09.瑞穂区 名古屋を歩こう

体のあちこちが気になります

記事公開日:2004年10月22日

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江戸川乱歩・杉原千畝・日比英一を輩出-瑞陵高校

 河合塾の桜山校前から南に歩きます。壁から木が飛び出している家、どういうビデオを製作しているのかインターネットで検索しても全くわからない、とてもに気になるビデオ会社を通り過ぎると両側に学校が見えてきます。左側は名古屋大谷高校、県立瑞陵高校、右側は瑞穂ヶ丘中学校です。瑞陵高校は、古くは推理小説を数多く残した江戸川乱歩、戦争中ユダヤ人を救った杉原千畝、CBCニュースワイドのキャスターを長年務めた日比英一、そして最近ではアルベールビル五輪アイススケート銅メダリストの河合季信、陸上走り高跳びの今井美紀と様々なジャンルで有名人を輩出しています。

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▲塀から木が飛び出しています。塀を木にあわせて作ったのかな。
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▲石材店などといった町工場が並びます。
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▲名古屋大谷高校と、瑞陵高校を臨みます。

腹痛・腰痛・歯痛なんでも来い・弘法大師お墨付き-神之内八幡社

 瑞穂ヶ丘中学の南側を西へと歩いて行くと、痛みをとってくれる石のある神之内八幡社があります。平安時代に始まり、現在は堀川まつりに姿を変えた熱田天王祭の際、熱田まで提灯を奉納する慣わしがあったのですが、熱田まで行かずともこの神社に提灯を奉納すれば同じご利益があるとされていたそうです。本殿は2004(H16)年に修復されておりピカピカで、地域の信仰の厚さが伺えます。そして本殿に向かって右にあるのが、痛みをとってくれるという肴瓮石(なべいし)です。痛みは場所を問わず頭痛、腰痛、歯痛が取れると云われています。誰が言ったのかといいますと、弘法大師です。弘法大師は海上寺に訪れたついでにこの神社に立ち寄り、この石を叩き、その音でこの石の力を見抜いたそうです。海上寺には後ほど立ち寄ります。

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▲瑞穂ヶ丘中学の南側を右折します。
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▲痛みをとってくれることで有名な神之内八幡社。
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▲こちらが痛みを取る石、肴瓮石。弘法大師お墨付き。

日本武尊の荒々しさを祀る-一之御前社

 八幡社の次の交差点を左に曲がり、2本目を右折します。すると古い住宅や商店が立ち並ぶ中に一之御前社が見えてきます。拝殿の前に大木が倒れかかっていてそれをコンクリートと金具で支えているのが印象的なこの神社は、御剱小学校のところにあった高田城の城主村瀬浄心が1564(永禄7)年に勧請したもので、日本武尊の荒魂が祀られています。日本武尊の闘争心は並大抵のものではありません。その日本武尊の荒々しく勇猛な魂が祀られているとなればパワーは絶大です。日本武尊の闘争心がどのくらいすごいかというと、実の兄を殺したほどのものです。これからの世の中はそれ位の闘争心が必要かもしれません。あやかって勝ち組になりましょう。

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▲一之御前社は坂道の上に平らに建っています。
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▲本殿の前には、何やら大木と金具が。
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▲倒れそうな大木を、こうやってコンクリートの土台で支えています。

じわりじわりと内側から...-バロー瑞穂店

 孫を自転車の後に乗せたおばあちゃんから「ちょー、おもてゃーなぁー」「なんやあくびして、眠てゃあのか」と懐かしい名古屋弁が聞こえてきます。周囲の建物も古く道も細いのですが、少し南に歩くと拡張工事をしている道路があり、ドーンとスーパーが現れます。バロー瑞穂店です。バローは岐阜県多治見市に本社があり名古屋に進出して日は浅いのですが、こういった周辺に競合店が無いような場所にうまく出店をすることが多く、意外なところに突然出現します。

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▲総合衣料の店。もちろん現役。
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▲懐かしい名古屋弁が聞こえてくる下町風情。
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▲こんなところにバロー。

