09.瑞穂区 名古屋を歩こう

ヒミツの桃園

記事公開日:2004年10月22日

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下町と都市高速-松田橋

 山手グリーンロードの西端でもある空港線の牛巻交差点から南へ、空港線が国道1号線になる松田橋交差点まで歩きます。空港線の上には名古屋高速大高線が走り、一見東区や北区と同じようで全く違います。左右には古くからの工場やそこで働く人々のための商店街が形成され、近代的な高速道路を囲むように懐かしい下町の景色が広がります。また、西区の工業地帯のように工場が削減されてテーマパークや資料館になっているということもなく、昔からの工場が現役で稼動しています。

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▲空港線の両側は工場関連施設で占められてします。

お医者さんが作った学園-愛知みずほ短期大学

 牛巻交差点の近くには愛知みずほ大学短期大学部があります。1939(S14)年に瀬木医学博士が私財を投じ、瑞穂高等女学校として誕生、1950(S25)年に瑞穂短期大学家政科として短期大学になりました。その後家政科は生活学科となり現在に至っています。瀬木学園は1993(H3)年4年制大学も設置し、お医者さんが作った学園らしく心と体の健康をテーマにカリキュラムが組まれています。ちなみに4年制大学は同じ愛知みずほ大学という名前ですが瑞穂区内ではなく豊田市の緑豊かな森のなか、いかにも健康的なところにあります。どのくらい自然が豊かかといいますと、近くを走る電車の路線が廃線になってしまうほどの大自然です。

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▲愛知みずほ大学短期大学部と瑞穂高校。手前の高校の方がピカピカ。

看板に偽りあり!?-牛巻商店街

 さて空港線を南に歩くと、道路の両側全ての横道がそれぞれ違う名前の商店街になっています。牛巻交差点から2本南側にある牛巻商店街を左に入ってみます。「はきもの」「洋品」「レコード・テープ」と懐かしい書体の看板が目に付きます。レコード・テープという看板は今ではなかなか見ることができません。どんな品揃えかと思い覗いてみると、嵐のポスターが貼ってあり普通に最新のCDが売られていました。ちょっと期待はずれ...って当たり前ですよね。もし、光GENJIのテープとか置いてあったら買いましたけど。

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▲レコード・テープの文字がいい味出しています。

熱田神宮の拡張によって...-秋月院・ダートコーヒー

 その通りが左に折れ曲がる手前を右折すると、左側に1階が駐車場になっている大きなお寺が見えてきます。秋月院です。1598(慶長3)年に創建されたお寺で、1938(S13)年まではずっと熱田神宮の近くにあったのですが、神宮の拡張工事によって現在地に移転しています。そのことについては「当時の地方長官の指示により止むなく」とあり、無念さが伝わってきます。この場合の無念とは仏語の無念ではなく、別の意味の無念です。あ、でもお寺だから無念でもあるわけで、とにかく無念。

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▲牛巻商店街の先にある秋月院。
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▲かつては熱田神宮の境内にあったのですが...。

 空港線に戻ります。昭和を感じる看板や建物が並びます。「東京・金沢・京都・大阪・和歌山・福山・福岡・高松」というネットワークの地名が書かれたダートコーヒーからはいい豆の香りが漂います。ダートコーヒーは大阪に本社を置くメーカーで、ダーツの的のマークが目印です。ここはその名古屋支店です。業務用コーヒーや関連器具のインターネット通販や、カフェの開業支援業務を行っているほか、北区上飯田のダイエーには直営のコーヒーショップがあります。炭火焼コーヒーカステラがとても気になります。ショップには挽き売りコーナーがあり、21種類のコーヒーを取り揃えているとのこと。ここはあくまでも営業所なので、近いうちにショップに行ってみます。

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▲ダートコーヒーからは豆のいい香りが少し漏れています。
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▲こちらは堀田本通商店街。
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▲柳ヶ枝商店街。1本1本各通りが別々の商店街になっています。

カラオケに煙突?昭和な雑居ビル?-堀田駅前

 堀田本通商店街、柳ヶ枝商店街、堀田本町グリーンモールと名鉄名古屋本線堀田駅が近づくにつれ活気付いてきます。昔は工場だった建物を改装したのか、なぜか煙突のあるカラオケ店や、いかにも昭和チックな雑居ビルに入る洋菓子喫茶店、夜11時まで営業というところがちょっと今時な感じがする名鉄パレは堀田駅に併設されています。名古屋は駅前が発展していないことが多いのですが、ここは工業地帯に通う通勤者が多いためか駅周辺にはパチンコ店や居酒屋、飲食店が並びます。特徴ですが、どれだけ外壁や看板が新しくても、どれも建物は歴史を隠せません。

