11.港区 名古屋を歩こう

埋立地は地名に無頓着?

記事公開日:2005年4月12日

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 金城ふ頭線に戻り南へと進みます。左右には古くからの市営住宅が建ち並び、それらの人のための個人商店もちらほらとあります。昔の「新しい商店街」という印象です。すると西稲永交差点に稲永東公園があります。ここは稲永の西にあたります。なぜ西なのに東公園なのか。それはさらに西、野跡に稲永公園があるためで、ここは稲永の西であるものの、稲永公園の東にあたるのです。ややこしいですね。1933(S18)年に作られたこの公園は結構広く、「港の見える丘」という名の展望台や「婦人の森」があります。婦人の森という名を聞くと、一体どんな森なのかと妙な想像をしてしまいそうですが、名古屋市地域婦人団体連絡協議会が行った募金によって1975(S50)年に作られた森だから、婦人の森という名が付いているとのことです。公園では中高年がクリケットを楽しんでいました。公園の横には煙突のあるサウナ・露天風呂の「永徳温泉」があり、稲富と合併して稲永になる以前の地名を残しています。公園近くには駄菓子屋さんもあり、市営住宅の子ども達で賑わいそうです。

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▲個人商店がずらり。
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▲展望台に森、噴水もあって結構広い稲永東公園。
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▲かつての地名「永徳」を残す銭湯。露天風呂もあります。

 稲永を過ぎると野跡に入ります。道路には南国気分を漂わせるかのようにヤシの木が街路樹として植えられ、海が近くなる演出をしています。野跡の交差点辺りまで来ると、先ほどまでの住宅街と違い、リゾートマンションかと思えるような建物がたくさん目に入ります。特に25階建ての建物は立派で、さぞかし綺麗な景色をベランダから見ることができるのだろうな、と想像できます。しかも、ここからあおなみ線で名古屋までわずか21分。この立地条件の良さでは、かなりお高いのではないか...と思ったら「市営みなと荘」の文字。なんと市営住宅ではありませんか。実はこの地区には、稲永よりも古くから市営住宅があったのです。それは1959(S34)年の伊勢湾台風災害の応急処置として作られた物で、老朽化が進んでいました。そこで名古屋市はこの汐止地区を再開発することとし、これまでの市営住宅の概念を打ち崩す整備を行ったのです。建物は確かに洗練されているのですが、にもかかわらず「市営みなと荘」です。「荘」という名前は打ち崩せなかったようです。

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▲お菓子やガチャガチャを売る平田商店。
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▲街路樹がヤシの木になり南国気分。
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▲これはリゾートマンション?いえいえ市営住宅です。

 野跡交差点を右に曲がり、海岸まで行くと左右に稲永公園が広がっています。道路はこの先、海岸線に沿って北へ続き、庄内川の堤防道路になるのですが、歩行者は歩くことができません。海とガードレール一枚隔てただけのこの道路を車で走るには、ちょっと勇気と注意力が必要かもしれません。さて、この稲永公園にはいろいろな施設があります。道路の右側、稲永新田だった場所には稲永スポーツセンターや野球場があり、道路の左側、昭和以降の埋立地には港サッカー場や野鳥観察館があります。スポーツ関連施設が多いため、日中はトレーニングのために走っている人を結構見かけます。その人たちが走っているこの道路が、昭和に入るまでは海岸線だったのです。

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▲この道路の北が稲永新田。南が昭和の埋立地。
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▲ガードレールを突き破れば海へまっさかさま。
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▲稲永スポーツセンター。周囲の道路にトレーニングする人の姿も。

 1943(S18)年に埋め立てられた道路の南側には、野鳥観察館があります。観察館には30台の双眼鏡があり、この地に飛来する野鳥を観察できます。この野鳥観察館から西の方向を見るとそこは、名古屋市民がごみの分別と引き換えに守った、あの藤前干潟です。さらに野鳥観察館の南側には、環境省が環境学習保全調査拠点施設「ラムサール条約湿地藤前干潟・稲永ビジターセンター」を2005(H15)年3月に開館しました。対岸の藤前にも「藤前活動センター」が完成し、生きた環境教育の場となることでしょう。では再び野跡交差点へと戻ります。

