02.中区 名古屋を歩こう

そこのけそこのけ、バス様のお通りだ

記事公開日:2004年3月18日

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自転車施策先進都市の秘密-丸の内

 では大津通を北へと歩きましょう。まず気づいたのが、歩道が色分けされているという点です。そこにはわかりやすく表示がしてあります。それは「歩行者マーク」と「自転車マーク」です。名古屋市では、自転車と歩行者の接触事故をなくすために、通行帯の区分けをしてほしいという市民の要望を受け、歩道幅員が5メートルを超える部分について、順次自転車レーンを導入しています。都心部については2005(H17)年度の整備完了に向けて現在作業が続けられています。国土交通省からは「自転車施策先進都市」の指定も受けており、将来的には名古屋市内の自転車道ネットワークを整備するとのことです。これも、もともと道路が広い名古屋市だからこそできることのひとつです。

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▲左側が自転車、右側が歩行者の通行帯です。名古屋は歩道も広い!

世界から視察に・しかしどこも...-基幹バスレーン

  さて、この大津通は歩道だけでなく、車道も色分けが施されています。大津通は片側4車線あるのですが、そのうち中央の1車線がオレンジ色にペイントされています。実はこれ、導入時は全国から注目の的となった「基幹バスレーン」です。この車線は、ラッシュ時はバス専用、そしてその他の時間はバス優先車線となっていて、中央にあるためにバス停が道路の真ん中にあるという、まるで路面電車をバスに代替したスタイルになっています。

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▲中央にあるのが屋根付きバス停です。オレンジ色のペイントがバスレーン。

 当初は全国初の試みとして、他の政令指定都市だけでなく外国の都市までもが、参考にしたいと相当数の視察団が名古屋を訪れました。確かに幾分かバスの運行がスピードアップされてはいるのですが、名古屋市の運転マナーは悪いことで有名です。もちろん、このバス車線にも一般車がどんどん乗り入れ、無法地帯と化しています。それを指摘する市民ボランティアもいるのですが、注意されると逆ギレする運転手も多いと言います。それでもそれなりには運行されていますけどね。

 バス停が中央にあることで、ギリギリの時間にバス停に走っていっても、横断歩道を渡らないとバス停に行けないために、信号を待っている間にバスが行ってしまうという不便さはあります。ちなみに、この名古屋市の基幹バスを手本としてバスレーンを導入した都市はひとつもありません。あれだけ視察に訪れたにも関わらず...。何が欠点だったのでしょうか。

 しかしそれは欠点があったわけではなく、名古屋ほど道路が広い都市はそんなに無かったからなのではないでしょうか。大津通は片側4車線、ひとつをバス専用にしても残り3車線あります。名東区あたりでは片側2車線になりますが、少なくとも片側2車線と、中央にバス停を設置する広さの道路が市内じゅうに広がっていなければ、この基幹バスは成り立たないわけです。

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▲桜通。中央にある看板が「プライムショッピング」。

全国区規模同士・同業者の火花-桜通

 さて、桜通に出ますと、「プライムショッピング」という通販大手、プライムの大きな広告看板が目に入ります。しかしプライムは東区代官町に本社を構えていて、ここにあるわけではありません。ところが、桜通から少し北に入ると、こちらも通販大手「ショップジャパン」でお馴染みの「オークローンマーケティング」の本社があります。プライムのこの広告は、オークローンへの牽制なのかと妙に勘ぐってしまいます。名古屋には結構通販会社があり、かつては全国的に知名度があり、社長が登場するテレショップの元祖「小山テレビショッピング」という会社もあったのですが、現在は全く見なくなりました。この業界、浮き沈みが激しいですからね。それにしてもライバル社の近くにイメージ広告を建てているプライムの真意は一体...。

