て仏像へと姿を変え命を吹き込みました。この荒子観音で彫った仏像は1200体にも上ります。不動明王や柿本人麿、護法神から観音さままで、大きなものは130cm程のものから、小さなものは3.7cmのものまで。小さな木端さえも捨てることなく、全てを彫ったのです。
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▲円空仏は本坊にて毎月第2土曜の午後1時から4時に公開されます。画像 ▲庭を歩くと本坊が見えてきます。画像 ▲すると天空仏に出迎えられます。中は写真撮影不可でした。

 円空が彫った仏像は、鉈一本で彫ったとは思えない繊細さで、特にその表情の豊かさには心が癒されます。必ずどの像とも目が合い、今にも何か言葉をかけてきそうな気さえします。1200体のうち1020体は1972(S47)年に六角堂の木箱から発見されたもので、状態が驚くほど綺麗で松の木を使ったものはつやつやです。見せ物にはしたくないという住職の思いから、毎月第2土曜の午後にだけ本坊で公開されています。私も一度拝見させていただきました。遠くから新幹線で見にやってきた外国人の方や、有名な作家の方もいらっしゃっていました。円空は30歳頃から仏像を彫り始め、生涯12万体を彫ったそうです。計算すると平均で1日30体。仁王像のような大きなものは何日もかかったでしょうし、これは驚くべき数です。円空さんは鉈一本で木を削るのと同時に、330年の時を越え、私の心のもやもやを削ってくれました。
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 仁王像のある山門をくぐると、左手に国の重要文化財に指定された多宝塔があります。多宝塔は再興された1536(天文5)年当時のもので、名古屋市内最古の建築物です。熱田の岡部甚四郎が大工の棟梁を務めたとのことです。反対側の右手には円空仏が発見された六角堂、正面に本堂があります。本堂前の通路は綺麗にコンクリートが敷き詰められ、金属製の真新しい手すりもあり新しさを感じます。多宝塔が1560(永禄3)年に現在の場所に移転した15年後の1575(天正3)年、前田利家はこの荒子を離れる際、この荒子観音の本堂を再建しました。しかしその後幾度も火災によって焼失し、その都度再建するのですが、明治時代に入ると濃尾大地震で、昭和に入り三河地震により倒壊してしまいます。そして1994(H6)年には火災で焼失。現在の本堂は1997(H9)年に再建されたものなのです。どうりで新しいわけです。これだけ本堂が火災や倒壊に見舞われたにもかかわらず、円空仏や多宝塔が焼失しなかったのが幸いです。
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▲国の重要文化財に指定された多宝塔。このほど全解体修理が完了。画像 ▲本堂は1997(H9)年に再建されたもので新しい。画像 ▲1020体もの円空仏がでてきた六角堂。

画像市内最大級のタブの木 −若宮八幡社・西生寺
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 荒子観音の北側には荒子公園、そしてその北には東西に八熊通が走ります。八熊通を左に行けば地下鉄東山線の終点、高畑駅。そして右に歩けばあおなみ線の荒子駅です。荒子観音、荒子公園はちょうど両方の駅の中間に位置します。右に歩きあおなみ線の高架をくぐると右手に若宮八幡社があります。この若宮八幡社の社殿の裏には市内最大級のタブの木があります。幹回り2.55メートル、高さは17.5メートルで中川区で最初に保存樹に指定されました。そして次の信号交差点を右折して300メートルほど北に歩くと西生寺があります。鎌倉の武士だった木村左兵衛が文治年間(1185-90)に流浪し、前津小林城(現在の大須)近くで親鸞上人に師事しお寺を建立したのが最初で、その後米野を経て1532(天文元)年にこの地へ移りました。前田家家臣寺西氏の墓誌があります。
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▲荒子駅すぐ東側の若宮八幡社。画像 ▲社殿の裏には、市内最大級のタブの木が。画像 ▲前田家家臣寺西氏の墓誌がある西生寺。

画像皇太子生誕記念公園 −秋葉公園・篠原八幡社・安養寺
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 再び八熊通を歩きます。すると左手に中川区最大規模の松葉公園があります。この公園は現在の天皇陛下の誕生を記念して1941(S16)年に開園したものです。その松葉公園交差点を右折して、環状線を南下すると古木が覆い繁る篠原八幡社、そしてその向かいにはかつて郵便局だった大きな建物があります。現在は事務集中センターとして使われているその建物の脇を東に歩いていくと、薬師瑠璃光如来のある安養寺があります。1596(慶長元)年に浄通という僧が稲葉地で創建したと伝えられています。
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▲現在の天皇陛下の誕生を記念して開園した松葉公園。画像 ▲環状線沿いにある、古木が覆い繁る篠原八幡社。画像 ▲稲葉地から移ってきた安養寺。

画像円空さんと相思相愛 −荒子
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 荒子の人々は、円空を誇りに思っていて「円空さん」「円空さま」「円空上人」と必ず尊称をつけて呼んでいるとのことです。私も仏像を彫ってみたいという方は、荒子観音で教室が毎月第1、3木曜日に開かれているので問い合わせてみてください。まずはその前に一度第2土曜に訪れて1200体の円空仏を実際に目で見てみてください。必ず目が合います。さて、円空上人から私が学んだこと。それは円空上人が4センチに満たない木でも仏像に仕上げたように、私はどんなに小さな発見や思いつきでも文章にして残さなければということです。これからも名古屋の魅力を探し続けます。たとえ名古屋を離れても。
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