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▲名古屋市港サッカー場。もちろんさっきの高層住宅からは丸見え。
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▲名古屋市野鳥観察館。室内でもつい声をひそめてしまいそう。
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▲ラムサール条約湿地藤前干潟・稲永ビジターセンター。写真はまだ建設中。

 この野跡は「のせき」と読みます。でも地元では「のぜき」と呼ばれ、市バスのバス停も昨年10月まで「のぜき」でした。しかしあおなみ線の駅は地名のとおり「のせき」となり、それに合わせ市バスのバス停も「のせき駅」と改称されました。稲永にも同様の問題があります。地元の呼び方は「いなえ」なのですが、地名や駅名は「いなえい」になっています。そういえば、稲永にあったスーパーは、「イナエイ」サンプラザではなく、「イナエ」サンプラザでした。ちなみに市バスのバス停は「稲永スポーツセンター」のみ「いなえ」で、他は「いなえい」です。ただでさえ読みにくい地名なのに、地元での呼び名と町名が違い、駅名とバス停、施設の名前がバラバラでは...。

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▲あおなみ線野跡駅。「のせき」駅です。
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▲市バス野跡駅ターミナル。「のぜき」から「のせき」へ。(あおなみ線から)

 地名というと、昭文社の地図を見ながら歩いていると、このあたりは埠頭の名前が面白いです。稲永3丁目の東にある潮凪町には、
1958(S33)年に埋め立てられた稲永埠頭があり、その南には1967(S42)年に完成した稲永第二埠頭があります。ここまではいいのですが、
その南、あおなみ線野跡駅の東側にある、1943(S18)年に埋め立てられた埠頭の名は「名古屋埠頭」です。名古屋とはダイナミックに来ましたね。
野跡駅を越え汐止町を越えると周囲には住宅は無くなり、純粋な工業地帯となります。立派な道路が走っているにもかかわらず、
陸地は細いところでは左右の幅が400メートルほどになってしまいます。

 1956(S31)年に埋め立てられた汐止町を越え、1940(S15)年埋め立ての空見町に入ると、次第に地図の表記が明らかに地名ではなくなります。
その名も「鉄鋼埠頭」。確かにこの埠頭には、三井物産鋼材センターがあるので間違ってはいません。
そしてその先、西にはフェリー乗り場があるので「フェリー埠頭」、これもいいでしょう。
しかし驚くべきはその反対側、東ある「東邦ガス埠頭」です。とうとう企業の名前の埠頭が登場してしまいました。
考えるのが面倒だったのでしょうかね...。と思っていたら、「潮凪埠頭」や「空見埠頭」といった、それぞれにちゃんとした正式な埠頭名があるのだそうです。
地図には正式名称ではなく、そこにある会社名や通称が書かれていたわけだったのですね。

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▲名古屋埠頭の手前には、あおなみ線の車庫があります。(車窓から)
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▲埠頭と埠頭の間を埋め立てる工事をしている様子。(車窓から)
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▲この左側の堤防のずっと先が名古屋埠頭。(あおなみ線車窓から)

 でも、その正式な埠頭名や町名も「潮凪町」「汐止町」と、まあこのあたりは港の雰囲気そのままの地名ですね。
でもそのあたりは良いでしょう。しかし「空見町」に「金城ふ頭」って。金城って名古屋城のことですからね。でも、これはまだ序の口でした。金城ふ頭にはさらに驚くものがあります。

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▲高層住宅は汐止交差点まで。その先は純粋な工業地帯。

 この先の金城ふ頭へは陸続きにはなっておらず、金城ふ頭線で金城橋を渡るか、フェリー埠頭から金城西橋を渡るかになります。金城ふ頭線の金城橋交差点で一度右に曲がり、フェリー埠頭を見つつ金城ふ頭へと歩くことにします。


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