白い歯っていいなぁ~-歯の博物館

 さらに北へ歩き、郵便局を越えると左に県庁分室があります。これが古い。いつからこの地にあるのでしょうか。お隣りの会社まで合わせて古いままのビルとなっています。その郵便局の並びにあるのが愛知県歯科医師会館です。ここには「歯の博物館」があり、無料で見ることができます。足踏みエンジンを使っていたころの治療の様子や、畳が敷かれた昔の歯医者の待合室が再現された部屋の展示のほか、実際に口のチェックをすることができます。すぐ近くには、入口でライオンちゃんがお出迎えの、ライオン名古屋支社があります。やはり歯とライオンは切っても切れない関係なのですね。

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▲ライオン名古屋支社では「ライオンちゃん」がご挨拶。 画像 ▲右側が県庁分室です。お隣りのビルもお付き合いで古いまま?

家康にだって移転を拒んだのに-那古野神社

 では、そのまま北へと歩くと、高架の高速道路都心環状線が走る外堀通に出ます。そして西に歩くと那古野神社があります。もとは「名古屋神社」と言い、名古屋城内の三の丸にあった神社で911(延喜11)年の創建と言われています。家康は名古屋城築城の際、外へ移そうとお供えを持って伺ったのですが、「遷座不可」と出たため、そのまま名古屋城内に止まり、お城の氏神さまとなったのでした。その後、1876(M9)年に現在地に移転しています。しかし、この時は誰が移転を行ったのでしょうか。家康でも駄目だと言われたのに...。1899(M32)年には現在の名前に改称されています。かつては例祭にて、近隣の山車がこの神社に一斉に集まり夏の城下町を彩っていたそうです。

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▲那古野神社です。かつては名古屋城の氏神さまでした。 画像 ▲家康にはOKを出さなかったのに、一体誰にOKを出したのか...。

樹齢400年の木はビルに囲まれ-東照宮・福神社

 那古野神社のすぐ横には、東照宮と福神社があります。東照宮は1619(元和5)年に尾張藩祖義直が、家康の霊をまつるために名古屋城内三の丸に創建したもので、那古野神社と共にこの地に移転しています。ところが戦災で全焼してしまったため、現在の社殿は義直の正室高原院の霊廟で、万松寺(大須)、建中寺(東区)を経てここに移建されたものです。県の文化財として指定されています。

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▲尾張東照宮。社殿は3度目の引越しでここにやってきました。 画像 ▲東照宮の横にある福神社。同様にこちらもかつては城内にありました。

 東照宮を西側に出ると、道路の正面に「ムクノキ」という看板があります。ここには名古屋城が建つよりも前からあるムクノキがあると書いてあるのですが、姿が見当たりません。あちこちから見てみると、ムクノキ自体はビルの合間から目視できるのですが、どうやっても近づくことができません。看板には「左手奥」と書いてあるので、ビルの1階部分の駐車場に入っていくと、なんとその駐車場の奥にムクノキはありました。

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▲東照宮の向かいにあるムクノキの看板。ムクノキ自体は左のビル1階奥へ。

 このムクノキ、なんと幹回りが5メートル以上、枝張りは南北14メートル、東西18メートル。そして高さは21メートルという巨木で、推定樹齢は400年以上だそうです。今ではビルに囲まれてしまっていますが、名古屋城築城の様子もこの木は高い位置から見守っていたわけです。今では自分よりも高い建物に遮られ、名古屋城を見ることはできないのでしょうね。また、この地は尾張藩の重臣で、俳文「鶉心」で有名な横井也有の出生地でもあります。

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▲まさかビルの敷地奥にムクノキがあるとは...。探すのに時間かかりました。

 那古野神社に山車が揃い賑やかな祭りが行われ、桜天神社の鐘がなり、ムクノキがどーんと構える名古屋・城下町。当時の面影は少なくなってしまいましたが、今でもその時代を思い起こさせる形跡は残っています。平和な城下の様子が思い浮かびます。

 では、その名古屋城敷地内である三の丸へと歩きましょう。


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