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▲こちらは堀田本町グリーンモール。
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▲煙突が残っているカラオケボックス。
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▲昔ながらのテナントビルには洋菓子自慢の喫茶店。

ブラザータウン-ブラザー病院・ブラザー瑞穂工場

 この名鉄堀田駅を越えると、いよいよ工業地帯です。空港線沿いはブラザー病院、ブラザーの工場と世界のブラザー一色で本社機能が集中しています。名鉄堀田駅から南に400メートルほど歩くと地下鉄名城線の堀田駅があるのですが、駅の南側にあるブラザー瑞穂工場の規模には圧倒されます。

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▲名鉄堀田駅は空港線西側。ひっそりとあります。
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▲駅前にはコンビニや居酒屋。看板は新しいけど建物は古い。
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▲病院も、ブラザー。ブラザー病院。

大ファンだから椅子を作りました-浜神明社

 工業の話の前に、その地下鉄堀田駅があるその名も地下鉄堀田交差点の北西角には、浜神明社があります。浜の名のとおり、かつてこのあたりは海岸で渡船場がありました。その後天白川に堤防が完成すると田園となり、五穀豊穣を祈るために祀られたのがこの神社で、天照大神を祭神としています。境内には「天正十七年」(1589)と刻銘の入った名古屋市最古の月待供養碑や、慶長年間(1596-1615)に所願成就を祈った斗帳寄進碑が対で残されています。しかしこの浜神明社は明治時代、大喜でご紹介した津賀田神社と合祀された経緯があり、1940(S15)年に再び浜神明社として遷座した際に斗帳寄進碑の片方を津賀田神社に残してきています。また西行腰掛石という石があります。熱田神宮で「こんなに涼しいのに誰が熱田と名付けた」という歌を歌った西行法師、しかしこの石は西行法師が腰掛けたわけではなく、西行の和歌の大ファンが作ったそうです。好きな人のために石の椅子を作る、今も昔もファンの心理というのは奥深い。

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▲かつて渡船場だった浜神明社。
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▲西行腰掛石に腰をかけたら、西行ファンの作者に怒られるかも。
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▲こちらが名古屋市最古の月待供養碑。

手に持つ武器を技術に変えて-東ノ宮神社

 そしてブラザー瑞穂工場を越えた、松田橋交差点にあるパチンコ店の南側には東ノ宮神社があり、「明治天皇覧穫之所」という大きな石碑があります。「明治天皇八町畷御野立所」という石碑も残されており、かつてここに明治天皇がやってきたことを示しています。近くで演習を見てここで休憩したのでしょう。かつては武器を持ち世界に挑んだ日本人が、今は武器を技術に変え、世界に挑んでいるのがこの西側にある桃園町です。

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▲パチンコ店の南にある東ノ宮神社。
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▲明治天皇覧穫之所という立派な石碑。
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▲こちらの石碑には明治天皇八町畷御野立所の文字。

世界を舞台に戦うメーカー発祥の地-桃園町

 空港線は松田橋交差点で、西からやってきた国道1号になり南に伸びるのですが、その国道1号を西に少し歩くと、パロマ、ブラザー、トヨトミといった大きな看板のついた工場群のある桃園町があります。

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▲国道1号はここで折れ曲がっています。道自体は折れていません。
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▲ブラザー瑞穂工場。世界のブラザー、圧倒されます。
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▲桃園町では多くの世界的メーカーが創業しています。

 ガス機器で世界的に有名になったパロマは、1911(M44)年に中区の東別院近くで小林瓦斯電機機器製作所として創業し、1938(S13)年この桃園町に大工場を建設し、本社はここにあります。またアメリカにも現地法人を持つ石油ストーブで有名なトヨトミも1949(S24)年、この桃園町に豊臣工業として創業し現在も本社をここにおいています。

 ミシンからOA機器、そしてロボットで世界に羽ばたくブラザー工業も近くで創業しており、この桃園町に桃園工場を置いていますし、今は豊明市に本社を置く冷却機器メーカーホシザキも、星崎電機としてこの桃園町で1947(S22)年に創業しています。

 桃園町には世界で戦うメーカーが集まっています。そこでは明かせないような最新技術が駆使され製品が開発されているわけで、まさに秘密の花園ならぬ秘密の桃園と言うことができるでしょう。

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▲パロマ、トヨトミ、ブラザー、ホシザキ。世界に進出するにはカタカナ必須?

 ここ最近は不況で効率的な経営が求められるようになり、リストラという言葉をよく耳にするようになりました。ところが遥か昔、今から約千年前にリストラにあってしまった人がいます。そしてそれにまつわる地名が残る場所が近くにあります。ではこの後はその場所を目指し地下鉄堀田駅から新瑞橋駅方面へと歩きます。


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