予定は未定-メディケアビル

 バローから拡張中の道路を東に歩き、角の交差点を右折して南下すると、真新しい綺麗なビルがあります。見ると「メディケアビル」とありデイサービスやクリニックのテナントビルのようです。クリニックは内科があり、その下に「眼科開業予定」とあります。なるほど、今開業準備真っ只中の新しいクリニックが...と思いきや、その下には「眼科募集中」の文字が。募集中ですか...。

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▲バローの前は道路拡張準備中。
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▲眼科を募集しているメディケアビル。

おっぱいがいろんな意味で出ますように-海上寺・乳花薬師

 そしてそのビルのはすむかいにあるのが、弘法大師が訪れたという海上寺です。龍王山海上寺は真言宗のお寺で、1639(寛永16)年に中興開基されたと伝えられています。海上寺という名前は、当時このお寺の西側まで干潟という状態だったためにつけられたそうです。熱田の宮の渡しが海岸ですから、それでも結構奥まで海が入り込んでいたのですね。このお寺はかつて「粟薬師」と呼ばれていたのですが、明治時代以降は「乳花薬師」と呼ばれ、乳の形をしたぬいぐるみを奉納すると、母乳の出がよくなるといわれています。本堂にはおっばいの絵が描かれた絵馬がたくさん奉納されています。なかには立体的に作られた大きなものもあります。母乳がよく出るようにとお祈りをする人が大半ですが、中にはおっぱい自体が出ますようにという願いをかける人もいるかもしれません。その願いは聞いてくれるのかな。どちらにしても「出てほしい」人がここにはお参りにやってきます。

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▲ちばなやくし。名古屋二十一大師、第十八番札所。海上寺。
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▲併設されているちばな保育園。乳だけに乳児保育もやってます。
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▲ズバリな絵馬。立体的なものもあります。

板金屋さんの名にかけて-白山社・薬師寺

 海上寺の南側の道を東に歩いて行くと、右側に白山神社があります。本殿は昔ながらのものなのですが、やたらと立派で頑丈そうな賽銭箱があります。見ると、賽銭箱修理として板金屋さんの名前が書いてありました。さすが板金屋さんが作った賽銭箱は違う。白山神社の南側の1本南の道をさらに東に歩くと、左側に薬師寺があります。ここは大名古屋八十八か所霊場の第38番札所となっています。薬師寺の北側は住宅が密集していて道路が極端に狭くなっています。車庫の自動車は本当に走ることができるのかという細さです。「無余地のため駐車禁止」という看板が切実です。

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▲板金屋さんの自信作賽銭箱のある白山神社。
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▲大名古屋八十八か所霊場の第28番札所薬師寺。
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▲無余地なのは、ぱっと見て明らか。

おできの神社の石垣は...-直来神社

 では再び直来方向へ戻ります。白山神社の北側の道を西へ西へと歩きます、海上寺を越え、牛乳石鹸の暖簾がかかった梅湯を越えると左手に背の高い石垣が見えてきます。直来神社です。平家物語に登場する武将木曽義仲(源義仲)は、源義経率いる軍との戦いを控え女性を木曽へと都落ちさせました。女性たちは尾張源氏の縁者を頼ってこのあたりを逃げていたのですが、その女性達のうちのひとり「かつら姫」にできものができ、それが原因で彼女は亡くなってしまいます。そしてこの直来神社のある場所に埋葬されたのでした。その後、姫のお墓に植えられたカツラの木の根元にある石でおできをなでると、治るという伝説が生まれ、おできの神様として信仰を集めるようになりました。

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▲牛乳石鹸の暖簾がいい味の梅湯。
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▲おできを治してくれる直来神社。
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▲なんか、石垣がおできのように見えてきました...。

 今でこそ「おでき」はそれほど怖いものではありませんが、昔はそれが命取りになることもあったことでしょう。海上寺で出てほしいものを出してもらい、直来神社で出て欲しくないおできをひっこめる。そして神之内八幡社では痛みをとってもらう。ここは神様仏様に体のあちこちを見てもらう診療所といったところでしょうか。

 こんな由緒ある街に建つメディケアビル。あとは、眼科が早く入居するといいですね


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