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16「大手町」
カップルの行動は計画的に
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 ガーデン埠頭を後にして、シートレインランドの北側へと足を進めます。まだ付き合い初めて間もない初々しいカップルには、ガーデン埠頭でのデートをせひともオススメします。まずは水族館やシートレインランドで思いっきり遊んで体力を使いましょう、そして「少し休みたいな」という雰囲気作りができたら、あくまでも自然にこの道を歩きましょう。地下鉄の駅の方へと歩いてはいけません。
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 シートレインランドの北側には、アルカンシエル名古屋ウェディングビレッジという結婚式場があります。南欧の貸別荘をイメージしたイタリアンスタイル、宮殿で式を挙げるようなフレンチスタイル、アットホームなパーティ感覚のブリティッシュスタイルと、好みに合わせた演出の結婚式を挙げることができます。中にあるカフェでは、結婚式参加者で無くとも誰でも利用できるカフェがありますので、将来の夢を語り合うのも良いかもしれません。でも、付き合い始めの二人にはちょっと気が早いですね。
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▲アルカンシエル名古屋ウェディングビレッジ。イタリア村にも結婚式場が…。

 さらに北に進みます。すると不思議な看板を見つけました。それは駐車場の看板なのですが「ガー北駐車場」とあります。「ガー北」とは何だろうとしばらく悩んでしまいましたが、はっと気づきました。これって単純に「ガーデン埠頭北」を略してあるのでしょうね。確かに「ガーデン埠頭北駐車場」だと、確かに長い気もしますけど、だからと言って「ガー北」とは思い切りましたね。
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▲ガー北駐車場。契約書とかにもそう書いてあるのだろうか。

 ウェディングビレッジの北側、どう見ても駐車場にしか見えないのですが、そこには「日本貨物鉄道株式会社名古屋港駅」という看板があります。看板が残っているだけで既に駅はありません。ここはかつて東臨港貨物線の終着駅でした。東臨港貨物線とは、かつてあの「ナゴヤ球場正門前駅」が設置された貨物線です。駅は無くなっているものの、北側を東西に走る金城ふ頭線から北側の線路は現役で、JR東海の資材センターや地下鉄名港線の車庫などがあります。名古屋港駅だった部分だけが違う用途に転用されているというわけです。もちろんこの駅は、港から貨物を載せていたわけですから、駅はこの駐車場部分だけではなくもっと南の海辺まで続いていました。そう、もうお気づきですね。シートレインランドは列車の駅の跡地にあるから、トレインランドなのです。シートレインランドは現在も日本貨物鉄道によって運営されています。
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▲看板だけが残る、名古屋港駅。画像 ▲駅の面影はもう無い。画像 ▲中川橋の北側には、地下鉄の車庫やJRの基地が。

 そのまま北に歩くと、築地口と金城ふ頭を結ぶ金城ふ頭線に出ますので左に曲がります。そろそろヘトヘトになってきたことでしょう。周りを見渡すと、喫茶店や飲食店はもう見当たりません。あるのは一軒のホテルだけ。ここからが腕の見せ所です。ガーデン埠頭からそのまま地下鉄の方向へと戻ってしまうと、お店がいろいろとあるのでそこからこのホテルへと誘うのは困難です。シートレインランドからそのまままっすぐ北へ歩く、これがベストなルートです。もうここから見える範囲にはホテルしか休めるところがありません。駅へ歩くにも距離があります。
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▲ホテルベイサイドナゴヤ。ガラス張りの部屋に一度入ってみたい。画像 ▲ヨコイピーナッツ。周辺は倉庫や工場ばかり。

 さて、このホテルベイサイド名古屋は確かにラブホテルなのですが、立地条件の良さからそれ以外の用途にも使われています。これだけ名古屋港に近いということは、夏やクリスマスの花火大会では絶好のビューポイントとなります。しかも港に対して全面ガラス張りという部屋もあり花火や夜景を満喫できます。また、こういったホテルにしては珍しく外出も可能なので、港レジャーの基地としても利用できます。しかし当然のことながら人気があるので混んでいることが多いです。でもフロントが9階にありますから、絶景を見渡しながら待つことができますので、待ち時間も苦にならないかもしれません。私は待つのが好きではないので、実はフロントまでしか行ったことが無いんですけどね。
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 ではホテルを通り過ぎて、中川橋で中川運河を渡ります。運河を見ると中川口こう門が見えます。中川運河の水位を堀川よりも低くするために、水位を人工的に調整していることは中川区山王の「松重閘門」でお話しました。その松重閘門と、この中川口こう門で運河の水位を調整しているのです。では中川橋を渡ったら、中川運河沿いに右折します。中川口こう門のある国道23号中川運河橋の手前にある、中川本町5丁目交差点を左折すると、その名も「運河神社」があります。
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▲赤が鮮やかな中川橋。画像 ▲橋のたもとには船が。画像 ▲水位を調整する中川口こう門。

