11.港区 名古屋を歩こう

名古屋市港区ロサンゼルス大通り

記事公開日:2005年4月12日 更新日:

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 あおなみ線は、名古屋駅から野跡駅の少し先までずっと貨物線の再利用なのですが、そこから終点の金城ふ頭にかけては新規敷設による線路となります。時速も110キロまで加速して一気に終点へと駆け抜けます。あおなみ線に沿って金城ふ頭線を南に歩きます。金城橋を渡ると金城ふ頭なのですが、ここからですとあおなみ線が邪魔をする格好になってしまって、名港中央大橋が良く見えません。そこで西のフェリーターミナルまで歩き、そこから金城西橋で金城ふ頭に入ることにしました。そうすればフェリーターミナルも見られますし、金城ふ頭にもスムーズに入れます。この日は、地下鉄名古屋港駅からここまで、すでに8キロ強を歩いています。なるべくなら近道したい。それが失敗でした。

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▲あおなみ線で名港中央大橋がよく見えません...。
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▲「海転落注意」。過去に落ちた人がいたのだろうか。
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▲あおなみ線車内から見た名港中央大橋。速いのであっという間です。

 金城橋から西へ600メートルほど歩くとフェリー埠頭旅客ターミナルビルがあります。ここからは太平洋フェリーの名古屋・仙台・苫小牧航路が2日に1便、有村産業の名古屋・大阪・沖縄・台湾航路の便が週に2便発着しています。ということは、多くてもフェリーは1日2便、逆に便がまったく無い日も存在しますが、ここにあるフェリー埠頭のバス停には、朝6時台から夜10時台まで最低でも1時間に1本はバスがやってきます。やはり市バスはいいですね。周辺都市では考えられません。もちろんこのフェリー埠頭のためだけに運航されているバスというわけではありませんけどね。

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▲本当にこの先フェリー乗り場があるのだろうか、不安。
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▲よかった、ちゃんと案内看板がありました。
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▲ここから仙台、苫小牧、大阪、沖縄へ。フェリー旅客ターミナルビル。

 フェリー埠頭から金城西橋に向かいます。案の定橋の上からは名港中央大橋が綺麗に見えます。名港中央大橋はこの金城ふ頭と潮見埠頭を結び、逆方向で飛島村と結ぶ名港西大橋と、さらに潮見埠頭から東海市を結ぶ名港東大橋とともに「名港トリトン」と呼ばれています。かつてはトリトン単独で存在していましたが、今は伊勢湾岸自動車道の一部となり交通の大動脈を担っています。トリトンとはギリシャ神話に登場するポセイドンの息子で、海の神さまです。三又鉾(みつまたほこ)を振りかざして波を鎮めたと伝えられています。このネーミングセンスは名古屋らしくないですね。名港トリトンは一般公募で決まったものです。名古屋らしさを追求していたら「グレイトビックナゴヤブリッジ」のような変な横文字になるか、「しゃちほこ橋」とかになっていたでしょうね。ちなみに最初に完成したのは西大橋で1985(S60)年、中央大橋と東大橋は同時に完成し、1998(H10)年に名港トリトンとして開通しています。ここは絶好の夜景スポットですね。ただし、歩いてこない方が良いです。そんな人いないと思いますけど。

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▲名港中央大橋は白。
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▲奥に見えるのは名港東大橋、青。
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▲名港西大橋は赤。ライトアップの色は季節で変わります。

 なぜ歩いてこない方が良いか、私はここで愕然としました。なんと金城西橋は途中から歩道が無いのです。しかも橋の向こうはフェンスで遮られ、歩行者立ち入り禁止区域になっています。仕方なく、とぼとぼと600メートル歩き金城橋へと戻ります。

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▲途中まで歩道があるのに...渡れない。夜は閉鎖され車も渡れません。

 金城橋を渡って、今度こそいよいよ金城ふ頭です。道路を行き交うのは車ばかりで、かれこれ野跡駅のあたりから、歩行者を一人も見かけていません。こんなところを歩く人はいないのです。やっとのことで、1979(S54)年に埋め立てられた金城ふ頭に上陸です。橋を渡ってまず目に入るのが、あおなみ線の金城ふ頭駅です。この駅は終点なのですが、高架の最後がストンと切断されたような状態になっています。それは切断と言うよりも、その先にもまだ延ばせるようになっているかのようです。その姿は「まさか、常滑市の中部国際空港(セントレア)乗り入れの噂は本当なのかも...」と感じさせます。

