09.瑞穂区 名古屋を歩こう

名古屋は理系...なの?

記事公開日:2004年10月22日

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運動したらポテトが食べたくなる?-ダルマヤスポーツ

 山崎川に架かる左右田橋から山崎川沿いを歩きます。橋のたもとにはさすが運動場に近いということで、スポーツ用品店がありました。この日は営業していなかったのですが、シャッターを見ると水着専門店とあります。北陸上競技場の横には瑞穂プールもあるのでそれ自体はいいのですが、看板を見ると「水着展示即売会」とあります。そしてその上には「'90」の文字。15年前の水着を売ってくれるということでしょうか。たぶん違います。ひょっとしてもうやっていないのかな、と近づいて見ると自動販売機があります。まだまだ暑かったのでジュースを買おうと思うとなんとこの自動販売機、ポテトスナック専門の「ぽてパリくん」。お菓子の自動販売機というのも珍しいですが、それのみというのが辛い。飲み物も無しにポテトチップだけ食べるのは夏場厳しいです。しかもこの自動販売機、興味深いことにメーカーが混在しているのです。チップスターの横にプリングルス...。店自体の雰囲気とは違って賞味期限は大丈夫そうでした。さすがにこちらは「'90」というわけにはいかないですからね。

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▲左右田橋。右に渡ると師長町。藤原師長に由来しています。
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▲水着を忘れても、ここで買えば大丈夫。
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▲ぽてパリくん。どれくらい売れるのか興味があります。

元は名古屋薬学校-名古屋市立大学薬学部

 欄干が白い模様で綺麗に装飾された萩山橋、歩行者だけが通れる鼎小橋、鼎橋と山崎川を歩きます。川の両側には本当にたくさんの桜の木があり、シーズンは本当に綺麗だろうなと容易に想像ができます。そして鼎橋を東に渡ると名古屋市立大学の薬学部があります。薬学部は1884(M17)年に設立された名古屋薬学校として当初開校したもので、その後名古屋薬科大学を経て、1950(S25)年に名古屋女子医科大学と統合され名古屋市立大学となっています。当初薬学校は鳴海町(現在の緑区)にあり、統合の際にここへ移転してきています。経済学部が設置されるのは1964(S39)年のことなので、名市大(めいしだい)はもともと医薬専門大学だったというわけです。

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▲萩山橋には綺麗な模様がつけられています。
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▲鼎小橋、車は通ることができません。桜のシーズンは最高のスポット。
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▲鼎小橋より山崎川を眺めます。両側が桜色に染まるのでしょうね。

 国立の名古屋大学も当初は愛知県立医学校だったものを名古屋医科大学、名古屋帝国大学としたものなので、名古屋は医薬系の教育に古くから力を入れていたということになります。逆に文系学部の設置は遅く、名古屋大学に文系学部が設置されるのは戦後のことで、それまでは総合大学とはいえない、理系に特化した大学でした。だからといって名古屋が文学とは縁遠いというわけではなく、昭和区の郡道でご紹介した小酒井不木は世界的な名医でありながら日本の推理小説第一人者でもありますし、江戸川乱歩も名古屋で3歳から高校時代までを過ごしています。ちなみにこの二人は親交がありました。でも、やはり江戸川乱歩も高校を卒業すると上京し早稲田大学に進学しています。名古屋で文学はやっぱり無理だったのでしょうかね。

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▲名古屋市立大学です。薬品の匂いが...漂ってはきません。

かつては東海銀行頭取用邸宅だった-正及神社・暮雨巷会館

 名市大を越えて田辺通に出ます。すると東側は再び山の手。坂がたくさんあります。市大薬学部前交差点から2本北を右にまがると、畑とひまわりがのどかな雰囲気を醸し出します。その先にあるのが善進寺。周辺には企業の社宅もちらほらとあります。再び田辺通に戻り北に歩くと、次第に山の手との高低差が増し、ものすごい高さの石垣が見えてきます。その上にあるのが正及神社です。この神社は田辺通と反対の東側が入口になるのですが、そちらから神社に入るとまるで森の中。参道は緑のアーチになっています。その反対側にこれだけ車通りの激しい道路があるようには思えません。

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▲たまーに畑が登場します。ひまわりが大きかった。
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▲善進寺がある場所は陽明町。ひまわりがあるのも納得の地名。
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▲正及神社はこの石垣の上。田辺通側からは全く様子がわかりません。

 その神社の裏手には、暮雨巷会館という建物があります。外からその様子を窺い知ることはできませんが庭園が広がっています。ここは元東海銀行頭取の邸宅で、現在はUFJ銀行の迎賓館として使用されています。暮雨巷とは庭園にある茶室の名で、名古屋の俳人加藤暁台の別号でした。かつては大須にあったのですが、大正時代に現在地に移転し、戦後東海銀行の手に渡ったそうです。 ここでたくさんの俳句が詠まれたことでしょう。やはり名古屋と文学は縁が無いというわけではないようです。

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▲神社へ向かう参道はまるで木のアーチ。
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▲先ほどの石垣の上にある正及神社。
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▲暮雨巷会館。UFJ銀行にここで接待されるのは...やっぱりトヨタ関連?

 とにかく、戦後まで名古屋に文系の国公立大学ができなかったのは偶然であって、名古屋っ子に文才が無いというわけではない...と思いたい。文を書く名古屋っ子として。


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