 この運河神社は運河神社の下宮社にあたり、1927(S5)年に中川運河が竣工したのを機に、その4年後の1931(S9)年に勧請されたものです。石碑には「中川運河下宮、金毘羅大権言社」の文字があります。神社の東側には少し錆びついた金属の鳥居があります。潮風がそうさせるのでしょう。境内では白と黒の2色の毛皮をまとったネコが、足をおっぴろげてひっくり返って寝ていました。平和な神社です。ちなみに上宮社は中川区北一色で訪れた名古屋築城石切場だった、イボの神さま西宮神社です。
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▲運河神社の下宮社。鳥居に錆びが…。画像 ▲お社には○に金のマークがふたつ。画像 ▲起こしてしまってごめん。

 運河神社を通り過ぎ、次の信号を左折して南に戻ります。周囲に中小の工場が建ち並ぶ中、懐かしい建物がいくつか目に入ります。かつてはお店だったのでしょう、店頭に駄菓子屋さんに置かれていたと思われる、古いパチンコなどのゲーム機が置いてあるところもあります。でも、もう動いてはいない様子でしたけれども。昔は子ども達の社交場だったのでしょうね。
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▲工場やその社宅が並ぶ下町。画像 ▲かつては子ども達の姿がたくさんあったことでしょう。

 そして大西運輸の角を右に曲がると、大手観音堂があります。ここは熱田前新田の中ノ割にあたります。新田が完成した直後、この辺りでは塩害や風水害が続き米が思うように獲れませんでした。そこで農民が豊作を祈願して祀った観音さまがこの大手観音です。明治時代には「夜泣き封じの観音さま」と呼ばれました。観音堂のすぐ横には永代常夜燈があり不思議な感じがします。この常夜燈は、熱田前新田の地主が五穀豊穣を願って熱田神宮に寄進したもので、中川運河開削時にここへ移されたものです。今はもう周囲に田畑はありませんが、綺麗な花が供えてあり今でも地元の人々に親しまれています。
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▲気づかず通り過ぎてしまいそうな大手観音堂。画像 ▲観音さまには綺麗な花が供えてありました。画像 ▲熱田神宮から里帰りした常夜燈。

 では再び先ほどの大西運輸の角から南へと歩きます。するとつきあたりになるので、一度右に曲がって南へと進みます。その角に池鯉鮒神社があります。江戸時代、中川橋の北から川をお札が流れてきました。それを拾い、中川橋近くにあったお宮に祀ったのがこの神社の始まりという説と、1833(天保4)年に三河知立神社の分社として勧請したという説があります。1907(M40)年頃に中川橋付近からこの地に移されています。池鯉鮒神社の南側には、金城ふ頭線沿いに中の島川緑地が整備されています。この緑地は名古屋市河川環境整備事業によって整備されたもので、1976(S51)年から10年がかりで完成しました。緑地の中央に小川が流れ、小川には岩がごろごろと置かれ風情があります。絶好の散歩スポットです。ではその小川沿いにさらに西へと歩いていきましょう。
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▲2つの説がある池鯉鮒神社。画像 ▲中の島川緑地は隠れたデートスポット。画像 ▲昼間は営業マンが息抜きに利用しています。

 環状線の手前に大きな山門のある大光寺があります。大光寺は1915(T4)年頃に大手説教所として開設されたのが始まりで、1949(S24)年にお寺として建立されました。山門脇には伊勢湾台風殉難者の鎮魂碑があります。大光寺が大手説教所だったとおり、このあたりは古くから「大手」と呼ばれていました。ここが終点となる環状線を渡ると、町名も大手町となります。緑道をさらに進むと「菓子・飲料水大手商店」という看板のお店が登場します。このあたりは大西さんが多いのでしょうか。アクエリアスのロゴが古かったりしますが、こちらはちゃんと現役のお店です。ちゃんと新しいロゴの入ったペットボトル入りのアクエリアスで、水分を補給してさらに歩きます。
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▲伊勢湾台風殉難者の鎮魂碑が山門脇にある大光寺。画像 ▲環状線はここで終点。画像 ▲懐かしいアクエリアスのロゴが残る大西商店。

 今度はその名のとおり大手神社があります。この神社は民間信仰のひとつとして、干拓の守り神が祀られたものです。ところで、この大手神社の前にも続いている中の島川緑道はまだ続きます。この緑地は中の島川に沿って作られた細長い緑地公園ですが、面積は22,000平方メートルと結構広いのです。小川に沿って置かれているベンチの数も豊富で、しかもここからは夜になると港のイルミネーションが一望でき、隠れたデートスポットなのです。さっきあったあのホテルが人気なのも頷けます。ここで夜景を見た後に、カップルが行ける場所といったら、本当に周囲にはあのホテルしか無いのですから。うじうじしてると満室になっちゃうぞ。
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▲干拓の守り神大手神社。もう田園風景は全く残っていない…。

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