 駅のすぐ西側には、名古屋では古くから有名な家具の老舗、やすい家具の新本店「ファーニチャードーム」があります。臨海地区に大きな家具店と言いますと、東京有明の大塚家具を思い浮かべますが、まさにその名古屋版です。埋立地という地の利を生かし巨大な駐車場を用意しています。さて、この建物は元々家具店だったわけではありません。当初はダイエーの会員制ディスカウントストア「KouS(コウズ)」として、1999(H11)年3月にオープンしたものです。年会費3,000円を支払わなければならないというスタイルだったので、当時私は「これは名古屋っ子には馴染み難いシステムだなあ」と思っていたところ、ダイエー本体の事情もありわずか2年余りで撤退。そしてその後にやすい家具が入ったというわけです。しかしこんな港の先にある家具店に人はやってくるのでしょうか。いえ、やすい家具はかなりの先物買いをしたと思われます。なぜなら、あおなみ線が開通したのをきっかけに、金城ふ頭にはアウトレットモールや結婚式場などの進出計画が、相次いで発表されているのです。ガーデン埠頭だけだった名古屋のベイサイドレジャーは今、大きく変わろうとしています。ダイエーは少し気が早すぎたのかも。

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▲あおなみ線金城ふ頭駅。延伸を予定...してるのかな。
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▲あおなみ線唯一のホームドア設置駅。
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▲ファーニチャードーム。もちろん名古屋の嫁入り対応可。

 ファーニチャードームの西側には、案内図が必要なのかどうか微妙な大きさの、金城ふ頭中央緑地があります。そしてその横に、さらに巨大な駐車場とともにそびえるのが「国際展示場・ポートメッセなごや」です。1973(S48)年にオープンしたポートメッセなごやは、その後3つの展示場を有する巨大な施設となり、企業の展示会から見本市、さらには同人誌即売会などにも利用され、それぞれのイベントにたくさんの人が訪れます。にもかかわらず、かつては自動車か市バスで来ることしかできず、大人数が集まるイベントでは、シャトルバスで人を運びきれず待ち時間がかかってしまうなどの問題がありました。その問題も、2004(H16)年10月に開通したあおなみ線によって解決しました。あおなみ線は、ポートメッセでのイベントへのお客さんも収益の柱としています。

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▲案内図を見ても...。金城ふ頭中央緑地。
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▲駐車場はおまかせのポートメッセなごや。
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▲マンモスフリーマーケットなど人気イベントは大変賑わいます。

 ポートメッセの周辺を歩いてみます。車道にいきなり「この先・海」「近よったらダメ」など、埋立地ならではの看板の他、物騒な看板を見つけました。「道路での暴行を禁止する」。道路でなければ暴行しても良いのでしょうか。と思ってよく見たら「暴走行為」の「走」と「為」の文字がいたずらで消されていました。そしてふと、その看板の横に通りの名前が書いてある標識に気づきました。埋立地の短い道路に名前がついているのか...と思った瞬間、私は目を疑いました。

「南京大路」

 南京って、あの中国の南京でしょうか。何だろうと思いつつ、ポートメッセ側に振り返るとそこには、名古屋市の姉妹都市である、中国南京市から1982(S57)年に名古屋市に贈られ、「シスター・シティ・フェア・ナゴヤ'82」で展示された「六朝帝王陵の麒麟像」がありました。1400年前に作られた像の原寸模型で、身長は3.19メートルもあります。「シスターシティフェア」というズバリのネーミングに驚きましたがそれはさておき、なるほど、この麒麟像を記念してその前の道路を南京大路にした...のかと思いきや。

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▲「この先 海」わかりやすい...。
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▲「道路での暴行を禁止する」...?
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▲南京から送られた麒麟像。これが麒麟なんだ...。

 南京大路を北に歩いていくと、今度は「ロサンゼルス大通」が登場しました。さらにあおなみ線の駅に戻ると、南側には「メキシコ大通り」があります。南京、ロサンゼルス、メキシコシティ、3つとも名古屋の姉妹都市です。それぞれの通りはたった1キロ程度のものです。にしても、埋立地の通りだからと「ロサンゼルス通り」という名付け方は無いですよね。しかもそれは愛称ではなく、ちゃんと標識もあり正式な名前なのです。もし、何かの機会に、

「名古屋市港区ロサンゼルス大通り」

 と聞いても、オシャレなショップやギャラリーが並ぶストリートを想像してはいけません。埋立地の展示場と倉庫の間にある、だだっ広いだけで誰も歩いていない殺風景な景色を思い浮かべてください。

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▲ロ、ロサンゼルス大通!?
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▲南京大路にメキシコ大通!?
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▲これがロサンゼルス大通の歩道。

 力が抜けたところであおなみ線に乗って帰ります。次回は残る港区の最後の区画、堀川の東側を散策します。

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