02.中区 名古屋を歩こう

ちゃんとスベることができますように

記事公開日:2004年3月18日

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かつては本堂の高さが36メートルもあった-東本願寺東別院・愛産大工高

 東本願寺東別院。1690(元禄3)年に、尾張2代藩主光友から古渡城跡を与えられた、本願寺16世一如上人が堂宇を建立したのが始まりです。名古屋は東本願寺の地盤で、1822(文政5)年に再建された本堂の高さはなんと36メートル。名古屋城と並ぶほどのものでしたが、1945(S20)年に戦災にて焼失してしまいました。それでも、今も全国有数の規模となっており、敷地内には「東別院ホール」というイベントスペースを設けているほどです。中村区にあった同朋大学がかつてここに校舎を構えていたり、明治時代、陸軍に移転を要請された県庁(当時は名古屋県)が、ここに仮庁舎を建てていたほど広いのです。

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▲東本願寺東別院です。平日でもたくさんの人がお参りしています。 画像 ▲鳩がウトウトと首をすくめて眠っていました。 画像 ▲こちらは東別院ホール。様々なイベントで使用されます。

 敷地内には古渡城跡もあります。ここにあった古渡城は、織田信秀が1534(天文3)年に築城したもので、それまで信秀は今川氏豊から奪った那古野城にいたのですが、那古野城を信長に譲ると信秀はここに移りました。城は東西140メートル、南北100メートルにも及んだそうです。その後信秀が末森城に、信長が清須城に移り古渡城は廃城となりました。その間、わずか14年でした。

 他にも幼稚園があります。東本願寺は通称「お東さん」と呼ばれているのですが、ここにある幼稚園は「お東幼稚園」です。それはそんなに違和感が無いのですが、地図上には幼稚園の記号とともに、「お東」とだけ書いてあり、少し不思議な感じがしました。また、東別院のホームぺージの名前は「お東ネット」と言います。もちろんアドレスはwww.ohigashi.netです。うん、憶えやすい。

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▲古渡城跡です。14年で廃城というのもせつないですね。

 さて、東別院から西へと歩きます。すぐおとなりには愛知産業大学工業高校があります。大きな横断幕が掲げてあり、見ると「全国大会出場!少林寺拳法部」の文字が。屈強な男子生徒たちを想像することができます。側面には「電気工事士合格日本一」の文字も。男の世界ですねぇ。そのまま西に進むと伏見通をぶつかります。そして北へ向かいます。

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▲愛知産業大学工業高校です。少林寺拳法の達人電気工事士が続々誕生?

桶狭間で信長に勝利をもたらした-日置神社・万福寺

 しばらくすると、栄国寺の千本松原の話にあった日置神社があります。日置という名前は、古代暦を司った日置部にちなんだもので、姓氏録に「日置部は天櫛玉命の男天櫛耳命の後」とあり、櫛玉は太玉の美称であったとのことです。1560(永禄3)年5月、桶狭間の戦いに出陣する織田信長はここで勝利を祈願しました。そして信長は勝利を収め、それは日置神社のお陰ということで千本の松をこの地に植えたのでした。それ以降、「千本松日置八幡宮」とも呼ばれているそうです。境内には廣島稲荷神社もあり、表情は少し怖いお稲荷さんでしたが、鮮やかな赤い前掛けが可愛く見えました。そしてその北側には大須の蓮如上人の御由緒寺「万福寺」があります。

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▲日置神社です。メダリストを生んだ実績あり? 画像 ▲お稲荷さん。可愛いって言ったら怒られますか? 画像 ▲大須の蓮如上人の御由緒寺、万福寺です。

葛飾北斎がパフォーマンス-西本願寺別院

 さらに進むと、大須通に出ます。ちょうど大須の七寺の向かいにあたるのが、西本願寺の別院です。通称「お西さん」です。本願寺派では東よりも西が本家で、全国的もお寺の数は多いのですが、東本願寺の地盤である名古屋では別院と言えば「お東さん」となってしまいます。さて、この西本願寺別院には面白いエピソードがあります。1817(文化14)年、浮世絵師・葛飾北斎は名古屋滞在中、ここで120畳敷の半紙にだるまの絵を書き、当時大いに話題となったそうです。北斎は昼頃書き始めたにもかかわらず、夕方には完成したそうです。その絵なのですがこちらも戦災で消失してしまいました。しかし宣伝ビラが現存しており、名古屋市博物館に保存されています。宣伝したということは、お金取ったのかな?いや、名を知らしめるためのパフォーマンスだったのかも。

 その後、1874(M7)年には名古屋大学医学部の前身である医学講習所がここに設置されたそうです。江戸時代、人体解剖を行っていた屋敷に近いことに関係があるのかもしれません。

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▲西本願寺別院です。東ほどは無いとはいえ、敷地はかなり広いです。 画像 ▲ここに120畳敷の半紙を広げたのですね、北斎も名古屋では変わったことがしたかった?

世界に名高いアイススケーターを養成-名古屋スポーツセンター

 そして、西本願寺の西側にあるのが「名古屋スポーツセンター」です。ここは年中無休のスケートリンクで、多くのクラブチームが活動しています。教室も充実しており、初心者向けから、フィギュアスクール、シニアホッケー専科コース、スケートフォークダンスと幅広く、そのラインナップに驚かされます。1992(H4)年のアルベールビル五輪で銀メダルをとった伊藤みどりさん、1992~93(H4~5)年にフィギュアスケートの世界ジュニア選手権連覇を果たした小岩井久美子さん、そして今、国際舞台で注目されている恩田美栄さんなどを輩出しています。名古屋ではスケート場の閉鎖が相次いでいるので、これからも名古屋のスケーターはここで腕、いや足?を磨き、充実したコーチ陣の下、大舞台へと進出していくことでしょう。

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▲名古屋スポーツセンターです。周辺のスケート場が閉鎖される中頑張っています。

 ひょっとしたら伊藤みどりさんなど、近くの日置神社などで必勝を祈願していたかもしれませんね。もしも絵馬を書いていたとしたら「ちゃんとスベることができますように。」といった文言になっていたのでしょうね。

 受験生が見たらちょっとへこんでしまいそうです...。

 ですので、名古屋スポーツセンターに通う未来のメダリストのみなさん。もし絵馬を書かれることがあったら、具体的に「○○大会優勝」とかにしてくださいね...。


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